【映画に登場するマニアックな格闘技4】二つの棒でタコ殴り!現代アメリカ格闘術の祖『エスクリマ』とは

ディーン藤岡さんも習ってるらしいよ!

やぶから棒に申し訳ありません。人気のある方の名前を挙げればこの記事のPV数に著しい変化があるのではないかと思いまして。

V6の岡田准一さんはこの格闘技に精通しているらしいよ!

はい、気が済みましたので本題に移らせて頂きます(ちなみに内容は本当です)。

今回取り上げるのは、フィリピン発の武術『エスクリマ』、またの名を『カリ』です。後述しますが、このエスクリマは、歴史的な経緯から広くアメリカの警察・軍隊等、実践的武術を必要とされる場にエッセンスを抽出する形で取り入れられており、それ故にオリジナルの濃度が薄まってしまって、映画でも部分的に使われていることが多いので、『この映画はエスクリマを使ったアクションですよ』と謳えるものがそう多くありません。
ただ、マット・ディモン主演『ボーン・アイデンティティー』を皮切りに映画界に流行した(現在も続いています)アジア武術を取り入れたアクションは、総てこのエスクリマの影響を多少なりとも受けていると言って過言ではありませんので、敬意を示すうえでも強引にご紹介したいと思います。

『ボーン・スプレマシー』より http://bourne.wikia.com/wiki/Eskrima

『ボーン・スプレマシー』より http://bourne.wikia.com/wiki/Eskrima

まず、最初にご紹介する映画はデンゼル・ワシントン主演『ザ・ウォーカー/The Book of Eli』(2010)です。主人公イーライのメイン武器である山刀、見るからに殺傷能力高そうな恐ろしい見かけをしていますが、これを振るう戦闘シーンはエスクリマの中の『エスパーダ』と呼ばれる片手剣術が使われています。
特徴的なのは、日本のチャンバラなどでよく見られる、剣を振りかぶるような大きな動作や型による予備動作が少なく、また剣のリーチに対して非常に狭い間合いで剣を使う動きです。これは、前項のシラットにも言えることですが、エスクリマの成り立ちが17世紀のフィリピン、スペイン統治時代に頻発した海賊を一般市民が撃退する為に発展したという、非常に切実で、かつ実効性が求められたということが影響していると考えられます。目前に差し迫る凶器を持った敵を相手に、漁師や農民が、普段扱うそこらにある棒や薮を払うための山刀を使い、足場の悪い船上や家屋の中で、隙を見せて敗北すれば確実な死が待っているという厳しい戦いをしなければならなかったという事情です。

続いては、先ほど名前を挙げた俳優の岡田准一さんが、映画『SP/革命編』や、そのドラマシリーズで見せた格闘技術の多くがエスクリマです。なんでも岡田さんは、真剣にこの格闘技に打ち込み、インストラクターの資格を得るほど上達してしまったとか。確かに劇中での岡田さんのアクションはノースタントで、真に迫った、いい意味で日本映画らしくない素晴らしいものでした。
エスクリマでは『ディスアーム』と呼ばれる、相手の武装を解除する技術が発達しているのですが、『SP/革命編』では体格で上回る敵の攻撃に対して、必死の防御からの武装解除、固め技で制圧というリアルな演出が見られました。

また我らがヴィンの兄貴ことヴィン・ディーゼルが映画『リディック』でエスクリマの武器であるカランビットという変形ナイフを使ったり、『キャプテン・ウルフ』で忍者軍団相手にちょっとエスクリマっぽいアクションしたりしています。また、映画ではありませんが、みんな大好き初代ロビン、ディック・グレイソンがナイトウイング時代によく両手に持っていた武器は、通称『カリスティック』というエスクリマの両手杖術で用いられる武器ですね。

フィリピンは14世紀後半以降、支配者がスペイン、アメリカと移り変わり、激動の歴史を歩んできました。元はと言えば日本の剣道や西洋のフェンシングも成り立ちは実戦に即したものだったでしょうが、長い年月を経て実戦性は薄れスポーツ色の強いものになっていった経緯と比較してみても、
エスクリマが色濃く残す生々しい実戦の匂いは、欧米列強に近代まで振り回されてきたフィリピンやアジア諸国の数奇な悲しい運命を反映していると言えます。

About the author

1977年生まれ。週刊少年ジャンプ脳のクリーチャー愛好家。玩具コレクター。エンドレスダイエッター。「意識低い系」の文章を信条としています。

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Comments

  • Yoshiko Nakano CL 2016年7月29日 at 2:29 PM

    ちと、時代劇マニアの剣道経験者から。
    「元はと言えば日本の剣道や西洋のフェンシングも成り立ちは実戦に即したものだったでしょうが、長い年月を経て実戦性は薄れスポーツ色の強いものになっていった」
    日本の剣道は、ほぼ、徳川時代に戦の無い中で、道場剣法として始まった物が殆どで、それ以前の戦国時代には、農民が戦に駆り出されており、武術の心得など無い兵士が殆どであり、また「刀」というものは、実戦においては6人が限界といわれるほど、脂や刃こぼれですぐに切れなくなってしまうため、剣道の教えのように切っ先三寸で敵を切っていたのではなく、もっぱら「つき刺す」「鉄パイプ代わりに振り下ろして骨を砕く」というのが、戦が実際に行われていた時代の戦い方だったという説をおっしゃっていた、剣術史家の方のご意見です。つまり、剣道ははなから必要が無い時代に生まれたため、一度たりとも実践的であったためしは無いのです。そもそも、侍というものが世に出現したころなんて、「やぁ、やぁ、やぁ!我こそは、播磨の国の云々…」なんてやってから「いざ!いざ~!」だったんですから、実際の殺し合いでは、挨拶してる間に死んでます。てことは、そもそも日本の剣術は、人をぶった切ろうという方向よりも、武士の格好付けに重きが置かれていたのでは?と考察いたします。ちなみに、刀という殺傷兵器すら、格好付けだけだったとするなら、我が日本人は、元々戦闘部族足り得ない平和すぎる民族で、それが現在の他所に比べればまだましな、治安の良さにつながっているのでは?とも思います。

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