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完全ロシア語の傑作SFドラマ! 『レミニセンティア』に感じる挑戦心と、哲学的メッセージを受け止めよ

ロシア・旧ソ連映画には、多くの哲学的傑作が揃っている。例えば、その後のSF作品に大きな影響を与えたと言われる、アンドレイ・タルコフスキー監督の『惑星ソラリス』(’77)や、今もなおカルト的な人気を誇る『不思議惑星キン・ザ・ザ』(’91)、第60回ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞に輝いた『父、帰る』(’04)など、語るべき作品は多い。

沢山の名作を世に送り出す、そんな隣国ロシアで制作・撮影した、生粋の日本人監督による完全ロシア語の傑作SFドラマ『レミニセンティア』が、『DIGITAL SCREEN』で上映中だ。本作には監督の並々ならぬ挑戦心と、計り知れない熱意、そして気迫がこもる、非常に意欲的な作品に仕上がっている。

『レミニセンティア』あらすじ

(C)INOUE VISUAL DESIGN
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ロシアのとある街の郊外、小説家のミハエルは愛する娘ミラーニャと 二人でひっそりと暮らしていた。彼の元には悩める人々がやってくる。 「私の記憶を消して欲しい」 ミハエルは人の記憶を消す特殊な能力を持っていた。 小説のアイデアは彼らの記憶を元に書かれたものだった。 そんなある日、娘との思い出の一部が無いことに気づく。 過去が思い出せず、悩み苦しむミハエルは教会に行き神に祈る。 すると、 見たものすべてを記憶する超記憶症候群の女性マリアに出会う。 彼女は忘れることが出来ない病気に苦しんでいた。 そして、ミハエルと同じく特殊な能力も持っていた。 その能力とは記憶を呼び起こす能力だった。 ミハエルは彼女に取引を持ちかける。 「記憶を消すかわりに、娘との記憶を取り戻して欲しい。」 彼女の能力によりミハエルは記憶のはざまへと落ちて行き、 そこで、衝撃の真実を知ることとなる。(『DIGITAL SCREEN』より引用

日本人監督が描く、全編ロシア語の傑作SFサスペンス

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本作でメガホンを握る井上雅貴氏は、敗戦後の昭和天皇を軸に描くアレクサンドル・ソクーロフ監督の『太陽』(‘06)でメイキング監督を務め、その現場でロシアの映画製作に魅せられたそうだ。その後、ロシアに渡り完全自主製作で本作を作り上げたというから、その行動力には感服してしまう。しかも、脚本、撮影、編集と、全てを井上監督が兼任し、プロデューサーは監督の妻である井上イリーナ氏が務めたという。さらに、主人公ミハエルの娘・ミラーニャ役を監督、プロデューサーの実娘が演じるなどし、まさに家族ぐるみでの制作となる。

本作は自主製作、そして自主配給、さらにホームページの作成、チラシのデザイン、作品の宣伝も全て監督が自ら行っているというから、驚きである。映画は渋谷ユーロスペースでの上映を皮切りに、横浜、大阪、名古屋と全国各地で順次公開。さらには大手シネコンのユナイテッド・シネマ(お台場)でも上映が決定するという話題ぶりだ。自主製作の低予算映画がシネコンで上映されるというのはまさに異例と言っても過言ではない。本作は口コミで徐々に広がりを見せ、現在も映画は各地で公開を予定されている。

また、本作は“ロサンゼルスシネマフェスティバル オブ ハリウッド 2016”で、主演男優賞、監督賞、長編作品賞を獲得し、第二回新人監督映画祭では長編作品賞に輝くなど、世界中で高く評価されている。日本映画史上初(日本出資の自主製作映画なので邦画に分類される)の完全ロシア語SFドラマは、まさに自主製作とは思えないほどの見事な出来栄えであり、ただただ称賛するほかない

ヒトの記憶をテーマに据えた哲学的なメッセージ

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人間を記憶は非常に曖昧なもので、今日の朝食ですら思い出すことができなかったり、何を買いに来たのか忘れてしまったりと、それは病気が影響する場合もあれば、単純な物忘れである場合もあるが、いずれにせよ人間の記憶は非常にいい加減なものだ。そんな“ヒトの記憶”をテーマにした本作は、人間の記憶を消すことができる初老の男、ミハエルを軸に展開する。

様々な理由を持ち、ミハエルに記憶の消去を依頼する人々。ミハエルは彼らの記憶を消す前に、その記憶をメモに書き写す。彼はそのメモをアイデアに、さまざまな小説を書く零細作家だった。しかし彼は、その溜め込んだ“記憶メモ”の影響か、娘ミラーニャとの楽しい記憶が忘却していることに気がつく。現実と妄想が混在していく描写が妙に不安を煽り、どことなく不気味さまでをも醸し出す。

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そこに現れる超記憶症候群(ハイパーサイメシア)の女。これまでに見たもの全てを記憶し、本当に些細なことでもあっても、殆どのことを覚えているという彼女は、他人の記憶を呼び起こす能力を持っているという。その女はミハエルに対して記憶の消去を依頼する。記憶を消す男と、記憶を呼び起こす女。核心を避けつつ明言すると、終盤5分の展開こそが、実は“偽の記憶”なのではないだろうか。筆者はそう考える。

多くの記憶が交錯し、お互いに干渉しあう記憶の“はざま”を描いた本作。まるでミハエルの記憶自体をそのまま映像化したような、荘厳かつ幻想的な映像美。何が本当の記憶で、何か偽の記憶なのかこの物語の結末は、受取手の判断に委ねられるのだ

繊細な環境音と、重厚な音楽

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環境音は映画において非常に大切な要素の一つだ。ましてや、記憶をテーマに扱う本作であれば、なおさらのことだろう。記憶というものは、不要になったものからロックが掛けられ、頭の隅に押し込まれていく。しかし、なんらかの現象を体験することにより、その不要となった記憶が呼び覚まされることがある。例えば匂い、感覚、そして些細な音ですらも、記憶を引き出すキッカケになることがある。

本作における環境音は、メモが擦れる音や、木製の引き出しが軋む音、そして最も印象的だったのが、劇中で何度か鳴る「ブーッ」というブザー音(チャイム)だ。そこに重厚な音楽も混ざり合い、形容しがたい世界観を生み出している。何度も観ることによって新たな発見と、監督の伝えたいメッセージが読み取れるはずだ。

映画『レミニセンティア』はオンライン上の映画館「デジタルスクリーン」にて上映中。

【デジタルスクリーン】ウェブサイトはこちら

【レミニセンティア】上映ページはこちら

※デジタルスクリーンは現在パソコンでのみ視聴可能です

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Writer

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Hayato Otsuki

1993年5月生まれ、北海道札幌市出身。ライター、編集者。2016年にライター業をスタートし、現在はコラム、映画評などを様々なメディアに寄稿。作り手のメッセージを俯瞰的に読み取ることで、その作品本来の意図を鋭く分析、解説する。執筆媒体は「THE RIVER」「映画board」など。得意分野はアクション、ファンタジー。