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【解説レビュー】『エヴォリューション』モチーフから読み解く恐怖の正体

ルシール・アザリロビック監督の『エヴォリューション』。美しい映像とともに繰り広げられるのは怪奇な光景。緑を基調としたその映像世界は、少年という純粋なフィルターを通しながら得体の知れない何かを感じさせ、観客をまるで悪夢の中にいるような気持ちにさせる

何がこの作品をホラーとしているのか。何が我々に恐怖を感じさせているのか。
その正体を作品内のいくつかのモチーフから読み解いていきたい。

住民は少年と女性だけの島で、10歳のニコラ(マックス・ブレバン)は、母親と2人で生活している。全ての少年が不可思議な医療を施されていることなど、島での日常に違和感を覚えるようになった彼は夜中に家を出て行く母親の後をつける。海辺に向かった母親が、ほかの女性たちと始めたある行為を目にするニコラ。それを機に、彼は思いも寄らなかったおぞましい事態にのみ込まれ……。 (出典:シネマトゥデイより)

海に囲まれた島

まず考えたいのが、この物語の舞台設定だ。エメラルドグリーンに光る美しい海中のカットから始まり、少年と女性だけしか存在しない島でこの物語は展開されていく。これは現実なのか空想の世界なのか、島の外はどうなっているのか、この世界には何が存在するのか。想像する余白が十分すぎるほどに残されたこの舞台で、観客は何とも言い難い浮遊感を味あわされてしまう。

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http://www.uplink.co.jp/evolution/

あえて映画内の世界を説明するような表現はなく、見せられるのは美しくも毒毒しい映像で、何が起こっているのかもよくわからない。これは映像が「海に囲まれた島」で暮らす主人公の目線に沿って紡がれているからだ。この作品の素晴らしい部分は、まさに私たちが幼い頃に味わった恐怖や不安を追体験させてくれることにある。知識も経験もなく、世界にはわからないことばかりで、そこには未知のものに対する好奇心とその反面である恐怖や不安が入り混じっていた。「海に囲まれた島」では、主人公と同じく、観客もまた自らの少年少女時代に引き戻されるような感覚を味わうことになる。

ヒトデと人間

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http://unifrance.jp/festival/2016/films

『エヴォリューション』というタイトル、そして作中で最も象徴的なモチーフとして扱われる「ヒトデ」から何が想像できるだろうか。ヒトデは人が誕生する遥か昔から存在し、その姿・生態は何万年も経った現在もほとんど変わっていないと言われている。それ以上進化する必要がないからだろう。その5本の腕にはそれぞれ生きていくために必要な器官が備わっており、劇中で少年に石を打ち付けられるシーンがあったが、1つを潰されても痛くも痒くもないのである。さらには雌雄同体で無性生殖を行うことができ、一個体でも増殖を繰り返すことが可能なのだ。

対する人間は男と女がいなければ繁殖することもできず、腕を潰されては治療しなければ死んでしまう。なんと弱く脆いのだろうか。「ヒトデより人間のほうが優れている」、そう思うかもしれないが、果たしてこの映画の世界ではどうなのだろうか。もしかすると大規模な災害や戦争、環境汚染などがあって、人間は強制的な進化を余儀なくされたのではないか。それはヒトデのような原始的でありながら繁殖に合理的なものへの進化かもしれないし、全く新たな種を追い求めているのかもしれない。

そう、少年を実験台に生み出されようとしていたのは、人間ではなく、種として進化を遂げた“何か”なのだ。

胎児

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http://www.ecranlarge.com/films/950722-evolution/critiques

ルシール・アザリロビック監督は、もともと少年ではなく少女が主人公という設定でストーリーを考えていたそうだ。しかし彼女はより恐怖を駆り立てるためあえて少年を選んだ。それは「男が胎児を孕む」という性の常識を覆す描写をしたかったからだという。実際に筆者がこの映画を見ている時、自分が男であるからなのか、この表現に一番気持ち悪さを覚えた。

女性からしても「妊娠」が奇妙なものであることは間違いないだろう。自分の中に自分ではない何かがいる、という感覚は女性特有の体験である。そのため、成熟もしていない少年から胎児が生まれるという、人間としての常識をぶち壊す映像表現は、観客を「見てはいけないものを見てしまった」という気持ちにさせる。しかもその”胎児”が人間ではない“何か”なのだから、到底言葉にすることなどできないほど恐怖と気味の悪さを感じるのだ。

『エヴォリューション』は、奇形の胎児を生んでしまった主人公を描く『イレイザーヘッド』(デヴィッド・リンチ監督)に強く影響された、ルシール・アザリロビック監督ならではのセクシャル・ホラーだ。

それでもこの映画には、まだまだ想像を掻き立てる部分、さらに解釈しうる部分がある。レビューを書きながらこんな結論になるのもおかしいが、もしかするとこの悪夢の海の中で揺られ続けるのがこの作品の一番の楽しみ方なのかもしれない。

Eyecatch Image: http://www.filmcomment.com/article/evolution-lucile-hadzihalilovic-interview/

Writer

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Naoppcom263Naoki Morita

ゾンビからラブコメまで映画文化を愛するシネマフリーク。とにかく一人でも多くの人に素晴らしい映画に触れて欲しいため日々情報発信中。アジア映画と70年代アメリカンニューシネマにハマっております。

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