【インタビュー】『ルクス・エテルナ 永遠の光』ギャスパー・ノエ監督が語る「混沌とした撮影現場」「天国と地獄」「色彩へのこだわり」─ 日本映画からの影響も

“ようこそ、混沌と狂気の撮影現場へ”。『エンター・ザ・ボイド』(2009)『CLIMAX クライマックス』(2018)など、作品を発表する度に挑戦的な内容かつ過激な描写で世界中の観客の度肝を抜いてきたギャスパー・ノエ監督による最新作、『ルクス・エテルナ 永遠の光』が2021年1月8日(金)より全国順次公開となる。
本作は、ベアトリス・ダルによる初監督作の撮影現場を舞台に物語が繰り広げる。魔女狩りを題材にしたこの映画で主演を務めるのは、シャルロット・ゲンズブール。この日は磔の場面が撮影される予定だが、ベアトリスを監督の座から引き下ろそうと目論む製作陣や、シャルロットをスカウトしようとする新人監督、現場に潜り込んだ映画ジャーナリストなど、それぞれの思惑や執着が交錯し、現場は次第に収拾のつかない混沌状態へと発展していく。
この度、THE RIVERは、本作でも混沌とした世界観を見事に作り上げた鬼才監督、ギャスパー・ノエにZoomインタビューを実施。貴重な機会の中で、製作までの経緯や監督自身の撮影現場との共通点、色彩へのこだわり、天国と地獄、今後の映画製作・体験のあり方などについて訪ねてみた。
はじめてのZoomインタビュー

──はじめまして、宜しくお願いします。
こちらこそ宜しくお願いします。ちなみに、あなたの後ろに映っている橋(Zoomの背景)はどこのですか?
──すいません、僕にも分からないんです。Zoomで用意されている画像なので。
『スカーフェイス』(1983)の主人公のように、ポスターを部屋の中に飾っているのかと思いました。実はZoomを使うこと自体が初めてのことなので、そもそも背景を変えられることを知りませんでしたよ。次回は私も背景を変えてみますね。
サンローランのアートプロジェクト

──『ルクス・エテルナ 永遠の光』は、「サンローラン」のクリエイティブディレクターが「様々な個性の複雑性を強調しながら、サンローランを想起させるアーティストの視点を通して現代社会を描く」というコンセプトでスタートさせたアートプロジェクト「SELF」の一環のようですが、製作開始に至るまでの経緯を詳しく教えて下さい。
サンローランのクリエイティブディレクターのアンソニー・ヴァカレロから連絡を貰ったところからが全ての始まりです。その時、“提案があります”と言われて、そのままカフェに行って直接話すことになりました。それが2019年2月の出来事なのですが、そこでサンローランのアートプロジェクト「SELF」について説明されて、“何か一緒に作品を作りませんか?”と提案されたんです。
条件を尋ねたところ、サンローランのコレクションを使うこと、それからサンローランのミューズを出演させること、それだけでした。それであればと思い引き受けることにしたのですが、そうするとアンソニーから、“どれぐらいの期間で製作できますか?”と聞かれたので、そのまま初上映先について議論することになったんです。最終的に、カンヌ国際映画祭(※毎年5月に開催)への出品を目指すことにしました。ただ、その時点で既に2月だったということもあり、撮影から完成まで約2ヶ月しかなかったので、10分・15分・20分ぐらいの短い作品になるかもしれないとは事前に伝えていましたよ。
サンローランのミューズに関しては、好きな女優がふたりいました。それがベアトリス・ダルとシャルロット・ゲンズブールです。アンソニーとは4日後に再会し、“ベアトリスが作る映画で、シャルロットが魔女役で出演し、その撮影が思うようにいかない”という2行しかないシナリオと、全体の構想について彼に説明しました。そこから、とにかく急いで取り掛かることになりましたよ。
──驚異的な速度で本作を仕上げたようですが、相当苦労されたのではないですか?
撮影は最大で5日間、準備期間は2週間というような流れだったので、かなり急いで進める必要があったのは間違いありません。ただ、自由に撮らせて貰えたり、最終的に何分の作品になろうとも構わなかったり、基本的には自由でした。
魔女狩りが題材の撮影現場

