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【レビュー】『ゴースト・イン・ザ・シェル』は普通に面白い!実写化で失われた「曖昧な情感」に迫る

SFアニメ映画の傑作『攻殻機動隊』が公開されたのは1995年のことでした。士郎正宗の同名コミックを原作とする同作は、日本では興行成績がパッとせず、アメリカでの人気から再評価されることになったという珍しい経緯を辿った作品です。「シャーロック・ホームズ」シリーズを見出したのもアメリカですから、この国には、エンターテインメントの価値を見出す土壌が昔からあったのでしょうね。

その後、勢いに乗った同作は劇場映画の続編『イノセンス』(2004)、テレビシリーズの『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』(2002-2006)、リブート企画の『攻殻機動隊 ARISE』(2013)と展開され、2017年4月現在においても神山健治と荒牧伸志の共同監督による企画が進行しています。

その『攻殻機動隊』の実写化の話がアナウンスされたのは2008年のことでした。実写化権を買い取ったのはスティーヴン・スピルバーグ率いるドリームワークス。そもそもアメリカでの評価が先行していた作品であり、アメリカ映画界が実写化するのは自然な流れであったように思います。しばらく同プロジェクトは音沙汰がありませんでしたが、2017年、めでたく実写版の『攻殻機動隊』である『ゴースト・イン・ザ・シェル』は生まれ故郷の日本で公開されました。

ゴースト・イン・ザ・シェル
(C)MMXVI Paramount Pictures and Storyteller Distribution Co. All rights Reserved.

普通に面白い、だけど……

2017年4月初頭時点で、映画批評サイト“Rotten Tomatoes”での『ゴースト・イン・ザ・シェル』のレーティングは46%。あまり芳しい評価ではありません。しかしながら、先に擁護しておくと『ゴースト・イン・ザ・シェル』は普通に面白い映画です。

研究員を狙った連続殺人事件を追うサスペンスをストーリーの中核としており、サスペンスとしての作りは極めてまっとうでよく出来ています。フーダニット(誰がやったのか)・ハウダニット(どうやってやったのか)・ホワイダニット(どうしてやったのか)というサスペンスの基本は過不足なく満たされてますし、どんでん返しの要素もあり、そこに記憶を失った主人公である少佐(スカーレット・ヨハンソン)の正体も繋がっていくというドラマ性も含まれています。些かまっとうすぎるきらいもありますが、この作品を見て「つまらない」と断じる人は少数派でしょう。そういう大衆的な意味での面白さです。

また、アクションシーンも歯切れよくダイナミックで見せ方も上手いです。『マトリックス』(1999)以降、当たり前のものとなったワイヤーアクションや、日本とは比べ物にならないハイレベルなCGは単純に見ていてとてもゴージャスです。ビッグバジェットのハリウッド映画らしく移動撮影をふんだんに使った画は、「楽しい」という生理的欲求を十分に満たしてくれます。104分という長さのおかげで冗長な部分が削ぎ取られており、集中力が途切れる前に終わるのも嬉しいです。

ゴースト・イン・ザ・シェル
(C)MMXVI Paramount Pictures and Storyteller Distribution Co. All rights Reserved.

原作に対する敬意も十分に感じます。体をサイボーグ化する義体化や、脳をネットワークに接続する電脳化のガジェットは原作そのままに受け継がれていますし、1995年の『攻殻機動隊』を見た人には感激であろうことに、いくつかのシーンがほぼそのままのカット割りで再現されています。

さらに、『攻殻機動隊』の根幹を成すテーマへの理解も成されているように思います。『攻殻機動隊』シリーズで常に通奏低音として流れているのは「人間の魂はどこに存在するのか?」という問いかけです。これは1995年の『攻殻機動隊』でも、その後の作品でも常に共通のテーマとして受け継がれてきましたが、そのスピリットは間違いなく実写の『ゴースト・イン・ザ・シェル』にも受け継がれ、記憶のない少佐が自らの正体を探る物語に集約されています。

しかし、それでも私はこの実写版『ゴースト・イン・ザ・シェル』を観て、根底の部分に足りないものを感じてしまいました。それは、今までの『攻殻機動隊』シリーズにあったはずの情感です。

(C)MMXVI Paramount Pictures and Storyteller Distribution Co. All rights Reserved.
(C)MMXVI Paramount Pictures and Storyteller Distribution Co. All rights Reserved.

