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【時代考察】アメリカが失ったユートピアの可能性―『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』が描く1980年とはどんな時代だったのか

ザ・ナックのデビューシングル「マイ・シャローナ」のあまりにも有名なイントロがカーステレオから聴こえてくる。『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』は主人公ジェイクが南東テキサス大学の野球部寮に車でやって来るシーンで幕を開ける。19809月、ジェイクの大学生活が始まるまでの3日間を舞台にした本作は『スラッカー』や『バッド・チューニング』の群像劇、『スクール・オブ・ロック』の音楽愛を詰め込み『6才のボクが、大人になるまで。』の続きの世界を描いたような、リチャード・リンクレーターの監督の集大成ともいうべき最高傑作だ。

カントリーを踊る黒人、パンクで盛り上がる野球部という不思議

寮についたジェイクは早速、野球部の先輩達に連れられてナンパに勤しみ、バーでビールを飲む。BGMはシュガーヒル・ギャングの「ラッパーズ・ディライト」にチープ・トリックの「甘い罠」ライブ音源、つまり当時の最新ヒット曲ばかりだ。リンクレーター監督は『6才~』でも時代の移り変わりをヒット曲で表現していたが、本作でも数々のポップチューンが時代の空気を再現する。野球部たちのバカバカしくも愛らしい3日間の後ろには常にポップチューンが流れている。音楽ファンにはたまらない演出だろう。

 しかし、音楽ファンなら余計に気になるはずだ。当時のムードを完全に再現しているはずの『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 』にも、何箇所か気になるポイントがある。たとえば、黒人のデイルがカントリー・バー「健康酒場」で楽しく白人女性と踊っているシーン。保守的なテキサスの風土でそんなことは許されるのだろうか。あるいは、体育会系の野球部たちがパンクファッションに身を包みライブに行くシーン。モッシュピットに主人公たちは飛び込んでいくが、アンダーグラウンド音楽であったパンクをエリート野球部が好むとは思えない。極めつけは演劇部の仮装パーティーに野球部たちが出向くシーンだ。スクールカーストが激しいはずのアメリカで、カースト上位の野球部がカースト下位の文化系と意気投合するなんてありえるのだろうか。1978年に公開された『アニマルハウス』を見れば、当時すでに大学内でも強力なカーストが存在し、エリートや体育会系が威張りくさっていたことが分かる。

もちろん、どれか一つだけならありえる事態だろう。別に野球部が演劇部と恋したっていい。しかし、これだけ稀な事態が続けばそこには監督の意図が働いているとしか思えない。 

1980年から1981年の間で起こったアメリカの変化

読み解く鍵は1980年という時代設定だ。一体、ポップカルチャー的に1980年はどんな時代だったか。

ブラックパワーと呼ばれた黒人主体のムーブメントが一段落し、パンクブームはポストパンクに取って代わられ、MTVの開局を前年に控えたカルチャーのエアポケット、それが1980年だった。翌1981年、ドナルド・レーガンが大統領になるとアメリカは新自由主義が台頭し格差社会が始まる。同年、アメリカの犯罪件数は史上最悪を記録し、郊外のスラム化が促進された。カルチャーでも華やかな大作映画やMTVの影で、マジョリティに迎合できない人々の疎外が始まる。それは少年少女の間でスクールカーストの細分化という影響を与えた。ちなみに学校で居場所をなくした子どもたちのために学園映画を作り始めたのがジョン・ヒューズで、『すてきな片想い』、『ブレックファスト・クラブ』などの80年代の作品からは当時のスクールカーストの厳しさがにじみでている。 

つまり、ディスコもカントリーもパンクも体育会系も文化系も輪になって騒ぐユートピアがありえた最後の時代、それが1980年なのだ。『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 』が我々に示しているのはアメリカが失ってしまった社会の可能性なのである。

そうなるとハッパ中毒の先輩、ウィロビーが言っていた「今を楽しめ」という言葉がいかに重要か分かるだろう。ヒッピー風の容貌だったウィロビーは映画から途中退場する。ヒッピーが目指した愛の時代はもう長く続かない。そんなことも知らないまま主人公たちは青春を満喫する。

いつの時代も若者は青春の価値に気づかない。1980年の若者たちは特に。

Writer

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石塚 就一就一 石塚

京都在住、農業兼映画ライター。他、映画芸術誌、SPOTTED701誌などで執筆経験アリ。京都で映画のイベントに関わりつつ、執筆業と京野菜作りに勤しんでいます。

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