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【レビュー】映画『ダンケルク』は「プロット主導型」シナリオの究極形だ

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はじめに、映画シナリオの二種類のかたち

2017年9月9日、映画評論家の江戸木純氏がクリストファー・ノーラン監督の『ダンケルク(2017)をこう評していました。

シナリオ講座や映画制作のカルチャースクールに通ったことがある方、或いは「シナリオの書き方」といった系統の書物を読んだことがある方なら聞いたことがあると思いますが、シナリオには「プロット主導型」「人物主導型」の二種類があります。
前者は本格派ミステリーをはじめとした物語自体に主眼を置いたもの、後者はたとえばお昼の時間帯に流れているソープオペラ(昼ドラ)のような人物に主眼を置いたものです。

具体例を挙げてみましょう。「プロット主導型」作品のひとつに、ドラマ『ロー&オーダー』(1990-2010)が挙げられます。
『ロー&オーダー』は1話完結の刑事ドラマですが、『クリミナル・マインド』や『NCIS』シリーズと違い、登場人物の私生活が殆どと言っていいほど描写されていません。同作でサム・ウォーターストン演じたジャック・マッコイは16シーズンにわたって登場した看板キャラクターの一人ですが、彼の私生活は最初から最後まで見ても殆どわかりません。『ロー&オーダー』は徹頭徹尾「事件そのもの」が主役であり、登場人物たちは事件を起こし、解決するための推進剤としての役割にほぼ徹しています。良く知られた映画であれば『ユージュアル・サスペクツ』(1995)もこの括りに入るかと思います。

「人物主導型」は話の造形そのものよりも、人物に主眼を置いたものです。よって筋立ては簡素で、話そのものは薄味になる傾向にあります。例えば本格派ミステリーのアガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』をすべて要約しようとするとそれなりの紙幅を割くことになりますが、小津安二郎の代表作を要約するのは比較的容易です。たとえば『東京物語』(1953)は「子供たちを訪ねてきた老夫婦が思いのほか冷たい対応を受けてしまう」ですし、『晩春』(1949)は「結婚する一人娘を父が見送る」です。この筋だけを見て、そこに魅力を感じる観客はあまりいないと思います。小津作品はその単純で簡略化された筋の中での人物の内面描写や心境や変化の描写が魅力であり、小津安二郎はそこに特化したことで映画史に名前を残した監督です。
近年の例ですと、アニメ映画の『たまこラブストーリー』(2014)とテレビアニメの『月がきれい』(2017)がこの型に当てはまります。『たまこラブストーリー』は「片思いしていた男の子が告白し、最後に女の子が応える」、『月がきれい』は「接点のなかった中学生の男女が付き合い始める」という要約になるでしょう。これらの作品も心理描写や人物の関係性の変化を魅力的に描いているからこそ良作としての評価を得ているのであり、筋立てそのものに魅力があるとは言えません。近年のアメリカ映画であれば「兄の死をきっかけに故郷に戻った主人公が甥っ子の後見人になる話」の『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(2016)が小品ながら賞レースで大健闘を見せましたが、この物語もまた「人物主導型」の典型例と言えるのではないでしょうか。

なにもかもがこの2つに分類できるわけではなく、両方の要素を兼ね備えた良作、名作も数多く存在します。あくまで感覚値ですが、今日においてアカデミー賞で作品賞を取るような作品は両方の要素を兼ね備えているものが主流であるように感じます。
近年であれば、エミー賞を独占した『TRUE DETECTIVE/二人の刑事』(2014)は両方の要素をバランスよく描いた傑作だと思います。同作は、ルイジアナの田舎町で起きた殺人事件を捜査するというミステリーの枠組みを利用した「プロット主導型」であると当時に、事件を担当した二人の刑事の内面を描いた「人物主導型」でもあります。この作品は映画ではなく、テレビでしか不可能な長尺を活かし、「プロット」と「人物」の両方を濃密に描いていました。「プロット主導」と「人物主導」の両方の要素を持った作品は例を挙げようと思えば、それなりの数を思い付きますが、近年の作品であればこの作品がその最も洗練された形であると思います。

Writer

ニコ・トスカーニ
ニコ・トスカーニMasamichi Kamiya

フリーエンジニア兼任のウェイブライター。日曜映画脚本家・製作者。 脚本・制作参加作品『11月19日』が2019年5月11日から一週間限定のレイトショーで公開されます(於・池袋シネマロサ) 予告編 → https://www.youtube.com/watch?v=12zc4pRpkaM 映画ホームページ → https://sorekara.wixsite.com/nov19?fbclid=IwAR3Rphij0tKB1-Mzqyeq8ibNcBm-PBN-lP5Pg9LV2wllIFksVo8Qycasyas  何かあれば(何がかわかりませんが)こちらへどうぞ → scriptum8412■gmail.com  (■を@に変えてください)

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