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【ネタバレ】混沌と退廃とトム・ヒドルストンの肉体美『ハイ・ライズ』レビュー

SF作家J・G・バラードによる長編小説をの映画化『ハイ・ライズ』。70年代テイストとトム・ヒドルストンの美しい容姿を前面に押し出しながら、階級社会の崩壊とディストピアを描いた作品だ。

あらすじ

医師のロバートが引っ越してきたのは、ロンドン郊外に建つタワーマンション。そこはシビアな階級社会で、上層階、中層階、下層階の住人たちはそれぞれのルールのもとに生活していた。ロバートはこのコンセプトを考案したペントハウスの建築家ロイヤルに気に入られ、さらに下層階の住人ワイルダーとも知り合う。くすぶっていた住人たちの不満は停電をきっかけに噴出し、マンション内は混沌を極める。

【注意】

この記事は、映画『ハイ・ライズ』ネタバレ内容を含んでいます。

男のディストピア/女のユートピア

中層階代表:ロバート

『ハイ・ライズ』の主演はトム・ヒドルストン。抜群のスタイルを持ち、常にイギリス人らしいクールな表情を崩さず、動じることなく事態のなりゆきを見つめる中層階を代表する主人公を演じている。まず、冒頭から画面には彼の全裸が登場し、その後も美しい肢体が舐めるように繰り返し繰り返し映し出されていく。現在は家族がなく孤独だということ、また孤独を求めてここに越してきたらしいこと以外は、彼の状況や感情はほとんど描かれることがない。あくまでも受け身。あくまでも傍観者。

彼はマンション内の複数の女性と関係を持つが、後半になると女性たちが彼をどのように見ているのかが明らかになっていく。「あなたは服を着ていない方がいい」「あなたはこの建物のアメニティ」。女性たちにとって、彼は”建物を彩る美しく便利な備品”なのだ。秩序が崩壊し暴力で支配されたマンション内で、悲惨な末路を迎えた他の男性たちと彼とを分かつものがこの”女性たちにとっての利用価値”だったという点は、この作品を読み解くうえで重要なポイントだろう。

上層階代表:ロイヤル

最上階のペントハウスに住む建築家ロイヤル。名優ジェレミー・アイアンズが演じるこの”ハイ・ライズの頂点に立つ男”こそが、この建物の設計者であり、同時に最初の負傷者でもある(建設中に脚を負傷した過去を持つ)。常に白い服を身に着けているこの老人は、自らが設計しておきながらも当事者意識が希薄だ。問題を認識していながらも、”自分以外の”上層部の連中を見下し、彼らに責任を押し付ける思考回路しか持たず、中層階のロバートにも、下層階のワイルダーにも理解を示すような”ふり”をする。しかし、口ではそう言っておきながらも、実際に下層階のワイルダーと遭遇したときには身分を偽り逃亡する。責任を認めるそぶりをしながらも、責任を負う覚悟は一切ないのだ。最期にワイルダーに刺されたとき、周囲の女性たちはロイヤルを見殺しにする。誰よりも悪いのはロイヤルだと分かっていながら、彼の庇護のもとで生きているような”ふり”をしていた女性たちの真意が現れる印象的なシーンだった。

下層階代表:ワイルダー

テレビ局員であり、妻子を持つワイルダーは低層階に住んでいる。ミュージカル出身で今や飛ぶ鳥を落とす勢いの人気俳優ルーク・エヴァンスが演じるこの”タフガイ”は、最初からこのマンションの歪みに不満を持っており、混沌の中心人物として暴れまわる。上層部がワイルダーを排除する決定を下したとき、ロバートは「ワイルダーは唯一マトモな人間だ」と叫んだ。理不尽な階級社会に疑問を持ち、民衆を率いてクーデターを起こすワイルダーは確かに”マトモな”人間だ。しかし、彼は自らの妻子を一切顧みない。他の女を誘惑し、子供たちや臨月の妻に見向きもしない。そしてついに金銭的な援助すら拒否したとき、妻は反撃に出る。ロバートと通じ、ロイヤルを殺した後で女たちに殺されるワイルダーを見殺しにする。

混沌を生み出したのは誰か?

『ハイ・ライズ』で生じる混沌のきっかけは、低層階で起こった停電だ。しかし、もっと決定的なきっかけとなったのは、上層階住人の自殺だった。ロバートの部下であったこの青年は、中層階に住むロバートのことを露骨にバカにした。非常に控えめな表現にはなっていたが、彼を自殺に追い込んだのはロバート以外にはいない。軽んじられたことに激怒したロバートは、あたかも彼が不治の病に冒されているように仄めかし、絶望を与えた。

しかし、ロバートはそのことに触れないし、あくまでも傍観者としての立場を貫く。当然、周囲もロバートを責めることなどない。唯一ワイルダーだけが、「一番怖いのはお前のような人間だ」とロバートの本質を指摘するが、結局ワイルダーは死に、ロバートは女たちのアメニティとして生き延びる。世界を想像し支配していたロイヤルは殺され、歪んだ階級社会をぶち壊してくれたワイルダーも殺され、無自覚に他人を死に追いやるロバートは生かされる。無害に見える人間が、本当に無害だとは限らないのに。むしろ、あの状況に対し”無関心”でいられることの方が異常なのに。『ハイ・ライズ』で私が最もゾッとしたのはこの点だった。

女たちのユートピア

最終的に、女たちを蔑ろにしていた男たちは、女たちによって殺された。最初は女たちの方が階級社会にこだわっているように見えたが、男たちを消去する段階では、女たちの階級など消えていた。ワイルダーの妻はペントハウスで出産し、上層階の女たちは赤子の誕生を祝福した。そこでは新たなユートピアが生まれたようにも見える。

しかし、この作品を簡単にフェミニズム映画と評することはできないだろう。ロイヤルやワイルダーのような、”自ら行動する”存在を排除し、”つねに受動的”なロバートを肉体的魅力と利用価値の観点から保護する女性たち。これはつまり、それまで女たちが男たちに受けてきた仕打ちをそのまま反転させたに過ぎないからだ。

映画としてはどうなのか?

以上、『ハイ・ライズ』の個人的な解釈について述べてきたが、本作が映画として面白いかどうかは意見が分かれるところだろう。まず、グロい。最初のシーンからグロい。そして、かなりのシーンで乱交状態なので、エロい。けっこうなエログロなのに、退廃的で説明を削ぎ落しているからか、タルい。停電が起こり混沌となればなるほど退屈になるという、不思議な作品だった。人間社会の愚かさや混沌を淡々を描き、画面では異常事態しか起きていないのに感覚がマヒしていく……この不思議な鑑賞体験こそが、本作の最大の皮肉といえるかもしれない。

Eyecatch Image:https://wemakemoviesonweekends.com/2016/07/18/high-rise-dvd-and-blu-ray-review/

Writer

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umisodachi

ホラー以外はなんでも観る分析好きです。元イベントプロデューサー(ミュージカル・美術展など)。

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