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【インタビュー】主演女優はインスタで発掘 ─ 『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』監督、低予算映画の革命児

フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法
©THE RIVER

「僕の映画の撮り方は普通じゃない」──自身もはっきりと認める。おそらく、これほどに型破りな映画監督は他にいないのではないだろうか。

映画『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』ショーン・ベイカー。前作『タンジェリン』(2015)では、その全編をiPhoneカメラで撮影、さらに主演の2人をはじめほとんどの役を素人が演じるという型破りな手法で話題をさらった。

THE RIVERでは、来日したショーン・ベイカー監督へインタビューを敢行。世界中が大喝采をおくる今作の裏側を深く尋ねた。

フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法
©THE RIVER

メイン・キャストは演技素人

常識にまったく囚われないベイカーの唯一無二なセンスは、今作『フロリダ・プロジェクト』でも多いに生きている。タイトルの通り、舞台はフロリダ。「夢の国」ディズニー・ワールドのすぐ傍には、カラフルな外壁の安モーテルが並んでいる。かつては観光客のために建てられたものだったが、今ではホームレス家族の住処となっていた。そのうちの一軒、「マジック・キャッスル」で暮らす貧困層の若い母と娘が、しかしながらカラフルで冒険的に生きるドラマを描く。

フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法
(C)2017 Florida Project 2016, LLC.

まるで反乱軍である。ベイカーは、今作でも重要な役に演技素人をゲリラ・スカウトした。主役のひとりである母ヘイリー役には、ファッション・デザイナーのブリア・ヴィネットを起用。ベイカーは彼女をInstagramで見つけてきたのだという@chronicflowersまた、主役の少女ムーニーと行動を共にするジャンシー役には、現場近くの量販店で見かけた少女に直接声をかけた。

スクリーンの中で、子どもたちは自由に走り回り、大暴れする。野性的なエネルギーと混沌溢れる撮影現場を、一体ベイカーはどのように取り仕切っていたのか。

子どもたちについては「みなお利口さんで素晴らしかった」と言うベーカーだが、自身が「チビッコ・ギャング」と形容する彼女らの集中力を維持するのに、意外なものが役立ったという。それは、本作の撮影に用いた35mmフィルムだった。デジタルではなくアナログのフィルムが実際に消費されていく様を見せ、「この音聞こえる?こうやってフィルムが使われてるんだよ。お金が燃えているようなものなんだよ」と示したのだという。

「それからもう1つ、早い段階で気付いたことがありまして。“撮影現場に砂糖はダメだ!”って(笑)。子どもたちが超元気になっちゃうから。実は劇中に登場するアイスクリームやグミも全てシュガーフリーなんです。」

フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法
(C)2017 Florida Project 2016, LLC.

映像の背景では度々、遊覧飛行のヘリコプターがランダムに着陸する。これは本作の撮影用のものではなく、実際に現地で観光業を行う本物だ。これについてベイカーは「僕たちはコントロールしようがなかった」と振り返る。

「だから、ヘリが現れるタイミングを見計らって撮影していました。低予算映画のロケ撮影ではよくあることです。はじめは”災難だ”と思っていたことが、実は逆手に取って映画に使えたりする。ヘリコプターも同じことで、むしろ使ってやろうと決めたんです。」

大ベテラン、ウィレム・デフォーの参加

フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法
(C)2017 Florida Project 2016, LLC.

こうした混沌とも言えるプロジェクトに、『スパイダーマン』(2002)グリーン・ゴブリン役でも知られる大ベテランのウィレム・デフォーが加わり、世界観をグっと引き締める。これまで演技未経験へのスカウトを多く行ってきたベイカーは、一体どのようにしてウィレムを口説いたのか。尋ねると、「つまらない話になっちゃいますよ」と笑いながら教えてくれた。

「昔ながらの、ハリウッド流のキャスティング方法でした。まず、エージェンシーに照会をかけるんです。年齢は35〜60歳くらいで、こういう条件の役者はいませんかと。そうすると候補者がズラリと出てきて、そこにウィレム・デフォーの名前があって気になったんです。何十年もハリウッドで活躍する大ベテランですし、彼で考えさせてもらいたいなと。偶然にもウィレムが僕の前作『タンジェリン』を気に入ってくださっていると聞いて、それではご一緒できないかなと思ったんですね。一緒にお茶してみて、色々お話して、それから進み始めたんです。」

ウィレムが演じるのは、舞台となるモーテルの管理人で、住人を見守る保護者的存在、ボビー役だ。ウィレムはこの役で、数々の映画賞にて助演男優賞を受賞している。ベイカーにとっても、ウィレムほどの大物と仕事を共にするのは初めての経験となったが、「彼ほどの役者となると、監督としての仕事は調整を行うくらいでした」とその実感を伝える。

「ウィレムは、自分が映画の世界に溶け込んで馴染むように計らってくださいました。彼ほどの大物俳優が、ここまでやってくださるのかというくらい、僕にとっては予想外でした。ハリウッドスターは目立ちたがりだと思われるかもしれませんが、彼はまったくそんなことがなくて、むしろ存在感を消しているようでしたね。ものすごく真摯に取り組んでくださって、かなり早い段階から予習も済ませ、実際のホテルの管理人さんたちに自ら話を聞きに行って、役作りのためのリサーチまで行ってくれていたんです。内面だけでなく、サングラスやネックレス、それに日焼けスプレーも使って見た目も役になりきってくださいました。演技未経験の子どもたちに囲まれても、忍耐強くて優しくて…。」

フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法
(C)2017 Florida Project 2016, LLC.