失われた「曖昧な情感」とは?

日本で制作された『攻殻機動隊』にあって、実写版『ゴースト・イン・ザ・シェル』にないもの、それは「曖昧な情感」です。このあたりは、日本式とハリウッド・スタイル、あるいは東洋・西洋の価値観の違いかもしれません。

敵の抱える「情感」

『攻殻機動隊』に登場する敵は、常に曖昧さを孕んだ存在でした。

劇場版第一作の敵である人形使いも、テレビアニメの『STAND ALONE COMPLEX』に出てくる笑い男や傀儡廻も、動機こそ明らかにされますがその正体は最後まで曖昧なままです。フーダニット・ハウダニット・ホワイダニットという三つの要素のうち、フーダニットだけが灰色の部分を残して終わる。それが『攻殻機動隊』の特徴であり核の一つです。

また『攻殻機動隊』の敵たちは、確かに主人公たちに対立する存在として登場しますが、その動機は必ずしも悪とはいえないもので、善悪の観点においてもやはり曖昧な存在です。『攻殻機動隊』の人形使いは、まともな人間の感覚では理解しがたい価値観に基づいて行動してはいますが、その動機は必ずしも「悪」と断じられるようものではありません。『STAND ALONE COMPLEX』の笑い男とクゼ、傀儡廻は立場上敵ではあるものの、彼らの動機は道義的に間違いと断じられるようなものではありません。その動機を実現する方法が結果的に犯罪になってしまっているだけです。

それに対して『ゴースト・イン・ザ・シェル』では黒幕の正体がはっきりわかっていますし、善と悪があるのであれば間違いなく悪党にカテゴライズされる存在です。原作にあった曖昧さが削ぎ取られたことで、『攻殻機動隊』シリーズにあった曖昧でもどかしい情感が損なわれていました。

映像面の「情感」

『攻殻機動隊』と『イノセンス』を監督した押井守の特徴はとにかく「クドい」ことです。クドくて理屈っぽくて面倒くさい、それをプレースタイルとしている監督なのです。たとえばアクションシーンではダイナミックな立ち回りを見せる一方、ドラマパートではテンポをあえて犠牲にし、ほとんど動きのないロングショットを長々と続け、さらに長ったらしいセリフをかぶせて……という、見てて「キツいなあ」と感じることを敢えて仕掛ける作り手です。

『攻殻機動隊』ではそのクドさがそれほど強く出ていませんが、クライマックスの人形使いと少佐のやり取りでは、理屈っぽくて小難しい会話が主に人形使いと少佐のクローズアップの切り返し中心に続くという、クドさにクドさを重ねた濃厚なクドさで表現されています。しかし、こういうクドさが味や情感に繋がっているとも言えます。それが悪い方向に出ることもありますが、『攻殻機動隊』はそういった作家性が良い方向に働いた例です。

また、テレビシリーズの『STAND ALONE COMPLEX』はもっと中庸を行くような作りになっています。同作は、基本的にアニメ特有の付けパン(被写体を追ってカメラを動かすこと)をあまり使わず、フィックス(カメラを固定して撮影すること)を中心にした実写ライクな演出になっています。フィッシュアイ(魚眼レンズ)で思い切り画面を歪ませたり、めまいショット(被写体の大きさを一定に、背景の奥行きを変える)で意表を突いたりというギミックを時折使ってはいますが、基本的にリアリティを感じさせる映像文法に落ち着いています。それ故に全体がしっとりとして落ち着いた情感を醸し出しており、これが物語自体が持つ曖昧な情感と心地よくマッチしていました。

一方、『ゴースト・イン・ザ・シェル』のルパート・サンダース監督は職人仕事に徹していた感がありました。ハリウッドの大作映画はとにかく画面がよく動きます。空撮やクレーン、ドリーもたっぷり使うし、フィックスに見えるカットでも微妙に動いており、とにかく観客が飽きないように作られています。ダグ・リーマンやアントワーン・フークア、D・J・カルーソのような、大作映画御用達の職人色の強い監督にはとりわけそれが顕著です。ルパート・サンダース監督も、そういう意味では立派な仕事をしたと思います。ですが、そのことが重ねて情感を薄めてしまったようにも思います。

