本当に映画愛はあるか?私が『ラ・ラ・ランド』に「激おこ」した10の理由

「この監督、映画詳しくないだろ」

『ラ・ラ・ランド』を観て何かに似ているなと思ったら、TV版『うる星やつら』のオープニングだった。「あんまりソワソワしないで~♪」のあれである。まあ、それは個人的に80年代アニメ再放送世代だったので(『アラレちゃん』も『ひみつのアッコちゃん』も再放送で観た)連想しやすかったというだけかもしれない。ていうか、そうなのだろう。ただ問題は、映画愛やら音楽愛やら満載なはずの『ラ・ラ・ランド』の映像が、記号表現中心に構成されたTVアニメと同じような印象をもたらした、という一点である。

そこで、自分にはこんな考えが首をもたげたのだ。

「はは~ん。デイミアン・チャゼル、おまえ、映画詳しくないだろ」

『ニュー・シネマ・パラダイス』にも通じる搾取の構造

ところで、自分は『ニュー・シネマ・パラダイス』’88)が大嫌いである。重政隆文著『映画の本の本』内で、『ニュー・シネマ・パラダイス』がいかに表層的な映画愛PRに徹し、映画ファンを搾取しているかは説明されているので、わざわざここで理由の詳細は書かない。要するに、「この映画の言ってる映画愛って的外れなんだよな」ということである。さらに、重政氏は『ニュー・シネマ・パラダイス』で感動するかどうかは映画ファンとしての踏み絵であるとさえ書いている。踏み絵とまでは言わないが、少なくとも『ラ・ラ・ランド』は、『ニュー・シネマ・パラダイス』と同じく、その人が批評的な視点を持って映画を観ているかどうかを「ある程度は」判別するきっかけになるだろう。踏み絵じゃなくても心理テストくらいにはなるんじゃないっすかね。?

別に、映画を観るとき、ストーリーや台詞を真に受けて、登場人物の誠意を信じ、作り手が観客よりも映画や音楽や人生に詳しく人格的にも優れているのだと思い込むことが悪とは言わない。そういう見方のほうが楽な場合もある。たとえば、我が家には定期的に某新興宗教の勧誘が訪問してくるが、信者の方々はみんな楽しそうだ。信じるものは救われる、マジで。ただ自分は、別に会ったこともない作り手のことなんざ、無条件で信用するつもりにはならないというだけだ。?

【注意】

この記事には、『ラ・ラ・ランド』に関する微ネタバレ内容が含まれています。

私が『ラ・ラ・ランド』に「激おこ」した10の理由

『ラ・ラ・ランド』に「激おこ」した箇所なら100は下らない。ただ、さすがにその全てを列挙すると誰も読まないだろうから(ただでさえ俺の文章などSEO的には失格なのだ。)せめて10くらいにまとめてみた。?

  1. 作り手の映画愛が疑わしい。
  2. 台詞、歌の歌詞、シークエンス、すべてが説明的で情感がない。
  3. エマ・ストーンに比べ、ライアン・ゴズリングの歌がイマイチ。
  4. 主役の二人が古い映画やジャズを愛している理由が「古いから」以外に見当たらない。嫌な感じ。
  5. エマ・ストーンにとって、女優として努力する道はオーディションとパーティーと明らかに宣伝不足の一人芝居…。
  6. 「映画とジャズは死に体」という現状認識は正しいとして、仮想敵とされているものがポップスと大作映画。それって、短絡的すぎない?
  7. 作り手も登場人物も古きよきジャズを愛しているはずなのに、劇中楽曲が分かりやすいポップスの体裁、という自己矛盾。
  8. ラブストーリーとして、障害もライバルも登場しないので、起伏がない。結局、二人のIQ低めで感情的な喧嘩でしかドラマを作れない。
  9. 見せ場での視覚効果が、俳優の肉体性を奪う結果にしかなっていない。
  10. 映画ファンの良心を搾取するという極悪非道なコンセプト。

このうち、映画ファンの立場からすればもっとも罪深いと思えるのは1.「作り手の映画愛が疑わしい」と10.「映画ファンの良心を搾取するという極悪非道なコンセプト」である。具体的に検証しよう。

年代がバラバラな引用の共通点は??

