Menu
(0)

Search

映画監督クリント・イーストウッド、比類なきバイタリティの根源 ─ 貴重映像『イーストウッド語られざる伝説』から

名監督ドキュメンタリー クリント・イーストウッド 映画制作の舞台裏

2021年(第93回)アカデミー賞のシーズン到来にあわせて、ワーナー・ブラザースはアカデミー賞常連の巨匠クリント・イーストウッド、スタンリー・キューブリック、マーティン・スコセッシの映画製作の裏側に迫るドキュメンタリー映像を無料で配信している。いずれも、無料公開とはにわかに信じがたい、映画ファン必見の作品だ。

THE RIVERではこの3作のドキュメンタリーを連続で解説。第1回は、クリント・イーストウッドに迫る『イーストウッド語られざる伝説』をご紹介する。

俳優・映画監督として70年近いキャリアを誇る男、クリント・イーストウッド。代表作は『ダーティハリー』シリーズや『許されざる者』(1992)『ミリオンダラー・ベイビー』(2004)『グラン・トリノ』(2008)『アメリカン・スナイパー』(2014)など数えはじめればキリがない。今年2021年には、監督・主演最新作『Cry Macho(原題)』の公開も控えている。

過去には俳優業引退を表明したこともあるイーストウッドだが、その活動はペースを落とすどころかますます精力的。ハリウッド屈指の巨匠を突き動かすバイタリティは、いったいどこから生まれてくるのだろう。

そのヒントを示してくれるのが、「FILM MAKERS/名監督ドキュメンタリー<映画製作の舞台裏>」として無料配信中の『イーストウッド語られざる伝説』(2013)だ。イーストウッド本人のインタビューや作品のメイキングをはじめ、スティーブン・スピルバーグやマーティン・スコセッシ、メリル・ストリープ、ジーン・ハックマン、ヒラリー・スワンクら豪華な顔ぶれがイーストウッドを語る。なんと今回が日本初公開となる貴重な映像だ。

俳優として、監督として

どんな巨匠にも最初の一作がある。イーストウッドの監督作『父親たちの星条旗』(2006)『硫黄島からの手紙』(2006)を製作したスティーブン・スピルバーグは、早くから彼の才能を高く買っていた。インタビューでは「彼がただの俳優ではなく優秀なストーリーテラーだと分かった」作品として、監督デビュー作『恐怖のメロディ』(1971)を挙げている。

『イーストウッド語られざる伝説』では、イーストウッドの比類なきキャリアが、タイトルの通り、語られざるエピソードとともに紐解かれていく。二枚目の若手俳優だったイーストウッドが映画監督としての地位を築くきっかけになったのは、新人時代に先輩俳優の撮影現場を訪れ、そこで映画制作に関心を抱いたこと。そして、監督業の師匠であるドン・シーゲル監督の存在だ。

『荒野の用心棒』(1964)『夕陽のガンマン』(1965)『続・夕陽のガンマン』(1966)という傑作ののち、イーストウッドは『マンハッタン無宿』(1969)でシーゲルと出会った。二人はたちまち親交を深め、イーストウッドは『恐怖のメロディ』でシーゲルを俳優として起用。このドキュメンタリーでは『恐怖のメロディ』の裏側や、再タッグ作『ダーティハリー』(1971)の撮影秘話などから二人の関係性を垣間見ることができる。

『ダーティハリー』© 1971 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

イーストウッドはシーゲルに監督業の基本を学び、そのテクニックを盗んだ。しかし、彼には師匠と異なるところがある。自らの監督作品に俳優として出演し、俳優・監督という二つの顔を引き受けてきたことだ。ここではインタビューから、その特殊なプロセスを語った言葉を引用してみよう。

「脚本に演出のメモを書き込み、準備万全だと思うんだが、電気を消して寝ようとした時、セリフを口にするのも自分だと気づく。だから再び机に向かい、全体を別の視点で見直すんだ。今では慣れたけれどね。」

笑いながら苦労を回想するイーストウッドだが、その仕事ぶりに驚愕していたのが共演者たちだ。『マディソン郡の橋』(1995)のメリル・ストリープ、『ミリオンダラー・ベイビー』のヒラリー・スワンクは「演出をされているという感覚はなかった」と口を揃えた。映像の中には、撮影現場でヒラリーを前に演じていたイーストウッドが、さらりと監督の顔に戻って「オーケー」とつぶやく場面も収められている。“その道を極めた達人の技術は、常人の目には何が起こったのかわからない”とはこのこと、驚愕の一瞬をお見逃しなく。

