【解説】2021年アカデミー賞、主要部門の結果は ─『ノマドランド』『ミナリ』『ファーザー』が快挙

2021年4月26日(日本時間)、第93回アカデミー賞授賞式が開催された。
このたびのアカデミー賞は、コロナ禍の影響で劇場公開作品が軒並み延期、または配信送りとなるなど、世界中の映画業界がかつてない1年を迎えながら開催された。『ノマドランド』が作品賞・監督賞・主演の最多の3部門を制覇。なお2015年〜2016年にはアカデミー賞の俳優部門で白人のみが候補として選出され、「#OscarsSoWhite」と多様性を求める声が世間から絶えず、その後、多様性を高める改革が進められている。そんな中、本年度では黒人だけでなく、アジア系をはじめ女性の出演者や製作陣が多く受賞を果たし、確かな存在感を示した。
本記事では、主要部門(作品賞・監督賞・主演女優賞・主演男優賞・助演女優賞・助演男優賞)の受賞結果および簡単な解説を紹介したい。
作品賞・監督賞・主演女優賞:『ノマドランド』

アカデミー賞の最大の目玉である作品賞をはじめ、監督賞・主演女優賞の最多3部門で受賞を果たしたのは、『ノマドランド』(2020)。企業の経済破綻と共に長年住み慣れた住処を失い、最愛の夫も亡くしたひとりの女性ファーンが、車上生活者として懸命に生きる姿を捉えた物語だ。
ヴェネツィア国際映画祭では金獅子賞に輝き、トロント国際映画祭では観客賞を受賞し、両映画祭にて最高賞を制覇するという史上初の快挙を達成。そのほかゴールデングローブ賞をはじめ世界中の映画賞を総なめにしており、下馬評の通り、このたびアカデミー賞も制したのである。

主人公ファーンにふんしたフランシス・マクドーマンドは、これまでにも『ファーゴ』(1996)『スリー・ビルボード』(2017)にてノミネートされるや主演女優賞を受賞。このたびは3度目の受賞となる快挙を達成した。受賞のスピーチでは、「とても言葉で表現できません。 私の声を明らかにするのが難しいということです。私たちは作品を通じて戦ってるんです。私は仕事が大好きです。そのことを知っていただきたいと思いました」と語っている。
なお監督賞では、中国出身のクロエ・ジャオが、アジア系女性監督として史上初めて受賞を果たした。監督賞を受賞した際には、「私が子供の頃に学んだ言葉で印象的な言葉があります。『人之初』、『性本善』といって、人々は生まれながらにして心の中に善を持っているという意味の言葉です。時には逆のことが真実に見えることもありますが、それでも私は世界中のどこにいる人にも善があると信じてきました。この賞は、自分の善、そしてお互いの善を守るための勇気と信念を持っている全ての人々に捧げたいと思います」とコメントしている。
※伝統的な中国の言葉「三字経」の「人之初」、「性本善」訳:人が生をうけたそのはじめ、人の性はもともと善である。
次回作としてジャオは、マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)『エターナルズ』(2021年11月5日公開)が待機中だ。アカデミー賞受賞監督による最新作に益々期待が高まるばかりである。
『ノマドランド』は、2021年3月26日より日本公開中。
助演女優賞:『ミナリ』ユン・ヨジョン

『ミナリ』は、アメリカンドリームを求めて移民した韓国人一家を描いた作品。小津安二郎監督作品のような、繊細な人間模様と秀逸な悲喜劇を捉えた本作は、サンダンス映画祭で観客賞と審査委員特別賞の栄冠に輝いたほか、ゴールデングローブ賞など世界中の映画賞を受賞した。
そんな本作で最も注目を浴びたのは、移民した韓国人一家と一緒に住むことになる祖母役を演じたユン・ヨジョンだ。毒舌で破天荒な祖母でありながらも、孫のやんちゃな行動を寛容に受け入れたり、家族のために芹を植えたり、家族想いな一面ものぞかせる彼女の大胆さや優しさが、世界中の観客を魅了した。
2020年には、『パラサイト 半地下の家族』が作品賞・監督賞・脚本賞・国際長編映画賞の4部門で受賞を果たしたものの、ソン・ガンホなど期待されていた韓国人俳優の演技部門での入選は残念ながらなかった。そんな中、このたびヨジョンはノミネートを果たすだけでなく、韓国出身の女優としてはじめて助演女優賞に輝いたのだ。またアジア人女優として助演女優賞を受賞するのは、『サヨナラ』(1957)のナンシー梅木以来、63年ぶりとなる。
そんな歴史的快挙を成し遂げたヨジョン。助演女優賞の受賞に際して、彼女は以下のように冗談を交えながら喜びの声をあげている。
「(プレゼンター・『ミナリ』プロデューサーの)ブラッド・ピットさん、ようやく会えましたね。撮影中はどこにいたんですか?(笑)お会いできて本当に光栄です。ご存知の通り、私は韓国出身です。“ユン・ヨジョン” という名前ですが、“ユンジョン”とも呼ばれています。ただ、今日は何と呼んでもかまいませんよ。普段は他のところに暮らしています。いつもこのアカデミー賞授賞式は、テレビで見ていました。私たちにとって、これはテレビ番組でしたが、私は実際にここに来ることできました。信じられません。続けます。ありがとうございました。
アカデミーに感謝します。私に投票してくださったみなさんにも感謝します。素晴らしい『ミナリ』のファミリーにも。スティーヴン(・ユアン)、 (リー・)アイザック(・チョン)、ノエル(・チョ)、アラン(・キム)…私たちは家族になりました。そして何と言っても、リー・アイザック・ チョンがいなければ私はここにいません。私たちのキャプテンでした。心から感謝します。
私は競争というものを好みません。グレン・ クローズさんではなく私が選ばれましたが、私は彼女の演技を何度も拝見してきました。5人のノミニーがいますが、それぞれ異なる作品で異なる役柄を演じています。ですので競争などというのはふさわしくなく、私は少し運がよかっただけ、少しだけラッキーだったんです。アメリカのホスピタリティ、おもてなしの気持ちでしょうか?」
『ミナリ』は、2021年3月19日より日本公開中。
主演男優賞:『ファーザー』アンソニー・ホプキンス