『ラ・ラ・ランド』作中でタイトルが挙げられたうえ、内容的にも踏襲していると思える旧作は『赤ちゃん教育』’38)、『カサブランカ』’42)、『汚名』’46)、『理由なき反抗』’55)、『恋におちたシェイクスピア』’98)。年代もジャンルもバラバラである。もちろん、映画の引用を行うのにまとまった時代の作品しか選んではいけない、というルールはない。

しかし、『ラ・ラ・ランド』が言及しているのはハリウッドの制作システムの問題である。そのためには、「スタジオシステム」という概念を知る必要があるだろう。1940年代、ハリウッドではスタジオシステムが崩壊し、優秀なスタッフが海外へと流出、逆に給料が安い海外のスタッフがハリウッドにやって来て、作品の質を落としていくという現象が起こった。結果、西部劇やミュージカルなどのハリウッドの伝統的なジャンル映画は継承が困難になり、大量生産に終止符が打たれたのである。

『ラ・ラ・ランド』がミュージカルというジャンルをまとってハリウッド黄金時代へのリスペクトを込めているのは明白だ。「理論的には」、失われたジャンル映画を復活させ、映画の根源的な楽しみを現代に継承させようとしているのだろう。ならば、どうしてハリウッド黄金時代の作品の引用、スタジオ崩壊以降の作品の引用が同居しているのか。

そこに共通点がないわけではない。「カップルが主役の映画」という共通点である(『汚名』は微妙だが、まあ…)。ただし、そのカテゴライズはあまりにも乱暴すぎやしないか?たとえば、『ラ・ラ・ランド』に登場するような名画座が、年代も制作経緯も違う映画を「カップル主演」という括りで上映するだろうか?

それをやってしまうのは、映画館ではなくレンタルビデオショップの発想である。そして、「名作コーナー」の棚にあるDVDを疑いもせず鑑賞し、「やっぱり古い映画はいいなあ」とのたまう従順なショップ会員の感慨である。そこに、「ソフト化されていない傑作映画はいくらでもある」という思考は介在しない。「語り継がれている映画」が「名作」とイコールだとは限らないはずなのに。

そんな程度の映画愛しかないので、ニコラス・レイの傑作が上映されている途中で劇場を抜け出し、ロケ地で乳繰り合うなどという呆れたシーンが登場するのだ。(上映中にフィルムが焦げることなんて珍しいことではないので、中座する理由としては薄弱である。チャゼルはそもそも、映画館で映画を観る習慣があるのか?)全く異なる文脈で制作されたフランス映画もハリウッド映画も、同じ「ミュージカル映画」として雑にまとめられてしまうのだ。たとえば、これがアクション映画なら『燃えよドラゴン』と『コブラ』と『マッドマックス』を「どれも同じアクション映画」で同一視してしまうのは滅茶苦茶だと誰もが思うだろう。『ラ・ラ・ランド』がやっているのはそういうことである。観客も呑気に感動している場合ではない。主役二人の映画愛を疑わなければならず、旧作へのリスペクトの欠如に辟易するべきなのだ。監督の前作『セッション』(’15)も退屈はしなかったが、何かザワザワしたものを感じずにはいられなかった。金がかかっているぶん、『ラ・ラ・ランド』では問題が増長していると見るべきだろう。?

映画愛という名のアトラクション

『ラ・ラ・ランド』はよく言われるように『シェルブールの雨傘』や『雨に唄えば』の影響を受けている。しかし、『シェルブールの雨傘』と『雨に唄えば』の足元にも及ばない。理由は簡単で、『ラ・ラ・ランド』が批評家に媚び、観客をたぶらかし、「それっぽさ」だけに貫かれた似非ジャンル映画だからだ。はっきり言うが、『ラ・ラ・ランド』の映画愛は偽物である。ジャズに関しては枚数を聴いていないので、「売れ筋とはいっても、あの程度の音楽でツアーとか出られるのかね?」くらいの感想しか書けない。しかし、映画については分かる。デイミアン・チャゼルが心の奥では熱い映画愛を抱いていようとも、少なくとも表現のレベルには落としこめていない。

それならば、どうして誰もが『ラ・ラ・ランド』に騙されるのか?似た現象として『ALWAYS 三丁目の夕日』(’05)が挙げられる。公開当時から、多くの映画評論家が『ALWAYS』が描いた昭和を「偽物」として糾弾した。しかし、多くの人が世代を問わず、『ALWAYS』に感動し、映画は大ヒットし、あまつさえ賞まで獲ってしまった。つまり、『ALWAYS』の昭和の再現度など観客にとっては大きな問題ではなく、『ALWAYS』を通して理想の昭和、「昔は良かった」という幻想を積極的にかきたてられることが重要だったのである。乱暴に書けば、観客は「自ら騙されたがっている」のだ。現象としての『ALWAYS』論は切通理作氏の『情緒論 セカイをそのまま見るということ』に素晴らしい考察があるのでおすすめしたい。作品を肯定している立場からの論調ではあるが、違う感想でも心を打つ批評は存在する。『ラ・ラ・ランド』に関してはないけど。

