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魔法ワールド初心者のための『ファンタビ』最新作ポイント解説 ─ 政治スリラー、マッツ・ミケルセン、ユーモア&アクション

ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密
© 2021 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved. Harry Potter and Fantastic Beasts Publishing Rights ©J.K.R.

『ハリー・ポッター』でおなじみ、「魔法ワールド」の世界が再びスクリーンに帰ってくる。シリーズ最新作『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』が、いよいよ2022年4月8日(金)に公開となるのだ。

いまや説明不要、日本でも大ヒットしている『ファンタビ』の新章とあって、早くからファンの熱い視線が注がれている本作だが、この「説明不要」という言葉にいささか寂しさを感じる方はいないだろうか。これまで『ハリー・ポッター』を追ってこなかったがために、いまさら魔法の世界に飛び込むことがためらわれるという方、本当はあまりよくわかっていないという方にとって、本作は観るハードルがかなり高いことも事実だろう。いきなりここから観てしまって大丈夫なものか、と。

そこで今回は、あえて本作を「魔法ワールド」という枠組みから切り離し、独立した一本の映画として、その特徴と見どころをご紹介してみたい。キーワードは「政治/陰謀スリラー」と「2大名優の競演」、そして「ユーモア&アクション」だ。

政治/陰謀スリラーとしての『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』

はじめに触れておきたいのは、そもそも前知識がほとんどない状態で『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』を観ても大丈夫かどうか、ということだ。筆者なりの答えは、「完全には理解できないかもしれないけれど、まずは大丈夫」。もちろんファンに向けたリンクや遊び心はあるし、あまり本編で言及されない複雑な設定もあるが、それらをすべて理解していなくともストーリーはある程度伝わるはずだからだ。

そもそも映画の冒頭には、あくまでも物語の導入という形で、これまでの展開やシリーズの基本設定が登場人物によってざっくりと説明される。「前作までの流れをあんまり覚えていない」という方はここで思い出すことができるだろうし、予習ゼロの方も必要な情報を必要なだけ頭に入れることができるだろう。

ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密
© 2022 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved
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本作の特徴は、ストーリーの独立性がかなり大きいことだ。ざっくりと言えば「恩師のダンブルドアに頼まれ、魔法動物学者のニュート・スキャマンダーら寄せ集めのデコボコチームが任務に挑む」というもので、このプロットは『ミッション:インポッシブル』や『007』といったハイ・コンセプトのスパイアクションにも通じるシンプルさ。細かいことはいったん横に置いておき、一同が任務を達成できるかどうかを追いかければいい。

とりわけ興味深いのは、物語の主軸に「政治」が深く関わっていることである。映画の序盤からはっきり明示されるように、劇中最大のイベントは「国際魔法使い連盟」の次期リーダー選挙。闇の魔法使いであるグリンデルバルドは、今回、本来ならば資格がないはずの選挙に出馬し、権力を真正面から掌握することを狙うことになる。

必然的に、この映画は政治と巨悪との関係を描き出していく。奇しくも同じワーナー・ブラザースが製作を務め、また同時期に劇場公開されている『THE BATMAN―ザ・バットマン―』(2022)と同じく、本作にも政治/陰謀スリラーの気配が(とりわけ前半は)濃厚に香り立っているのだ。もちろん魔法ワールドが舞台であるから、設定こそ“闇の魔法使い”や“魔法省”という形になってはいるものの、これをマフィアと政府、あるいはカルトと政府の関係性に置き換えてみれば、がぜんリアリティのある政治腐敗の物語に見えてくる。

ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密
© 2021 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved. Harry Potter and Fantastic Beasts Publishing Rights ©J.K.R.

DCの人気ヒーローを主役とする『ザ・バットマン』と、基本的にファミリー・フレンドリーな『ハリー・ポッター』シリーズの流れを汲む『ファンタビ』という2本の大作映画が政治をめぐる陰謀を描くことになったのは、おそらくコロナ禍以前の世界に充満していた、そして現在も残っている政治への不安や不信、人々の暮らしを支える社会の揺らぎを反映したためだろう。原作・脚本のJ.K.ローリングは政治的な発言が多い人物として知られるが、本作ではダイレクトに時代の空気を捉えようとしたことがうかがえる。

国際魔法使い連盟の選挙は、この映画の全編を貫く大きな柱となっている。ダンブルドアとグリンデルバルドの物語、ニュートたちのミッションのほか、さまざまなサブストーリーもこの選挙戦に収斂する形で展開していくのだ。

マッツ・ミケルセン&ジュード・ロウが紡ぐ心理ドラマ

本作のタイトルが『ダンブルドアの秘密』であり、前作の原題が『The Crimes of Grindelwald』すなわち「グリンデルバルドの罪」であることからも一目瞭然なように、全5部作と伝えられている『ファンタビ』シリーズの前半戦は、ダンブルドアとグリンデルバルドが最重要人物となっている。もちろん物語の主人公はニュート・スキャマンダーだが、いうなれば彼は“探偵役”なのであって、主に事件を動かすのは彼らふたりだ。

