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アーロン・ソーキンが描く矛盾と混沌 ― 『モリーズ・ゲーム』のヒロインが象徴するものとは

モリーズ・ゲーム
© 2017 MG’s Game, Inc. ALL RIGHTS RESERVED.

日本の戦国武将やヨーロッパの皇帝などの性格を分析してみると、興味深いことに、多くの人物が「サイコパス」の特徴にあてはまるという。サイコパスとは他者への共感能力が欠如し、反社会的な行為も厭わない人物を指す心理学用語である。サイコパスの傾向がエスカレートした人物は、往々にして犯罪や麻薬、ギャンブルなどに手を染めてしまう。一方で、人間的魅力に恵まれ、知能が高いのもサイコパスの特徴だ。時に偉人たちのドラマティックな人生はそのまま、サイコパスの長所と短所にも置き換えられる。

アーロン・ソーキンは、現代アメリカを代表する「偉人」たちの光と影を描き出す映画作家だ。主に脚本家として活躍してきたソーキンの初監督作が『モリーズ・ゲーム』(2017)である。モーグルでオリンピック選手にまでのぼりつめたモリー・ブルームが、どうして莫大な富を築けたのか。そして、彼女はなぜ逮捕され、裁判に挑まなければいけなかったのか。ジェシカ・チャステインが演じるモリーの生き様には、生も負も巻き込んでいく、アメリカらしいスピリットが体現されている。ここでは、『モリーズ・ゲーム』を中心に、ソーキン作品に登場する「ギリギリのイノベイターたち」を見ていこう。

男に心を許さないヒロインの行動原理

ソルトレイクシティ五輪で挫折を経験したモリーは、大学に入るための学費を稼ごうと、夜の店でウェイトレスとして働いていた。やがて、不動産会社の社長、ディーンに気に入られ、モリーは彼の秘書をするかたわら、雑用も命じられるようになる。ディーンが定期的に催すポーカー・パーティーの会計係もその一環だった。パーティーには、ハリウッド俳優やスポーツ選手、社長など有名人しか参加できない。それもそのはずで、チップの換金は最低1万ドルから。とても、庶民には手が出せないギャンブルだったのだ。

大金が湯水のように使われていくポーカーを見ていて、モリーは思いつく。「これは金になる」と。ディーンとケンカしてクビになったモリーは、すぐさまディーンの友人たちを横取りして、自らポーカー・パーティーを主催し始める。すべては違法賭博すれすれ。「手数料をとっていない」の一点で、なんとか合法にしがみついている状態だ。それでも、モリーはあっという間に億万長者の仲間入りを果たす。

モリーズ・ゲーム
© 2017 MG’s Game, Inc. ALL RIGHTS RESERVED.
劇中、モリーは男たちに心を許さない。客たちに愛想は振りまくが、それだけだ。誘いの言葉はすべて断っている。モリーの心の底には、父親から愛情を向けられなかったつらい過去があった。父親にとってモリーは娘というより、スキーの教え子のようだった。ポーカー・パーティーでグレーなビジネスに夢中になっているモリーは、厳格な父親からの反動で動いているようにも見える。ソーキンは、モリーを男性社会と戦う強い女性として描いた。モリーのパーティーで働くスタッフやディーラーは女性ばかり。恋人やセックスパートナーはまったく出てこない。

ちなみに、チャステインは『女神の見えざる手』(2017)で、モリーとよく似たロビイスト、エリザベスを演じていた。いずれも、仕事最優先で、違法すれすれの橋を渡っているのは変わらない。ただしエリザベスは、日々の癒しを男娼に求めた。モリーはどんな形であれ、男に頼ることはない。ディーンといい、言い寄ってくる客たちといい、モリーにとっての男は「障害物」であり、「越えるべき壁」なのだ。最後にモリーは、国家という決して揺るがない壁を相手にしてしまったのだが。ちなみに、モリーの弁護士の娘がずっと読んでいた本は『るつぼ』(アーサー・ミラー)である。17世紀、セイラムで起きた魔女裁判を描く戯曲だ。300年以上の時が経ち、アメリカはいまだ形を変えた魔女裁判を求めている。

アーロン・ソーキンが描いてきた「イノベイター」たち

ソーキンは、モリーのように既存の価値観、システムを覆した「イノベイター」を、繰り返し主人公にして物語を書いてきた。脚本家として高く評価された『ソーシャル・ネットワーク』(デヴィッド・フィンチャー監督/2010)、『マネー・ボール』(ベネット・ミラー監督/2011)などは代表例だろう。『ソーシャル~』はフェイスブックの創始者、マーク・ザッカーバーグの半生を描いた物語である。ザッカーバーグは紛れもないプログラミングの天才だったうえ、大衆が食いつくようなアイデアを形にできる行動力があった。事実、フェイスブックはまだ見ぬ他人同士を「友だち」としてつなげた画期的なメディアで、世界中で大量のユーザーを生み出した。

Writer

石塚 就一
石塚 就一就一 石塚

京都在住、農業兼映画ライター。他、映画芸術誌、SPOTTED701誌などで執筆経験アリ。京都で映画のイベントに関わりつつ、執筆業と京野菜作りに勤しんでいます。

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