『ラ・ラ・ランド』は、映画ファンが「映画愛」やら「映画やジャズがキラキラしていた頃」やら、実体のない幻想を満喫するためのアトラクションとして機能している。それでもいい、それがいいと言うなら自分は批判しない。ただ、自分はどんなに残酷で、胸が痛くても世界の真実を見続けたいと思う。そして、現代でも鑑賞できる様々な方法を使って、黄金期の映画を劇場で観たいと願う。そのほうが、『ラ・ラ・ランド』やレンタルビデオ店の名作コーナー以上に学べることが大きいからだ。

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About the author

京都在住、農業兼映画ライター。他、映画芸術誌、SPOTTED701誌などで執筆経験アリ。京都で映画のイベントに関わりつつ、執筆業と京野菜作りに勤しんでいます。

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Comments

  • ed 2017年3月3日 at 8:35 AM

    あなたはこの映画が本当に伝えたかったことを理解してない。
    この映画はだれにでもチャンスがあって、希望を捨てちゃいけないって事を伝えてくれる。
    なぜそこまでほかの細かいところにこだわるのか。
    そのこだわりからこの映画を批判するのは的外れで論外である。

    Reply
  • 匿名 2017年3月3日 at 12:27 PM

    私も執筆者さま同様、映画ファン(無論、あなたにかなうほど、多くの映画を観ることはできていないでしょうし、鋭い批評精神を持ち合わせてもおりません、どうかご勘弁を)でありますが、「映画ファン」の「俺は映画が分かっている」という底の浅い、ともすれば選民思想的ですらある自意識については反吐がでるほど嫌っておりますし、それを起点として往々に始まる、「この作品には『映画愛』がある/ない」という判定議論についても不毛なものでしかないと思っております。
    本レビューからは上述した映画ファン特有の意識、並びに精神性をおおいに感じ取ることができまして、たいへん楽しませていただきました。

    また、あなたさまは鋭い批評精神と観察眼をお持ちになられた方でありましょうから、幻想に騙されたがる市井の観客を冷ややかな目線で見て、悦に入ることも可能でしょうし、「自分はどんなに残酷で、胸が痛くても世界の真実を見続けたいと思う」という、たいへん勇気溢れる、少年漫画で見るような決意表明をこの場で垂れ流すこともできたのでしょう。ですが、そのあとにつづく、「現代でも鑑賞できるさまざまな方法を使って、黄金期の映画を劇場で観たいと願う」というありがたいお言葉に、自己欺瞞が含まれていることをおわかりなっていらっしゃいますか?
    「現実を見続けたい」あなたも、所詮は作り物である「映画」を、それも西部劇やミュージカル映画という、いかにもアメリカ的幻想が反映された「黄金期の映画」を観たいと願うところに、あなたが「自ら騙されたがっている」とすら豪語した市井の観客と同じ意識があることをご自覚なさってのうえでこのレビューを書かれたのでしょうか? しかし、まぁ、あなたほど鋭い批評性をお持ちの方なら、黄金期の映画から当時の時代背景やら世相を読み取って、「これが世界の真実だ」とでも宣うことが可能なのでしょうね、素晴らしいことです。

    ともあれ、本レビューは『LA LA LAND』に関する一批評として楽しませていただきましたのは事実でございますので、この場でお礼を言わせていただきます。本レビューを投稿くださいまして、どうもありがとうございました。今後も、あなた様の深い教養に裏打ちされた鋭い批評をバンバン投稿して、我々、市井の観客並びに映画ファンをおおいに楽しませてください。

    本感想への返信はご不要です。世界の真実を見続け、黄金期の映画も観て、鋭いレビューもしなければならない、三足のわらじ(!)を履いたあなたさまのお手を煩わせるのはいけませんので、どうぞ無視してくださいませ。

