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アレハンドロ・ホドロフスキーってどんな監督?映画『リアリティのダンス』で紐解こう

みなさんはこの人物をご存知だろうか。映画監督、バンド・デシネ作家、タロット研究家……。様々な世界でその名を馳せる男アレハンドロ・ホドロフスキー。“カルト映画界の巨匠”と言われる人物だ。 

アレハンドロ・ホドロフスキーとは

アレハンドロ・ホドロフスキーはチリ出身で1929年生まれ、御年88歳だ。“カルト映画の巨匠”と呼ばれる彼の代表作品には、1970年『エル・トポ』や1973年『ホーリー・マウンテン』などがある。

「ホドロフスキーの映画の特徴といえば?」「ホドロフスキーの映画ってどんな感じ?」きっと彼の作品を観たことがある人はこう答えてしまうはずだ。「なんかとりあえずヤバくて、カオス。」そう、彼の作品はなかなか毒っ気が強いのである。だからたくさんの人におすすめできるかと聞かれたら戸惑ってしまうのだ。

もちろんホドロフスキーの伝えたい事、描きたい事の意味は作品にたくさん詰まっているのだが、あまりにも刺激が強く独特すぎる世界観に少々面食らってしまう。グロテスクでエロティックでカオス。それがホドロフスキーの映画に共通する特徴だ。しかしそんな“カオスな映画”を作る人物となればますます気になってしまう……。

実はそんなアレハンドロ・ホドロフスキーに関係する映画が2017年、2本も公開されるのだ。ひとつは『ドライヴ』や『ネオン・デーモン』を手がけたニコラス・ウェンディング・レフン監督、ライアン・ゴズリングと共に出演しているドキュメンタリー、7月8日公開の『マイ・ライフ・ディレクテッド・バイ・ニコラス・ウェンディング・レフン』(監督はレフンの妻であるリヴ・コーフィックセン)。もうひとつはホドロフスキーが監督を務めた、11月18日公開の『エンドレス・ポエトリー』だ。

彼の新しい映画を観る前に、どんな人物なのか、より詳しく知っておきたい! そこで今回はホドロフスキー作品にしては“お手柔らかい”映画、2013年公開の『リアリティのダンス』から、アレハンドロ・ホドロフスキーという人物、彼の映画に迫っていこう。 

『リアリティのダンス』あらすじ

舞台は1920年代、チリのとある街。主人公の少年アレハンドロは、共産党員であり高圧的な父親と、アレハンドロを自分の父親の生まれ変わりと信じる元オペラ歌手の母親と生活している。学校ではユダヤ人という理由でいじめにあい、家では父からの暴力に耐える日々。そんな中、父親のハイメは仲間たちとチリの大統領の暗殺計画を企てていた。しかしハイメは大統領を暗殺することができず、チリの放浪を始めて……。少年アレハンドロの成長と、その家族を描いた物語だ。 

主人公の少年の名前はアレハンドロ。そう、この『リアリティのダンス』は、アレハンドロ・ホドロフスキーが自身の幼少期をモチーフに制作した自伝的作品なのである。 

混沌とした幼少時代 

アレハンドロの家庭で父親のハイメは絶対的な存在だ。母親にもアレハンドロにも高圧的な態度をとり、暴力もふるい、「真の男にするためだ」と言ってアレハンドロに歯の手術を麻酔無しで受けさせたりもする。

母親のサラもやはり変わった人物だ。息子を自分の父親と信じ、アレハンドロの髪型を父と同じ金髪の巻き毛にさせている。そして元オペラ歌手である彼女のセリフは、劇中で全て歌にのせられている。息子に対する倒錯した愛情。甘えたい盛りの子ども時代に、じゅうぶんに両親からの愛情を受けられないアレハンドロの姿が見てとれる。 

ホドロフスキーが1989年に製作した映画『サンタ・サングレ』でも、似たような家族像が描かれている。主人公の少年と、母親を愛してくれない浮気性の父親。母親は一風変わった宗教の狂信者。家族のことを愛しているけれど、トラウマにも似たその呪縛から逃れることができない。そんな幼少期に感じた家族との確執を、自身の作品に反映させているのだろう。 

当時軍事政権下であったチリの街も、少年アレハンドロにとっては住みよいものではなかった。鉱山労働によって手足をなくした労働者たち。軍人たち。電力会社の汚染によって、浜辺に打ち寄せられた大量の魚たち……。どこにも自分の居場所を見つけることのできない、孤独で混沌とした幼少時代を生きた、アレハンドロ・ホドロフスキーの素顔を見ることができるのだ。

“ホドロフスキーらしさ”控えめ? 

『リアリティのダンス』のポスターはなんだかポップな雰囲気だ。金髪の美少年に絵本の中から抜け出てきたような人々の姿、赤の背景と少年の青い服のポップなコントラストが目をひく。確かにこの『リアリティのダンス』は、アレハンドロ・ホドロフスキー監督作品にしては比較的見やすい作品だ。しかし彼の今までの作品にも登場したサーカス団や小人など、印象的なキャラクターたちもしっかりと描かれている。 

また、『ホーリー・マウンテン』や『エル・トポ』のように観る者に解釈を投げかけるような難解なストーリーではなく、『サンタ・サングレ』のように刺激の強いグロテスクな描写があるわけでもないがカオスなシーンもしばしば。全体的にポップな色合いの映像だが、そんな毒っ気のある“アレハンドロ・ホドロフスキーらしさ”も健在だ。

救済と成長の物語 

『リアリティのダンス』には、時折アレハンドロ・ホドロフスキー監督自身も出演している。そしてアレハンドロ少年に言葉を投げかけるのだ。「今この世界に居場所が無いと感じていても、きっと大丈夫になる」と。祖父が孫を優しく諭すように、老人となったアレハンドロ・ホドロフスキーが自分の少年時代に向かって言葉を投げかける。『リアリティのダンス』は監督自身の、魂の救済の物語なのである。 

父親との確執、母親の歪んだ愛情。それでも家族と一緒に暮らすために、ホドロフスキー少年自身も成長していく。きっとこの映画以上に、監督の幼少期は壮絶なものであっただろう。

しかしこの作品で彼は自分につらく当たった父親のことも許している。辛く混沌とした幼少時代の記憶を、詩的かつ芸術的に描き出している。自分の決して楽しかったわけではない記憶や経験も、ひとつの物語として完成させているのだ。「いろんなことがあったけれど、自分は芸術家としての人生を歩んでいる。どんなことも無駄ではなかったのだ」というように。 

アレハンドロ・ホドロフスキー。摩訶不思議な世界観の、刺激の強い映画を撮る“カルト映画の巨匠”。自分の辛く孤独な経験も全て、ファンタジックでミステリアスな作品に変えてしまう芸術家の魂を持った人物だ。奇妙な映像が目立つ彼の作品も、自分と同じように迷いや葛藤を抱える人々を導く、希望にあふれたメッセージを持っているのかもしれない。 

2017年に公開される彼の映画は、いったいどんな作品なのだろう? どんな映像とストーリーで、私たちをホドロフスキーの世界へ連れ込んでくれるのだろう? 『マイ・ライフ・ディレクテッド・バイ・ニコラス・ウェンディング・レフン』、『エンドレス・ポエトリー』が公開される前に、ぜひまずこの『リアリティのダンス』で、アレハンドロ・ホドロフスキー作品に触れてみてはいかがだろうか?

Writer

Moeka Kotaki
Moeka Kotaki

フリーライター(1995生まれ/マグル)

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