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『ドクター・ストレンジ』魅惑の映像世界はいかにして生まれたか ─ 見せ場のトリップ・シーンが大幅カットされた理由

ドクター・ストレンジ
©Walt Disney Studios / Supplied by LMK 写真:ゼータ イメージ

マーベル・シネマティック・ユニバースの「科学」をアイアンマンが、「リアル」をキャプテン・アメリカが、「神話」をソーが担っているのだとしたら、「魔術」を象徴しているのがドクター・ストレンジだ。

天才外科医スティーブン・ストレンジが交通事故によって自らの技術を失い、まるで信じていなかった魔術の世界へと開眼していく……。単独映画『ドクター・ストレンジ』(2016)は、さながら主人公の見る世界を追体験するかのように、驚きのイマジネーションによる映像表現が繰り広げられる一本だ。都市は変形し、異次元の世界は美しくも不気味に描かれ、時間の流れは自在に伸縮する。

視覚効果スーパーバイザーのステファン・セレッティ氏は、いわばそんな“魔法のような”映像体験の仕掛け人。本記事では彼のコメントから、魅惑の映像世界の舞台裏に迫ってみたい。

マジカル・ミステリー・ツアー

『ドクター・ストレンジ』の前半を代表する場面のひとつが、製作チームが「マジカル・ミステリー・ツアー」と呼ぶ“トリップ・シーン”だ(この呼び名はザ・ビートルズの同名楽曲から取られたものだという)。

すがるような思いでカマー・タージを訪れたスティーブン・ストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ)は、エンシェント・ワン(ティルダ・スウィントン)によってアストラル体へと変化させられ、さらには異次元に吹っ飛ばされる。異次元から異次元へと飛ばされるうち、現実の感覚は歪み、ストレンジは自分の常識を覆されるのだ。

ステファン氏が米Cinema Blendに語ったところによると、このシーンはもともと7分もの長さがあったという。ティルダの語りと悪夢的な映像による快感が7分間も続いていたなんて、それこそまさに映像ドラッグではないか……。

「マジカル・ミステリー・ツアーとは、エンシェント・ワンが、“あなたの知る世界は本当の世界の一部にすぎません”とストレンジに語りかけるセリフのこと。そこで、そういった言葉とビジュアルと繋げたいと思いました。脚本には書かれていない要素や、ストレンジの過去に関係しているものをたくさん詰め込んでいたんです。」

ところが、残念ながら「マジカル・ミステリー・ツアー」は大幅にカットされることになってしまった。その理由は、さすがに7分もの長さは「やりすぎ」だったこと、映画全体の流れに良からぬ影響を及ぼしてしまうことだったのだそうだ。

言葉にならない世界、どうCGで映像化する?

『ドクター・ストレンジ』のVFXチームが作業に着手したのは2014年9月、ステファン氏が『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(2014)の作業を終えた後だった。米ComingSoon.netによれば、スコット・デリクソン監督はすでに企画に参加しており、脚本の執筆を開始していたそう。当時から映像のイメージが明確だったという監督は、あらゆる映画や写真、絵画などで構成された参考資料のリストをスタッフに渡していたという。

その後、ステファン氏やプロダクション・デザイナーのチャーリー・ウッド氏、そして監督らは映像表現の検討に着手している。異次元やマジカル・ミステリー・ツアー、そしてクライマックスに登場するダーク・ディメンション……。ステファン氏は「ポータルを開く、シールドを作るという日常的な魔法から、これぞ『ドクター・ストレンジ』だというぶっ飛んだ魔術まで、すべてを成立させなくてはなりませんでした」と振り返る。「彼は異次元にも行きますしね、大変な作業でしたよ」。

さらに問題は、『ドクター・ストレンジ』の映像世界を誰も言葉で表現できないことだった。果たして、脚本にも書かれていないものをどうやって映像化するというのか。なにしろストーリーボード(絵コンテ)をもってしても、スコット監督のイメージで物語を語ることは困難だったのだ。「監督はあらゆる背景を常に動かし、関係させ、その様子をすべて見せたいと考えていました」。そこで必要だったのが、絵コンテをも取り込んだ映像コンテ(プレビズ)だ。

「(参考資料の)映像を繋ぎ、そこにコンセプトアートや、あらかじめ作っておいたコンセプトを繋いでストーリーを構築しました。撮影が始まる前から、編集者にも加わってもらいましたよ。マジカル・ミステリー・ツアーのシーンなんか、ほかのシーンよりも早く編集を始めていましたね。撮影が始まってもいないのに、映画の編集を始めてもらっていたわけです。」

映像とストーリー、キャラクターの融合

『ドクター・ストレンジ』製作チームにとってもうひとつの課題は、「魔術をどこまで映像化するのか」というバランスだった。ステファン氏が「どれくらい説明し、どれくらい見せるのか。全てを説明しても退屈になるだけです」と語っているように、VFXチームの試行錯誤は作品を仕上げるポストプロダクションの段階まで続けられたという。

映像がストーリーを乗っ取るのではなく、映像とストーリーをひとつにしたいと思いました。ストレンジやモルド、エンシェント・ワン、カエシリウスといった最高のキャラクターと俳優がいますから、彼らを台無しにすることもしたくなかった。この映画のタイトルは『ドクター・ストレンジ』であって、『ドクター・ストレンジの視覚効果』ではありません。キャラクターがいること、物語の中で彼らがきちんと生きることが大切なんです。

私たちの仕事は、映像を作ることでストーリーテリングの手助けをすることです。ただし、その一方で、登場人物は私たちの作った映像に反応することにもなります。だから全ての要素をバランス良く、正確に調整することが必要なんです。映像の魅力はきちんと見せたいけれども、それらは登場人物や彼らの物語に繋がっていなくてはなりません。」

VFXチームは実験を重ねながら映画のルールを探っていったというが、“映像とストーリーやキャラクターが繋がっている”という大原則が、おそらく『ドクター・ストレンジ』の肝だったのだろう。心地よくも悪夢的な映像で、しかし映像だけが暴走するのではなく、物語や登場人物にきちんと寄り添っている。思わずもっと観たいと思ってしまう「マジカル・ミステリー・ツアー」のシーンが大幅カットされたのも、あくまでその基準に即したものだったはず。そのラインを踏み外してしまえば、きっとその映像は観客にとって、まさしく悪夢そのものになってしまっていたのだろうから……。

映画『ドクター・ストレンジ』MovieNEXは発売中。

Source: Cinema Blend, ComingSoon.net ※本記事はTHE RIVERの過去記事を大幅に加筆修正したものです

Writer

稲垣 貴俊
稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。THE RIVERほかウェブ媒体、劇場用プログラム、雑誌などに寄稿。国内の舞台にも携わっています。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。

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