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【インタビュー】『ミッドサマー』アリ・アスター監督が教える「悪夢」の作り方 ─ 「主人公も観客も、自分が見たものと格闘しなくては」

ミッドサマー

2018年、映画『ヘレディタリー/継承』で“最凶”の新星アリ・アスターは姿を現した。ある家族の悲劇を精緻に紡ぎ出したストーリー、これでもかと詰め込まれた全方位型の恐怖演出は世界中を震え上がらせた一本は、「現代ホラー映画の頂点」とさえ呼ばれたのだ。この一作で、アリ・アスターという名前は、すべての映画ファンが絶対に無視できないものとなった。

その若き鬼才が、早くも新作を引っ提げて帰ってきた。第2作『ミッドサマー』は、スウェーデンの村で行われる“90年に1度の祝祭”を描く〈フェスティバル・スリラー〉。家族を失った主人公ダニーは、恋人や友人たちとともに、この祝祭に参加するのだ。監督が試みたのは、白夜のために暗闇が訪れないという設定を活かし、全編が明るく美しい映像の中で展開する、恐怖映画としては型破りのコンセプト。“明るいことがおそろしい”、誰も見たことのない世界観で、想像を絶する悪夢が繰り広げられるのである。

2020年1月、THE RIVERは来日を果たしたアリ・アスター監督へインタビューする機会に恵まれた。優しい表情、穏やかな物腰、丁寧な受け答えからうかがえたのは、「映画」や「恐怖」そして「創作」に対する情熱と信念、そして“怒り”。今後の映画界を間違いなく牽引する才能の言葉を、余すところなくお届けする。

ミッドサマー
© 2019 A24 FILMS LLC. All Rights Reserved.

自分の悲劇を映画にする

──まず、『ミッドサマー』をどのように発想されたのかをお聞かせください。

全編がカタルシスに向かって進んでいく、「破局の映画」にしたいと思っていました。結末にはカタルシスがあって、けれども劇場を出るとき、みなさんに戸惑いを覚えてもらえる作品にしたいと。「有毒なカタルシス」というアイデアに強く惹かれていて、『ヘレディタリー』の結末で試したことにも似ているんですが、今回のほうがより明確だと思います。ダニーの目線で映画を観てもらえれば――そうなるように作っていますが――彼女の物語が進むほど、きっと別の側面が見えてくることでしょう。頭では分からなくても、きっと気持ちの方で感じてもらえるんじゃないでしょうか。

──監督はご家族との出来事をはじめ、自分の体験を作品に投影しているとお聞きしましたが、ご自身の悲劇をホラー映画として表現するのはどうしてでしょうか?

フィルムメーカーには、自分の経験を利用するという以外に選択肢はないと思います。僕と家族は、とてもつらい出来事をたくさん経験しました。激しい感情に襲われたし、いろんな難しい問題と格闘したので、そのことについての映画を作りたいんです。だけど、明らかに僕の経験だと分かるものにはしたくない。それでは自分に重なりすぎてしまうし、身近な人たちにも影響が出るだろうし、いろんな人が苦しむだろうから。そんな時、ホラーというジャンルが、デリケートな題材を通すフィルターになってくれたんです。妥協せずに物語を描く自由を得ることができました。他のジャンルなら「暗すぎる、絶望的だ、救いがない」と言われるようなことでも、ホラーだったら、それが美徳になる。だから、自分の描きたい物語を素直に描けるんです。

ミッドサマー
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──『ヘレディタリー』も『ミッドサマー』も、登場人物の痛みがダイレクトに伝わってきて、そのリアリティに凄みを感じます。人物の感情にリアリティを与える秘密、こだわりを教えてください。

ありがとうございます。えっと…(少し考えて)それは、僕が自分の感情を映画に書き込んでいるからだと思います。よくホラー映画にあることで――他のジャンルにもあることですが――、物語上そのほうが良いのだという理由で、登場人物に悲劇を与えてしまう。そして、解決しなければならないという理由で、その悲劇をあっさりと乗り越えてしまう。「なぜこの人物はこんなことをしなければいけなかったのか」という理由を説明しなくちゃいけない、だから「実は息子を10年前に亡くしていたんです、おしまい」みたいなね。でも僕は、そんなのは嘘だと思います。

『ヘレディタリー』も『ミッドサマー』も、究極的には「痛み」を描いています。どちらの映画でも、登場人物は存在の危機にさらされる。僕がとても大切に考えているのは、人物の状況や感情、経験から恐怖が立ち上がってくること。恐怖のために人物が存在しているのではありません。ホラーというジャンルに人物を放り込むのではなく、むしろ、人物の中からジャンルが浮かび上がってきてほしい。

──映画を作る一番の原動力は何でしょうか?

そうですね……僕はずっと映画が大好きで、劇場に行って、映画の中に迷い込むという体験が大好きなんです。かつての僕が、大好きな映画の中に迷い込んだのと同じように、みなさんが迷い込める作品を生み出したいと思います。僕は自分の人生や、自分とは何者なのかということ、自分の経験や考えに結びついた映画を作っていますが、結局のところは、大好きだから映画を作らざるを得なかった。ただ大好きだというだけでは足りなかったんです。

次のページには、前作『ヘレディタリー/継承』のネタバレが含まれています。

Writer

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稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。THE RIVERほかウェブ媒体、劇場用プログラム、雑誌などに寄稿。国内の舞台にも携わっています。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。