(C)MMXVI Paramount Pictures and Storyteller Distribution Co. All rights Reserved.
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美術の「情感」

『攻殻機動隊』は一貫して、生活感のある光景の中にSF的なガジェットをちりばめてきました『STAND ALONE COMPLEX』のベストエピソードとして名高い『暴走の証明』は、民間の軍事会社が秘密裏に開発していた多脚戦車が原因不明の暴走を起こすエピソードですが、多脚戦車というSF的ガジェットが普通の住宅街を破壊していく光景はなんとも言えない、敢えて言うならば、まさに『攻殻機動隊』的としか言えない情感を醸し出していたのです。

それに対して『ゴースト・イン・ザ・シェル』は、全体的にビジュアルがツルツルしていて小奇麗で、あまり生活感を感じませんでした。CGのデザインがツルツルしているせいで、ロケ地となった香港の街からSF的ガジェットが浮いているのです。

たとえば、ここに『ブレードランナー』(1982)のような汚れがあれば、また情感が変わったのかもしれません。『ブレードランナー』の舞台は近未来のロサンゼルスで、劇中にはシド・ミードがデザインした数々のSFガジェットが登場します。日本語で書かれた看板やネオンサインがきらめき、様々な人種が行き交うコスモポリタンな未来都市です。にも関わらず、そこにはファンタジー的な恍惚はありません。街は常に酸性雨が降り注ぎ、路上にはゴミが散らばり、遠くから聞こえるクラクションやサイレンの音が人々の確かな生活臭を匂わせています。これは『攻殻機動隊』と共通している点であり、また『ゴースト・イン・ザ・シェル』に欠けていた要素です。

ゴースト・イン・ザ・シェル
(C)MMXVI Paramount Pictures and Storyteller Distribution Co. All rights Reserved.

『攻殻機動隊』だからこその不評?

『ゴースト・イン・ザ・シェル』は普通によくできた、普通に面白い映画です。原作への敬意も感じます。しかし、肝心な部分で原作とすれ違っている感じがする作品でもあります。

さんざん述べてきた通り、『ゴースト・イン・ザ・シェル』は『攻殻機動隊』に比べると色々な点がかなり単純化されています。それが必ずしも咎とは思いませんが、ひょっとしたらRotten Tomatoesで低得点をつけたユーザーたちはそこに不満を感じたのかもしれません。『攻殻機動隊』は北米から人気が逆輸入された作品ですので、「こんな単純な話は『攻殻機動隊』じゃない!」と思うオールドファンも少なからず存在するのでしょう。そう考えると、低評価は『攻殻機動隊』の看板に足を引っ張られた結果とも言えそうです。

ただし、これまたさんざん述べてきましたが、『攻殻機動隊』という看板は置いておき、『ゴースト・イン・ザ・シェル』という映画を単体で見ると、観て損のない普通に面白いSFエンターテインメントです。余談ですが、筆者はインディーズ映画の製作に携わっているため、映画の作り手たちには常に敬意で一杯です。日本製のネタを買い取り、ビッグバジェットで面白く仕上げてくれた関係者たちには「ありがとう」と言いたいです。 

最後に、『攻殻機動隊』に思い入れのある方は、ぜひ本作を吹き替え版で観てください。1995年版『攻殻機動隊』でおなじみの声優陣が吹き替えを担当しています。ちなみに筆者は吹き替え版で観ました。

Eyecatch Image (C)MMXVI Paramount Pictures and Storyteller Distribution Co. All rights Reserved.

Writer

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ニコ・トスカーニMasamichi Kamiya

フリーエンジニア兼任のウェイブライター。日曜映画脚本家・製作者。 脚本・制作参加作品『11月19日』が2019年5月11日から一週間限定のレイトショーで公開されます(於・池袋シネマロサ) 予告編 → https://www.youtube.com/watch?v=12zc4pRpkaM 映画ホームページ → https://sorekara.wixsite.com/nov19?fbclid=IwAR3Rphij0tKB1-Mzqyeq8ibNcBm-PBN-lP5Pg9LV2wllIFksVo8Qycasyas  何かあれば(何がかわかりませんが)こちらへどうぞ → scriptum8412■gmail.com  (■を@に変えてください)

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