    まだまだ寒い日が続きますから、お身体にお気をつけてください。では、失礼いたします。

    Reply
  • 匿名 2017年3月3日 at 4:51 PM

    ララランドを見て、「ララランドの映画愛」という概念を全く感じなかった(気にも留めていなかった)ので、執筆者様の記事を読んで、新しい発見がありました。しかし、映画の本質とは全く関係なく、「監督や主役の映画愛」について論じる『必要性』が記事から全く認識できませんでした。
    また、「ただ、自分はどんなに残酷で、胸が痛くても世界の真実を見続けたいと思う。」という最後の段落の部分ですが、おそらく多くの人はフィクションの映画を見て、「世界の真実(?)」なる幼稚な概念・モノを見続けたいなんて考えてもいませんし、執筆者様が一体何を言いたいのかが全く伝わりません。ですが、映画レビューという名の中学生の読書感想文を読んでるようで、少し面白かったです。ありがとうございました。

    Reply
  • うんこマン 2017年3月3日 at 6:46 PM

    やっぱ映画ライター()だの評論家()だのって糞だわw

    最も存在する価値のない職業のひとつ

    Reply
  • ellellelle 2017年3月3日 at 8:57 PM

    多くの映画賞を席巻した話題性のある作品故に、なかなか否定的な批評にお目にかかれないので大変興味深く読ませて頂きました。
    私自身は冒頭のミュージカルシーンが始まるやいなや「まだこの世界が残っていたなんて!」と涙を流すほど心を奪われてしまい、批判的な感想を抱く間もなく見終えましたが、冷静になって本作を思い返すと漠然とした違和感を覚えました。それが執筆者様のおっしゃる2、4、8の指摘ですっきりした気がします。ストーリーの展開が少女漫画みたいだな、という印象が残っていたので。
    音楽関しても、ミュージカルを前面に押し出した割には歌モノがイマイチ、セブが参加するバンドに至っては死ぬほどダサいという結果から、もしかしてこの監督は本当にジャズ以外に無頓着なのかもしれないと考えるようになりました。

    執筆者様の怒りのポイントで本作の欠点が浮き彫りになったのは確かですが、映画愛の有無については一言。
    懐古趣味への走り過ぎが「媚び」とも捉われがちですが、それが偽物の映画愛だとは思いません。

    Reply
  • 匿名 2017年3月4日 at 3:27 AM

    ちっさいなあε-(´∀`; )
    ツッコミどころなんてどの映画にもいくらでもあんだろ?
    結局コイツが好きか嫌いかの匙加減でどうとでも書けるよね。
    能書き垂れて恥晒してマジうけるw

    Reply
  • 匿名 2017年3月4日 at 5:04 PM

    愛と同じで、「映画愛」も人それぞれ。
    あなたのような愛し方もあるのでしょうが、この監督にもこの監督なりの愛し方があります。
    彼はそれをララランドという作品で表現し、それが多くの人の心に感動を生み出した。十分価値のあることだと思います。あなたがその愛と表現を的外れという権利が一体どこにあるのでしょうか?
    愛に的外れもクソもありません。
    10人いれば10通りあります。
    「映画愛」だとか「映画」のことはよく分かりませんが、自分が気に入らないやり方は全部ダメって考え方、人間としてとてもダサいです。
    身の程知らずのライターさん、ララランドのおかげでバズってよかったですね。

    Reply
  • 2017年3月4日 at 5:07 PM

    愛と同じで、「映画愛」も人それぞれ。
    あなたのような愛し方もあるのでしょうが、この監督にもこの監督なりの愛し方があります。
    彼はそれをララランドという作品で表現し、それが多くの人の心に感動を生み出した。十分価値のあることだと思います。あなたがその愛と表現を的外れという権利が一体どこにあるのでしょうか?
    愛に的外れもクソもありません。
    10人いれば10通りあります。
    「映画愛」だとか「映画」のことはよく分かりませんが、自分が気に入らないやり方は全部ダメって考え方、人間としてとてもダサいです。
    身の程知らずのライターさん、ララランドのおかげでバズってよかったですね。

    Reply
  • OsoneRampo≒村松健太郎 2017年3月4日 at 10:57 PM

    見方、表現の仕方は多くあるかと思いますが、
    ここまで映画と観客を乖離しかねない論調はいかががものなのでしょうか?

    Reply
  • でい味庵・茶ぜ郎 2017年3月5日 at 11:58 PM

    この映画ってラブストーリーの話というよりは夢追い人の話なんだと思いますよ。

    その文脈においてあなた的にはどうだったのでしょうか?
    忌憚なくすべてさらけ出して書くなら、どうだったのか。

    あなたもそれだけ映画に詳しいなら映画監督になりたいと思ったことが一秒もないといったら嘘になりますよね?

