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戦争映画の枠を超えた、驚異の戦場アトラクション ― 映画『ダンケルク』が“体感型ムービー”と評されるワケ

『ダークナイト』(2008)、『インセプション』(2010)、『インターステラー』(2014)と話題作を多く手掛ける巨匠クリストファー・ノーラン監督が、自身初となる実話ドラマに挑んだ最新作『ダンケルク』が公開中だ。

第二次世界大戦で起きた「ダンケルクの戦い」で、英仏連合軍40万人以上がフランス北端の港町・ダンケルクで退路を断たれる。まさに袋のネズミとなった40万人以上の連合軍兵士たちはドーヴァー海峡を渡るべく、史上最大の撤退作戦を決行する。イギリス本国への帰還を目指す大規模な撤退劇、その名も「ダイナモ作戦」を描いた史実に基づく戦争スリラーだ。

同作でメガホンを執るクリストファー・ノーラン監督は、デジタルに遷移する映画業界で今もフィルム主義を貫く芯の強さを示し、かつての例に漏れる事なく本作でもフィルム撮影を追及している。また、ノーラン監督は本物志向としても広く知られており、本作においてもCGI/VFXを使うシーンは極僅かに留めている。
スクリーンに投射される映像はほぼ全てが正真正銘の本物で、イギリスが誇る戦闘機「スピットファイア」は現存する実機を本当に飛ばし、さらには実際の駆逐艦を海上に浮かべるなど、昨今の映画では当たり前のようになったCGI処理に頼ることなく、本作ではそれら全てが100パーセント実写で写し撮られる。

監督はCGI処理について「今回映画の中に登場する飛行機はすべて実写で、CGで作られた飛行機は出てこないですよ」と語る。実写への強いこだわりは同監督の『ダークナイト』(2008)でも見ることができる。同作では撮影のため、病院に見立てたシカゴの廃工場を丸ごと爆破するなどし、あまりにも無謀で大規模な撮影をやってのけている。

余談だが、本作ではIMAX版の本編上映直前に流れる(GCIの)カウントダウン映像が意図的に削られている。これはCGI/VFXを嫌うノーラン監督に配慮したもの(あるいは監督自身による指示)であると、筆者は推測する。

そんなノーラン監督が挑む、初の戦争叙事詩である本作は、観客をスクリーンの向こう側へと引き込む圧倒的な臨場感、本物志向にこだわる驚異の映像表現、そして素晴らしい音響効果が相乗し、巷では“体感型ムービー”ないしは“戦場アトラクション”といった感想が多く聞かれる。単純に戦争映画というひとつの括りには決して収める事が叶わない、まさに映画を超越したある種のアトラクションとして確立されてしまった。

今も語られる歴代の名作戦争映画とは一体どこが異なるのだろうか? 体感型と評される理由を独自の視点から紐解いていく。

恐怖の域に達する圧巻の大音響

筆者はドイツ軍の急降下爆撃機、シュトゥーカの発する風斬音が未だに頭から離れない。急降下時に響き渡るキーンという恐ろしいサイレン音は当時“悪魔のサイレン”ないしは“ジェリコのラッパ”と呼ばれ、数多くの連合軍兵士たちは恐怖の色を浮かべたそうだ。
空中から接近、急降下する機影は恐怖という感情以外の何者でもなく、まるで私もダンケルクの浜辺で今か今かと救助を待つ、名も無い連合軍兵士のひとりに扮した気分だ。

何度も瞬間的に身を震わせる、なんとも凄まじい音響効果が本作の要として君臨し、時には控えめに、時には大胆に演出するなどし、観客は常に興奮状態に置かれる。まるで全編クライマックスとも言うべき猛烈な効果音は次第に観客たちに心地よいスリルを与える。エンドロールを迎える頃には言い尽くせない疲弊感が体中を走ることに違いない。

この爆音とも取れる圧倒的な音響は、観客を映画の世界へと誘う最も重要な要素を務めるだけでなく、次のシナリオへと導く進行役といった役割も兼ね備えているのではないか。スクリーンの外にも戦場が広がっているように錯覚し、映画は全方位から畳み掛けてくる。

ノーラン監督の本物志向はこれらの効果音にも隙を与えず、劇中のエンジン音なども全て本物の音をサンプリングする徹底ぶりだ。また、劇中で絶え間なく鳴り続ける秒針のカチカチ音は最も印象的で、ハンス・ジマーの劇伴と同期するその音は、ある一定のリズムを刻みながら緊迫した時間の流れを演出し、残された刻限を常に私たち観客に突き付ける。ノーラン監督の腕時計から採取したというこの音は、終盤のある場面でふっと刻みを止める。その瞬間、私たちの心は開放感に満ちることだろう。

映像がピークに達するにつれて、徐々に音量の目盛りを上げていく演出は、まさにスリラー映画そのものだ。ある種の不協和音は恐怖と興奮、そして、この後に起こる悲劇と混沌を予見させている。エンジン音の力強い重低音は場内の座席をガタガタと揺らし、まるでアトラクションと言える由縁がここにある。この臨場感と驚きの音響を体験するには、IMAXという選択肢以外は望まれないことだろう。