──本作では魔女狩りを題材にした映画の撮影現場が描かれていますが、これは監督自身が実際に前々から興味があったものなのでしょうか?
宗教裁判のような題材には当時から実際に興味を持っていましたよ。影響を受けた作品の中には『哀しみのベラドンナ』(1973)という日本映画もありました。ただ、その時代を実際に再現するのは、相当な資金が必要となるので、非常に難しいことなんです。
エジプト史やフランス革命など、時代ものへの興味はもちろんあるのですが、緻密なセットだったり、細かい衣装を用意する必要があったりもするので、最終的に私自身の自由が損なわれてしまいます。それに挑戦している人たちも沢山いますが、成功したと言えるような人たちは一握りでしょう。
だからこそ、私は結果的に現代の映画を作っているんです。そういう意味で言うと本作の物語は、私自身が時代ものを撮ろうとして失敗するという意味合いも込められていると言えますね。
──劇中で描かれた混沌と化していく撮影現場は監督の実体験なのでしょうか?
実際に私の映画の撮影現場でも、本作で描かれるような混沌とした状況になることもありますが、それは創造性があって、そこから何か生まれてくるような楽しい混沌というものですね。『ルクス・エテルナ』や『クライマックス』でも混沌とした状況になることもあったのですが、才能に溢れた人たち、愉快な人たちに囲まれての撮影だったので、決して恐怖などはなく楽しい雰囲気だったと思います。私自身、撮影は楽しくやりたいと思っている方なので。
──日本で撮影されたという『エンター・ザ・ボイド』ではいかがでしたか?
日本の製作陣は何もかも事前に準備していないと気が済まないみたいなのですが、私は正反対で事前に準備をする方ではありません。例えば、前日に役者たちに台詞について説明したり、カメラの位置を決めたりなど、基本的に直前ぐらいにならないと私はやらないので、日本の製作陣はすごく驚いていましたよ。私としては混沌と化した状態の中で撮影した方が、より素晴らしい映画になると信じているので。それと、そのような状況下であれば私自身も強くなり、上手く撮れるような気がするんです。
──逆に楽しくない撮影現場を経験したことはありますか?
過去に1度、本当に楽しくない混沌とした撮影現場も経験したことがあるのですが、それが宣伝映画でした。2度とやらないと心に決め、本当にどうでもいいと思っていたので、自分も言いたい放題に怒鳴ったり、馬鹿な人を罵ったりしましたよ。そういうことで言うと、あれはあれで楽しかったと言えるかもしれませんね(笑)。
地獄と天国

──“地獄”のような世界観の作品を多く手掛けられているように思うのですが、“天国”についてはいかがお考えでしょうか?
天国と地獄というのは、1日の内に昼と夜があるように、両方が同じようにひとつの中に存在するものなので、ふたつを切り離すことは難しいでしょう。ジャンルとしてはメロドラマが私の映画の中では多いのですが、例えば『アレックス』(2002)でも、天国もあれば地獄の瞬間もあります。他の映画でも、刺激的な時間もあれば、平穏な時間も描かれているので、その両方が常に存在していると言えるでしょう。
痛いほど激しい色彩

──本作も含めて基本的に全作品を通して、黄色や赤色、ビビットで激しい色彩が採用されているように思うのですが、その理由を教えてください。
卵の黄身のような色(ゴールデンイエロー)を見ると、気分が良くなるので好きです。それと白とのコントラストですね。白は安定感があり、赤は人間の血の色でもあるので。ちなみに、私自身は青色の服を普段は着ているのですが、映画の中で青を取り入れることはほとんどありません。
これらの色が好きなのは、その色を見ていると落ち着くからです。世の中には犬や猫を見て落ち着く人もいれば、私のようにこういう色で落ち着く人もいるということですかね。
今後の映画製作・体験について

──新型コロナウイルスの脅威が収まらない中、劇場で映画を観ることが当たり前ではなくなってきていると思いますが、いかがお考えでしょうか?
そうですね。それは映画にもよるとは思います。例えば、スタンリー・キューブリック監督『2001年宇宙の旅』(1968)などであれば、やはり映画館や大きな画面で観られるべきでしょう。
──監督は自身の映画が劇場で見られるのか、自宅で視聴されるのかは気になりますか?
『ルクス・エテルナ』に関しては、『クライマックス』よりも更に映画館で観て欲しいと願う作品です。この映画の中には分割画面が登場したり、字幕が存在したりします。決して台詞が重要な作品というわけではありません。だからこそパソコンなどよりも映画館に行って観て欲しいと思っています。本作のDVDを友人たちから求められることもあるのですが、彼らにも映画館で観て欲しいと伝えていますよ。
──テレビやパソコン、スマートフォンで映画を観ることがさらに当たり前になれば、撮影方法も今後大きく変わってくるかもしれませんね。
1950年代や1960年代、アメリカではテレビ映画を小さい画面の中に収めるため、クローズアップのカットばかりで撮られていました。1970年代ぐらいからはクローズアップだけでなく、切り返しなど様々な技術が使われるようになってきましたけど。私自身としては、小さい画面で観て貰うことを意識しながら映画は作っていません。むしろ、映画館のような大きな画面で観て貰いたいと思いながら常に取り組んでいます。
──最後に次回作について何か教えて頂けないでしょうか?
今後の作品としては、人々が徐々に理性を失い、悪魔的な状況に陥るというような集団的な強迫観念を題材にした作品を撮りたいと考えています。
『ルクス・エテルナ 永遠の光』は2021年1月8日(金)よりシネマート新宿、アップリンク吉祥寺、シネマート心斎橋他、全国順次公開。
©2020 SAINT LAURENT-VIXENS-LES CINEMAS DE LA ZONE