『マディソン郡の橋』© 1995 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

イーストウッドは俳優・監督として共演者に全幅の信頼を置き、現場では彼らに多くを委ねる。その一方、俳優が万全の準備を経て撮影に臨むことを求めるため、リハーサルはせず、本番でもテイクを何度も重ねることはしない。業界きっての早撮りとして知られる理由はここにある。

この撮影スタイルは、俳優からの信頼を得ながら、撮影に適切な緊張感をもたらした。『許されざる者』『目撃』(1997)のジーン・ハックマンは「これこそがクリントの創造性。ファーストテイクの新鮮さは回数を重ねても撮れない」と証言。『ミスティック・リバー』(2003)のティム・ロビンスは「みんなが怯えていた、誰も失敗したくないから」と振り返り、映画に使用されたのは「ほとんどが1テイク目だった」と話している。

ひたすらに物語を求めて

「クリントが仕事をするのは、ただ物語に興味があるから」。

映像の中で、メリル・ストリープはクリント・イーストウッドという映画人の核を言い当てている。実際に本人も「連続して良い脚本に出会うと、すべてを撮りたくなる」と言い、スティーブン・スピルバーグもイーストウッドを「脚本を読めば(映画が)面白くなるかが分かる人」と称えているあたり、その資質は自他ともに認めるところだ。

『許されざる者』©1992 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

近年、イーストウッドは『アメリカン・スナイパー』や『ジャージー・ボーイズ』(2014)、『ハドソン川の奇跡』(2016)『15時17分、パリ行き』(2017)『運び屋』(2018)『リチャード・ジュエル』(2019)など、実話に基づく映画ばかりをハイペースに手がけてきた。作品ごとにジャンルは幅広いが、なぜ彼は過去に起こった事実を描きつづけているのだろう。

このドキュメンタリーには、実話映画を撮ることについてイーストウッドが言及する場面もある。しかし最大の手がかりは、『グラン・トリノ』で演じた主人公ウォルト・コワルスキーについて「私は彼ほど気難しくないし、悲観的でもない」と語っていることだろう。コワルスキー役と同じく、イーストウッドもしばしば“昔ながらのアメリカの保守派”というイメージで語られる人物。しかし、そんな彼が「昔は良かった、と過去を語る老人にはなりたくない」と言っていることに注目したい。「昔も良いが今も良い、問題はどう生きるかだ」。

『グラン・トリノ』©2009 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

つねに新たな作品、新たな体験に挑んできたイーストウッドを、周囲の人々は西部劇の“流れ者”にたとえる。その一方で彼自身は、映画づくりについて「自分の直感と審美眼を信じるしかない」と語った。「観客との温度差を感じることも多いが、結局は自分が好きなものを作る」「自分と他人の価値観が違うと感じるのは誰にでもあること。また立ち上がって挑戦する」のだと。

約1時間のドキュメンタリーからは、作り手として、一人の人間としてのクリント・イーストウッド像が見えてくる。おそらくイーストウッドという人は、長年の映画づくりを通じて、身近な周囲や世界そのものと対峙しつづけてきたのだ。彼が過去を描くことにこだわるのは、自分が生きてきた世界を見つめ、“今”という時代に向き合い、自らの思索を深めているからではないかと、そんなふうにも思わされるのである。

新作『Cry Macho』は、落ちぶれた調馬師が一人の少年をアルコール依存の母親から誘拐し、父親のもとへ送り届けるという物語。久々に実話映画ではなく、1978年を舞台にしたフィクションだが、かつてのアメリカを描くという姿勢は一貫している。いよいよ西部劇に回帰するのか、今度は“過去”をどう捉え、どんな手つきで“今”に語りかけるのか……。1930年生まれ、御年91歳を迎える巨匠の新たな一歩から目が離せない。


第2回は、スタンリー・キューブリックの映画製作舞台裏に迫る「ライフ・イン・ピクチャー」をご紹介。4月12日に掲載予定だ。

キューブリック編はこちら
『ダーティハリー』『グラン・トリノ』『マディソン郡の橋』『許されざる者』
デジタル配信中/ブルーレイ&DVD発売中
ブルーレイ 2,619円(税込)/DVD 1,572円(税込)
発売元:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
販売元:NBC ユニバーサル・エンターテイメント

Writer

稲垣 貴俊
稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。外部寄稿に『TENET テネット』『ジョーカー』『シャザム!』『ポラロイド』劇場用プログラム寄稿など。国内の舞台にも携わっています。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。

Tags

Ranking

Daily

Weekly

Monthly