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【解説】映画『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』と『トロッコ問題』が削り取る、あなたのモロい倫理観を解明せよ

どの命を生かし、どの命を殺すのか。あなたにそれを決める権利と責任、そして覚悟はあるだろうか…。

『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』のギャヴィン・フッド監督のもと、『キングスマン』のコリン・ファースと『セッション』のデヴィッド・ランカスターがプロデューサーに名を連ねる衝撃の話題作『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』が、2017年1月14日(土)より全国公開となっている。THE RIVERでも、公開前に読者抽選の試写会招待企画を行った注目作だ。

ナイロビ上空6000メートルを飛ぶアイ・イン・ザ・スカイ(空からの目)、つまり無人偵察機ドローンを駆使し、凶悪なテロリストの居場所を突き止めたイギリス軍諜報機関のキャサリン・パウエル。テロリストらは今まさに自爆テロに向かう武装準備をしており、一刻も早い攻撃が迫られる。しかし、ミサイルの殺傷圏内に幼い少女がいることがわかる。

いま撃てば、テロリストらは殲滅できるが、罪のない幼い少女も犠牲になってしまう。しかし、この機会を見逃せば彼らは大規模な自爆テロを決行し、さらに多くの犠牲が出てしまう。キャサリンらはこの判断を、遠く離れた司令室から下さなければならない。でも、誰の許可で?誰の責任のもとに?

一度のミサイル攻撃に至るまでの102分をリアルタイムで描く『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』は、作品としていくつかの捉え方ができる。攻撃許可を求めて大臣や首相らの許可を仰ぎ右往左往する様子は、『シン・ゴジラ』のゴジラ攻撃判断に迷う場面を思い出させる。あの政治サスペンスを102分フルでやっている映画として楽しむことも出来るだろう。

『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』
© eOne Films (EITS) Limited

また、ハチドリ型ドローンや虫型ドローンによる偵察や、海をまたぎ遠く離れた司令室からの軍事判断の様などは、現代戦争の実態を暴く戦争サスペンスとしても非常に興味深いものがある。

今記事では、この映画を『倫理思考実験映画』として読み解きたい。冒頭に述べた「どの命を生かし、どの命を殺すのか」という、今作で突きつけられる答えのない問い。よりわかりやすく理解していただくため、まずは今作と共通の問題定義を行っている『トロッコ問題』について簡単に説明したい。

考えるのも恐ろしい『トロッコ問題』とは

あなたは、トロッコの線路を切り替えるポイントに立っている。向こう側から、暴走し制御不能となったトロッコが猛スピードで走ってくる。その線路上には、工事作業員5人がいる。このままではトロッコは猛スピードで5人をはね、彼らは間違いなく死んでしまうだろう。トロッコを止める方法もなく、5人を線路から避難させる時間も全くないとする。

しかし、あなたの目の前には線路の分岐レバーがある。そのレバーを引けば、トロッコは進路を変え、5人は無事助かる。

だが、分岐先の線路上にも1人の作業員が立っていたとしたらどうだろう。

あなたは、とっさにレバーを引くかもしれない。5人の命を救うかわりに、1人を犠牲にしたのだ。この判断は正しかっただろうか?
「5人が死ぬか、1人が死ぬかであれば、後者を選ぶのは正しいはずだ。1人の犠牲はやむを得なかった。」あなたはこう考えて、自分を正当化するだろう。

こうしてあなたは、どの命を救うべきかを判断するには、どうやら人数が基準になるようだと考える。5人を助けるためには、1人の犠牲は仕方がないことだったのだと。あなたは裁判所に出廷しなければならないかもしれないが、誰もあなたを咎める者はいないだろう。

では、次は少々視点を変えてみよう。
先程と同じように、線路の上を制御不能のトロッコが猛スピードで走っている。その先には、やはり5人の作業員が迫りくる危機に気付かずに工事作業を行っている。だが、今回は線路に分岐はない。そして、あなたはその様子を橋の上から傍観している立場だとしよう。