    だけどいまは映画監督はおろか映画評論家としても正業ではなく seo 的にも残念と自覚するほどの映画駄文を書くしかない農業者なのですよね?

    そのへんのところをこの映画が放っているメッセージをくみ取りながら書いてみたらどうでしょう?
    そしてそのメッセージを放っているのがまだ31歳の監督だということも考えてみたとき、あなたはどう感じているのかを書いてみたらどうでしょうか?

    Reply
  • ライターの質ひどいね 2017年3月5日 at 11:59 PM

    この記事どんな気持ちで書いたのでしょうか?
    映画をディスり広めることはライターの仕事ではない。
    自分のブログでしてください。
    不快な気分になる記事をここに書いてお金までもらうなんて…
    少し皆さんも書いてるような
    ことを考えたほうが良いと思います。これを掲載する管理者も。

    Reply
  • 頼庵・誤酢倫宮 2017年3月6日 at 12:41 AM

    あと、もっとも残酷で胸が痛い真実 って、「人間は一番好きな人とは結ばれない」 ってことなんだと思います。
    そういう人がほとんどであるってことです。
    このことをたかだた31歳のこの監督は目を逸らさずに見据えていると思いますけど。
    それについてあなたはどう思っているのでしょうか?

    Reply
  • 匿名 2017年3月6日 at 1:59 AM

    一体どれほどの数の映画を観てきたらその「本物の映画愛」の境地に達してしまうのでしょうか。
    やはり映画はそこそこに楽しむのが一番だとしみじみ思いました。
    とても為になりました、ありがとうございます。

    Reply
  • 匿名 2017年3月6日 at 11:58 AM

    「残酷で胸が痛くなる世界こそが真実」という偏った思想に凝り固まるのもそれはそれでフィクションの幻想に騙されてるよな。我々凡人が生きる世界はフィクションの世界ほど劇的に素晴らしくも残酷でもないんだから。
    でも映画なんて観客を騙してなんぼの娯楽なんだからそれでいいんだよ。
    どちらか一方を「これが世界の真実だ!」なんて勘違いさえしなければw

    Reply
  • ららら 2017年3月6日 at 8:52 PM

    あれ?最初に叩くだけ叩いておいて最後には称えるんじゃないの?笑
    タイトルで激しく叩いておいて内容でも最後まで叩いて終わるって、芸が無いわー。
    マンガを映画化したときにマンガ信者が「原作とあちこち違う!」って発狂しちゃうのと同じ症状かな?
    あそこが違うここが違うって、これ現代のフィクションですよ?
    映画愛がないですね。

    Reply
  • 螺良蘭堂 2017年3月6日 at 10:36 PM

     ララランドに激おこした箇所は百は下らないものの誰も読まないだろうから書かないと言っていますが、このエントリーにはそれなりにコメントもついていますし、あなたの感想に着目している人はそこそこの数いるんじゃないかと思います。
     だから、残りの90個を書いてみてはどうでしょうか?
     少なくとも私は読みますよ。

    Reply
  • 夢雲・癩徒 2017年3月7日 at 11:03 PM

     あなたの生涯ベスト10を教えていただけないでしょうか。
     話はそれからなんじゃないかと思います。
     既にどこかに書いているというならそのリンクを貼って頂けるだけでも構いません。
     よろしくお願いいたします。

    Reply
  • 最高 2017年3月10日 at 2:25 AM

    ウケているし、編集長は残りの90個も書かせてアクセスを倍増させるべき

    Reply
  • lalaland 2017年3月20日 at 2:40 PM

    おまえらに本当に優れた映画がどれであるかの議論なんか理解できるはずがないのだ

    というなら、J・K・シモンズのレストランでくされながらピアノを弾いていたライアン・ゴズリングの心情だし

    とにかくPV稼げばいいのだろう、だったら炎上商法だわ

    というならジョン・レジェンドのバンドに参加してつまらなそうにピアノを弾いているときのライアン・ゴズリングの心情だし

    俺はどっちに振り切ることもできねえわ、映画に関わって食い扶持を得るの無理だわ

    っていうなら田舎に帰ろうとするときのエマ・ストーンの心情だし

    この映画はそういう夢追い人たちの心情をよく描けていると思うのですが、
    それについてあなたがどう思っているのかを私は知りたいのです

    ただそれだけです

    Reply
  • 絵馬石 2017年4月29日 at 10:30 PM

    らららんどってほんとうにものすごくすばらしいえいがですよねっ!

    Reply