アカデミー賞の最後を飾ったのは、作品賞ではなく主演男優賞。このたび栄冠に輝いたのは、83歳の名優アンソニー・ホプキンス。世界30カ国以上で上演された傑作舞台の映画化『ファーザー』にて、記憶や時間が混迷していく認知症の父親役を怪演した。
『羊たちの沈黙』(1991)以来、29年ぶりの受賞であり、主演男優賞部門では史上最高齢での結果だ。世界を代表する名優の受賞だが、このたびのアカデミー賞にとって一番の予想外の展開だったとも言えるだろう。それというのも、ゴールデングローブ賞をはじめ、前哨戦の多くで受賞を果たしていたチャドウィック・ボーズマンがこれまで最有力視されていたからだ。ホプキンスによる名演に疑う余地はないため、納得のいく結果といえるだろう。なおホプキンスは、このたびの授賞式には出席しておらず、トリのスピーチがないまま同授賞式は幕を閉じた。
『ファーザー』は、2021年5月14日より日本公開予定。
助演男優賞:『ユダ&ブラック・メシア』ダニエル・カルーヤ

1960~70年代に黒人解放運動を牽引した政治組織、「ブラックパンサー党」の有力者の暗殺事件を描く伝記映画『ユダ&ブラック・メシア』。『クリード』『ブラックパンサー』シリーズのライアン・クーグラーが製作に入る本作にて、暗殺された有力者役を演じ、このたび助演男優賞に輝いたのは、『ゲット・アウト』(2017)『ブラックパンサー』(2018)のダニエル・カルーヤだ。
アカデミー賞としては、『ゲット・アウト』につづいてのノミネートであり、今回初受賞となった。そんなカルーヤは受賞に際して以下のように喜びの声をあげている。
「なんてことでしょう。このような光栄なことを、(ラキース・)スタンフィールドと共有したいです。ドミニク・フィッシュバーグ、素晴らしいキャスト、スタッフのみんなにも感謝したいです。周りを見て嬉しく思います。みんなインスピレーションを与えてくれました。信頼してくれてありがとう。深く感謝します。並んで一緒に仕事で来て光栄でした。我々は、フレッド・ハンプトンという人の人生にインスピレーションをもらいました。22歳で亡くなったけど、子どもたちの教育や無料の医療の提供に尽力した人です。ブラックパンサー党の一員であった彼から多くを学びました。『統合』の力を示したと思います。『分割』ではなく『統合』の強さを語ってくれたフレッド・ハンプトンに感謝したい。
人生を祝う必要があります。生きてるって素晴らしいことです。私の父と母もいまもセックス楽しんでるし、それで私はここにいるわけです。人生に感謝しているし、平和と愛を感じてます。」
『ユダ&ブラック・メシア』は、2021年夏レンタルリリース。
第93回アカデミー賞の受賞結果一覧
- 作品賞:『ノマドランド』
- 主演女優賞:『ノマドランド』フランシス・マクドーマンド
- 助演女優賞:『ミナリ』ユン・ヨジョン
- 主演男優賞:『ファーザー』アンソニー・ホプキンス
- 助演男優賞:『Judas and the Black Messiah(原題)』ダニエル・カルーヤ
- 監督賞:『ノマドランド』クロエ・ジャオ
- 脚本賞:『プロミシング・ヤング・ウーマン』エメラルド・フェンネル
- 脚色賞:『ファーザー』クリストファー・ハンプトン&フローリアン・ゼレール
- 撮影賞:『Mank/マンク』エリック・メッサーシュミット
- 美術賞:『Mank/マンク』ドナルド・グラハム・バート、ジャン・パスカーレ
- 衣裳デザイン賞:『マ・レイニーのブラックボトム』アン・ロス
- メイクアップ&ヘアスタイリング賞:『マ・レイニーのブラックボトム』
- 作曲賞:『ソウルフル・ワールド』トレント・レズナー、アティカス・ロス&ジョン・バジョン・バティステ
- 歌曲賞:『ユダ&ブラック・メシア』「FIGHT FOR YOU」
- 編集賞:『サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜』ミッケル・E・G・ニールセン
- 音響賞:『サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜』
- 視覚効果賞:『TENET テネット』
- 長編アニメーション賞:『ソウルフル・ワールド』
- 国際長編映画賞:『アナザーラウンド』(デンマーク)
- 長編ドキュメンタリー賞:『オクトパスの神秘:海の賢者は語る』
- 短編ドキュメンタリー賞:『Colette(原題)』
- 短編実写映画賞:『Two Distant Strangers(原題)』
- 短編アニメーション賞:『愛してるって言っておくね』
生中継!第93回アカデミー賞授賞式
放送日時:2021年4月26日(月)午前8:30 [WOWOWプライム][WOWOWオンデマンド]
第93回アカデミー賞授賞式
<字幕版>2021年4月26日(月)夜9:00 [WOWOWプライム][WOWOWオンデマンド]