「サワーツイストの入ったブルーベリー・アイスクリーム」

ベイカーによれば、柳楽優弥主演、是枝裕和監督の『誰も知らない』(2004)も本作にインスピレーションを与えた作品のひとつだと言う。モーテルという集合住宅に暮らす貧困層が「夢の国」の影で生きる様を描く本作だが、本作には悲壮感や陰鬱さがない。むしろ、無邪気な子どもたちの目線を通じて、パステルカラーの鮮やかな色彩センスで眩しく照らしているのである。この映像感覚は、Instagram世代、トラップ・ミュージック世代に特に突き刺さるだろう。(ちなみに、劇中でさりげなく流れるトラップ・ミュージックは、母ヘイリー役ブリア・ヴィネットの選曲だそうだ。)

『タンジェリン』ではiPhoneカメラだけで撮影を行ったベイカーは、今作ではフィルムは35mm、レンズはパナビジョンを用いて撮影した。「フロリダならではのパレットをいかにとらえられるか。パナビジョン・レンズと35mmフィルムのおかげで、オーガニックなルックに仕上げることができました。僕にとってヴィジュアルはすごく重要な要素です。」

撮影監督を手がけたアレキシス・サベは、本作を「サワーツイストの入ったブルーベリー・アイスクリーム」と表現する。サベは、ファレル・ウィリアムス「Happy」ミュージック・ビデオのようなポップな作品から、カンヌに出品するような映画に至るまで、ありとあらゆるタイプの映像を撮れる才能の持ち主。ベイカーは、編集の段階でもサベを大いに頼ったという。「それから、僕の妹であるステファノック・ユースにプロダクション・デザイナーを依頼して、衣装デザイナーには英才フェルナンド・ロドリゲス(『ムーンライト』など)。サベとこの2人が、どういった色彩を組み合わせ、いかに感情を引き出すのか、とことん考えてくれたんです。」

ジャーナリスト流リサーチ術

事前のリサーチにあたってベイカーは、製作と脚本を共にしたクリス・バーゴッチと共に、3年にもわたるリサーチ旅行を繰り返した。もともとクリスにとって現地は、母の家があり、またディズニーランドも大好きであったということから何度も訪れる場所だった。ベイカーは、彼らのリサーチ手法を「ジャーナリスト流」と表現する。

「リサーチでは、とにかく情報収集に徹しました。モーテルに立ち入って、手当たり次第話を聞いて周るんです。礼儀正しく自己紹介をして、こういう映画を作りたいんですと伝えれば、たとえ情報は得られなくても温かく歓迎してもらえました。モーテルで暮らしている人だけでなく、オーナーさんやマネージャーさん、非営利の福祉スタッフさんも同じです。こうやって色々な人に話を聞きに行って、出来る限りの情報やアイデアをかき集めたんです。」

入念なリサーチの甲斐あって、今作では時折ドキュメンタリー映画と錯覚させられるほどのリアリズムを築いている。加えて、痛烈なほど美しく切ないストーリー、全ての瞬間が”インスタジェニック”級に鮮やかな映像センス、そして愛と個性溢れる豊かな登場人物が、観るもの全てを魅了する。今作は、世界中の映画賞で計57部門を受賞、107ノミネートを果たした。型破りな手法で映画作りに革命を起こしたショーン・ベイカーは、夏のフロリダから魔法を届けにやってきた。

いずれは、大規模な映画も撮ってみたいとは思います。僕は全てのジャンルに敬意を払っている。アクション映画も良いですね。いつかは巨大なアクション映画で腕試しをしてみたいと思います。たとえば、ウィリアム・フリードキンも1970年代に『恐怖の報酬』(1977)というアクション映画を撮っています。それから『フレンチ・コネクション』(1971)は警察ドラマやスリラー要素やアクション・シーンもあり、同時に人間としてのあり方や社会批判も描いた映画でしたよね。こういった(アクション描写のみに留まらない)脚本に出会えたら、是非挑戦したいと思います。きっとお金もかかるでしょうけどね。」

フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法
©THE RIVER

映画『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』は、2018年5月12日(金)公開。映画的であり詩的なラストをお見逃しなく。

『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』公式サイト:http://floridaproject.net/

(取材、文、監督写真撮影:中谷 直登)

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