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【レビュー】『ダゲレオタイプの女』は頭でなく意識で理解する映画だ

映画『ダゲレオタイプの女』感想

黒沢清 初の海外進出作品。
フランス・パリ
職を探していたジャン(タハール・ラヒム)は、拘束器具を用いてモデルを長時間固定する世界最古の写真撮影方法「ダゲレオタイプ」の写真家 ステファン(オリヴィエ・グルメ)の助手をすることになる。
モデルを務めるステファンの娘 マリー(コンスタンス・ルソー)は、父の狂気にも似た写真への拘りから抜け出し 自らの人生を歩みたいと思い始めていた。
マリーに心惹かれるジャンは、彼女をステファンの呪縛から解き放とうと画策するのだが…。
ダゲレオタイプによって固定された魂を 愛を 憎悪を描いた作品だ。

ぼくはこの作品で描かれていたことを充分に理解するまでには至らなかった。
そう、理屈で推し量ることなどできなかった。


だが、心では 肉体では理解できていたのだと思う。
物語の途中から 劇場を出てからでさえ、冷や汗が止まらなかった。
恐ろしいモノを目の当たりにし、胸がザワついて仕方なかった。

黒沢清監督の作品はいつだってそうだ。
常に不穏な空気が漂っている。
その不穏さの正体を 明確な答えを与えてはくれない。
道理のあるファンタジーは決して描かれない。

それは舞台がフランスになろうと、キャストが全員外国人になろうと同じこと。
むしろ、不穏さがより一層増していた。

大抵の作品であれば、ファンタジー要素には必ずルール設定が設けられている。
制約が 条件が 何かしらの縛りが発生する。

子どもの時にしかトトロとの不思議な出逢いは訪れない
シンデレラには魔法のタイムリミットがある
フォースには暗黒面に堕ちる可能性がある

それらのリスクがあるからこそ、面白さが跳ね上がる。

けれど、この作品には何も無い
無いにも関わらず成立してしまっている。

いや、ダゲレオタイプそのものがルールだったのかもしれない。
その強烈な不穏さが、細かなルール設定など必要としていなかった。

ダゲレオタイプがもたらすすべてが物語を成立させていた。

過去を重んじて生きること
過去に囚われて生きること
一見似ているようで全くの別物だ

前者は過去を通し未来を、後者は過去のみしか見ていない。

ステファンの心は過去に囚われていた。
自らその迷宮を作り出し、抜け出す方法も見つけられず 八方塞がりの状態であった。

冒頭、ジャンは歩いている。
駅から再開発中の街へ
再開発中の街から寂れた路地へ
寂れた路地からステファンの屋敷へ

まるで時代を逆行していくような 過去へと遡っていくような ステファンが作り出した迷宮へと迷い込んでいくようであった。

そして、彼もまた 迷宮の住人の一人と化していく。

廃れ 滅びゆく物や概念には、そうなるだけの理由がある。
それを永続させようと 維持していこうとするのであれば、それ相応の努力が 対価が 犠牲が 執念が必要になってくる。

同時に、それは些細なことでカンタンに崩れ落ちる
ふとしたキッカケで崩壊する

人間の生き死にも同じ道理ではないだろうか。

劇中で起きていたのは、愛がもたらした奇跡だったのだろうか
愛がもたらした呪いであったのだろうか

ジャンは何処へ向かうのだろう。

頭では理解できなくとも、無意識の内に心に沁みわたるモノがある作品でした。

ぜひ劇場でご覧ください。

Writer

ミヤザキタケル
ミヤザキタケル

映画アドバイザー 元俳優 ライター 映画イベントMC。Instagramを中心に最新映画から懐かしの映画まで幅広く紹介。「ファイトクラブ」 「GO」「男はつらいよ」がバイブル。好きな監督はウディ・アレン。お仕事のご依頼はa.safety.pin.storm@gmail.comまでお願い致します。

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