5人に避難するように叫んでもその声は届かず、もはや衝突は絶対に避けられない。5人の死を見届けるしかないのだ。
しかし、ふと隣を見ると、とても太った男が立っている。あなたは咄嗟にこう考える。

「今、この太った男を線路に突き落とせば、トロッコの暴走を食い止めることができる。」

その男の身体は、トロッコを止めるに十分な大きさではあるが、あなた自身は小柄すぎてトロッコを止められないことが明らかにわかっているものとする。
太った男は、突き落とされれば間違いなく死ぬだろう。その代わり、トロッコは停止し5人は無事助かるのだ。

さて、この太った男を咄嗟に橋から突き落とすことができるだろうか。

おそらくあなたは、男を突き落とすのは間違っていると考えるはずだ。いくら5人を救うためであっても、そんな酷いことができるはずがないと。
でもちょっと待ってほしい。あなたはつい先程、「5人を助けるためには、1人の犠牲は仕方がない」と考えたばかりだったではないだろうか?なぜ先程は分岐レバーを引いて5人を助けたのに、今回は男を突き落として5人を助けられないのか?あなたの行動次第で救えたはずの5人の命を、なぜ今回は見殺しにしてしまうのか?

いま少女を犠牲にすれば、大勢のテロ被害者が救われる

映画『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』であなたに突きつけられる問いは、この『トロッコ問題』と同じ性質を持っている。テロリストのアジト内では、今まさに工作員らが自爆用ベストを着込んでいる。10分もすれば彼らは人混みに出かけ、大規模な自爆テロを起こそうとしている。推定によれば、このテロによって幼い命を含めた70~80人の罪なき犠牲が発生するという。

しかし司令室の要人らは、ミサイル発射の判断を考えあぐねている。ミサイルの殺傷圏内で幼い少女がパンを売っており、全く動く気配がないのだ。

『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』
© eOne Films (EITS) Limited

『トロッコ問題』は、あらゆる外的要素が取り除かれたシンプルな問題定義だったが、『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』の巧みなところは、この倫理思考の背景に様々な政治的策略や人間ドラマを適度に絡ませている点だ。

少女の犠牲を認め、計画通りミサイルを撃ち落せば、多数のテロ被害を未然に防ぐことができる。しかし、少女の犠牲は世論の非難の格好の的となるだろう。逆に、あえて彼らにテロを決行させ、70~80人の犠牲を出させたとしたら、その悲劇は今後の米英連合軍にとって有利にはたらくこととなる。敵地への全面攻撃を行う大義名分となるだろう。もちろん、その判断が正義かどうかについては、また別の倫理思考が必要となる。

このように今作は、両手で覆い隠したくほどに眩しいライトで、複数のアングルからあなたを照らし上げる。きっとあなたは、自分の中にある倫理観はそれなりにまとまっていて立派なものだと長らく考えていたかもしれない。しかし、『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』によって晒し上げられたその倫理観とやらは、あなたの自覚を裏切るほどにイビツで脆い形をしている事実に気付かされることになる。

さらに残酷な事実を教えよう。あなたはせいぜい、自己の倫理観の崩壊にうろたえることしかできないかもしれないが、102分の『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』は出来事がリアルタイムで進行する。テロリストらは刻一刻と自爆テロの準備を進めていることがスクリーンで共有される。熟考する時間など与えられず、決断は今すぐに下さなければならない。これが現代の戦争であり、同じような出来事が今も世界のどこかで起こっているかもしれないのだ。

『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』を観終えてからしばらくは、あなたの眉間に刻まれたシワが残り続けるだろう。“世界一安全な戦場”との副題ではあるものの、戦争が残酷であることに変わりはない。戦地で肉体を削ぎ落とされるか、司令室で精神を削ぎ落とされるかなのだ。その司令室に立ち入る覚悟があるのなら、これから劇場に出かけよう。

『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』、2017年1月14日(土)より全国公開。

© eOne Films (EITS) Limited
配給:ファントム・フィルム

Writer

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中谷 直登Naoto Nakatani

THE RIVER創設者。代表。運営から記事執筆・取材まで。数多くのハリウッドスターにインタビューを行なっています。お問い合わせは nakatani@riverch.jp まで。

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