フィルム志向を貫くノーラン監督の意地

ノーラン監督がフィルム方式に固執する理由のひとつに、フィルム特有の臨場感やリアルな色合いが挙げられる。フィルムでしか表現できないレトロな深み、独特の味わいなど、監督が求めるヴィジュアル的な表現力こそ、今のデジタルが及ばない唯一無二の要素であると、ノーラン監督はこう主張する。

本作の撮影には5パーフォレーション/65mmフィルムと、IMAXの15パーフォレーション/70mmフィルムが併用されており、全編106分のおよそ75%を占める部分がIMAXフィルムカメラによる撮影だ。また、残りの25%の部分も通常の商業用劇映画で広く使用される35mmより、さらに大きい面積を持つ65mmフィルムを使用し、全く妥協を許さない豪華な仕様を実現させている。大きさに比例して解像度が向上するアナログフィルムの特性により、さらなる高解像度を得ている訳だ。

同監督の代表作である映画『ダークナイト』では、標準規格の35mmフィルムに加え、本編の約30分のシーンでIMAXカメラが使用されている。これはメジャーな劇映画でIMAXカメラが初めて使用された例でもある。そもそも、IMAXカメラは環境映像やドキュメンタリー制作などで用いられる場合が常だった。重量とカメラ本体の大きさから、通常の映画で使用するのは極めて難しい挑戦だった。
しかし、ノーラン監督は前述の『ダークナイト』において、IMAXカメラを使用した激しいアクションを撮影し、まさに常識を覆す名監督として名を馳せた。ある時は、当時世界で4台しかなかった貴重なIMAXカメラを、同作のカーチェイスシーンで破壊するといったエピソードも残っている。

これほど素晴らしい環境で撮影するのは、CGIを駆使しない本物の戦場である。ロケ地はダイナモ作戦が決行されたフランス・ダンケルクの実際の砂浜で行われ、延べ6000人という大規模なエキストラを動員し、CGIの使用を避けるために人型のハリボテを使って約40万人の大軍隊を表現したという。しかも、撮影の一部は史実の作戦が決行された5月27日から6月4日にかけて予定が組まれたというから、その徹底ぶりには一驚してしまう。

劇中に登場する三機のスピットファイアは現存する実機(Mk.IAsを2機、Mk.VBを1機)を飛ばし、ドイツ軍のメッサーシュミットにはスペイン空軍の同系統機であるイスパノ・ブチョンを代用した。さらにノーラン監督は、博物館に展示されていたフランス海軍駆逐艦マイレ=ブレゼを修復し、実際に海に浮かべてしまった。監督の断固たる意地が、われわれ観客をリアリティの極限へと誘っているのだ。

異なる体験を描いた三つの時間軸

戦争映画でよく見る兵士たちの回想や出自、感情移入を煽る切ない逸話などという演出は本作では殆どみられない。まして台詞も多くはなく、映画は全てを語ろうとはしない。

本作は三つの異なる時間軸で描かれ、それぞれ「防波堤: 一週間の出来事」「海: 一日の出来事」「空: 一時間の出来事」の三つの体験を交錯する。極限状態に置かれた兵士たちの戦争群像劇である。
“防波堤の一週間”では市街戦から逃れた英軍の若き兵士トミー(フィン・ホワイトヘッド)が、ギブソン(アナイリン・バーナード)、アレックス(ハリー・スタイルズ)らと協力し、浜辺からの決死の脱出劇を描く。

“海の一日”では同胞の救助に向かうべく、イギリスの港から出港した民間小型船の船長ミスター・ドーソン(マーク・ライランス)とその息子ピーター(トム・グリン=カーニー)、ピーターの友達ジョージ(バリー・コーガン)を軸に、ドーヴァー海峡を渡る壮絶な一日を描く。この時点で観客たちは恐怖と希望を交互に味わう、不安定な興奮状態に置かれることだろう。
“空の一時間”ではスピットファイアを駆るイギリス空軍のファリア(トム・ハーディー)の視点で、海上で猛威を振るうドイツ空軍との手に汗握るドッグファイトを描き、燃料が尽きるか尽きないかの緊迫した様相を巧みに演出する。

先の項で述べた圧倒的な音響も同期し、戦争スリラーと画される理由がここに散在する。三つの時間軸では海が陸を目指し、陸が海を求める。そして空は陸と海を繋げる架け橋の役割を務め上げるのだ。
三つの異なる時間軸はそれぞれ時計の秒針、短針、長針のごとく違う文字盤を示し、陸・海・空、全ての針が重なる一瞬、独立した物語は一直線に繋がる。そして針はまた動き出す…。

体感型と評される由縁はこれらの要素が交錯、共存し、単に“観る映画”ではなく“感じる映画”として巧妙に仕組まれている。映画史に残る傑作と称するに相応しい作品として、今後も語り継がれるであろう記念碑的作品が、いまここに誕生した。なにかひとつが欠ければ、体感型の評価は決して得られなかっただろう。

Writer

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Hayato Otsuki

1993年5月生まれ、北海道札幌市出身。ライター、編集者。2016年にライター業をスタートし、現在はコラム、映画評などを様々なメディアに寄稿。作り手のメッセージを俯瞰的に読み取ることで、その作品本来の意図を鋭く分析、解説する。執筆媒体は「THE RIVER」「映画board」など。得意分野はアクション、ファンタジー。

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