ホグワーツ魔法魔術学校の教授である若きダンブルドアを演じるのは、前作に続きジュード・ロウ。闇の魔法使いであるグリンデルバルド役には、前作までのジョニー・デップに代わり、“北欧の至宝”とも称されるマッツ・ミケルセンが新たに起用された。

ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密
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前述の通り、物語の大枠には政治と陰謀が横たわっているが、作品のカギとなるのはダンブルドアとグリンデルバルドの関係性だ。ダンブルドアがニュートらに任務を託すのも、青春時代のダンブルドアがグリンデルバルドと“血の誓い”を交わし、相手に危害を加えられないため。かつては同志でありパートナーであり、ライバルでもあったふたりは、誓いを交わしながらも道を違え、今では敵対する立場だ。陰謀をめぐる物語はふたりの関係性へ繋がっていくが、そこでは愛情と憎しみが表裏一体となった、そして後悔と未練が暗い影を落としている、両者の心理描写が大きな見どころとなる。

ジュードとマッツが直接対面する共演シーンは決して多くないが、ふたりの名優はダンブルドアとグリンデルバルドの心が通い合うさまを確かに表現し、時には心が通わなくなった孤独をにじませた。必要以上にシーンの内容を記すことは避けるが、失ったものに対する切なさと悲しみを、そろって台詞とフィジカルの両面でじっくりと感じさせてくれる。

また、ともすれば単純な愛憎劇になりかねない展開にキャラクターとしての複雑さをもたらし、かつ例えようのない上品さと艶やかさを画面に刻み込んだのも、ジュード&マッツという組み合わせならでは。特にグリンデルバルドを演じるマッツには、彼の代表作「ハンニバル」(2013-2015)を想起させるような儚い恐ろしさがある。近年は悪役を演じる機会も多いマッツだが、その中では出色の演技ではないか。

ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密
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ところで、なかなか顔を合わせない両者の間を行き来するのは、前作でダンブルドアの血縁であることが明らかになったクリーデンス・ベアボーン。演じるのは『ジャスティス・リーグ』(2017)のフラッシュ役で知られるエズラ・ミラーだが、本作では受けの芝居に徹し、ジュードとマッツの存在感をさらに引き立てている。

J.K.ローリング流のユーモア&アクション

『ファンタスティック・ビースト』シリーズは、全体の設定やストーリーもあいまって、かつての『ハリー・ポッター』よりシリアスでダークな作風となっている。本作もその例外ではないが、最後に特筆しておきたいのは、それでも本作がポップなエンターテイメントを志向していることだ。

思えば『ハリー・ポッター』の原作シリーズからアクションとユーモア、サスペンスをたっぷりと盛り込み、時にはひとつの場面に共存させてきたJ.K.ローリングは、そのエッセンスを本作にもきちんと取り入れた。プロダクションノートにも「カニとエビを足してサソリで割ったような風貌」と記されている新たな魔法動物・マンティコアは、ある洞窟のような空間で恐ろしい脅威としてニュートの前に現れるが、対マンティコアのアクションシーンは90年代のアクション・アドベンチャー映画を思わせる楽しさと怖さがある。

ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密
© 2021 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved. Harry Potter and Fantastic Beasts Publishing Rights ©J.K.R.

もちろん、登場人物が魔法を駆使するバトルシーンでは、ローリングの「さすが生みの親」ともいうべきイマジネーションが炸裂。魔法ならではの現実が変容する感覚、時空間を自在に操るインパクトを楽しめるほか、映画終盤に用意されているチェイスシーンでは、かつて『ハリー・ポッター』に親しんでいた観客も懐かしさをおぼえるようなテイストも垣間見られる。しばらくシリーズから離れていたとしても、「これこれ!」と思える魔法ワールドらしさもポイントだろう。

子どもの頃に『ハリー・ポッター』に触れた人にも、まったく知らない人にも、本作は魔法ワールドへの入り口を開いている。ファンタジーや魔法、あるいはすでに完成している世界観やシリーズに抵抗感がある方も、きっと何らかのフックを見つけられるはずだ。それがストーリーに隠された“もうひとつのジャンル”なのか、今をときめく名俳優による演技なのか、それとも原作者が大切にしているテイストなのか、まったく別のものかはわからない。はっきりしているのは、ここから魔法ワールドに入ってみると、その先には相当深い“沼”が広がっているということ。まずは軽い気持ちで映画館の扉をくぐり、『ファンタビ』の世界に足を踏み入れてみては。

映画『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』は2022年4月8日(金)全国ロードショー。

Writer

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稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。THE RIVERほかウェブ媒体、劇場用プログラム、雑誌などに寄稿。国内の舞台にも携わっています。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。