Menu
(0)

Search

祝アカデミー賞作品賞『エブエブ』ってどんな映画? ─ カオスすぎるマルチバース映画、見どころを解説

エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス
© 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

2023年(第95回)アカデミー賞は、A24『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』がほとんど一強ともいえる最多7部門受賞を果たした。作品賞のほか、主演女優賞、助演女優賞、助演男優賞、監督賞、脚本賞、編集賞も獲得。前哨戦とされる映画賞でも話題をさらっていた『エブエブ』だが、この受賞には一体どのような意義があるのだろうか。日本ではまだ劇場公開されて間もないこともあり、未鑑賞の読者に向けて、本年度アカデミー賞における『エブエブ』の立ち位置や作品概要をご紹介しよう。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』という長いタイトルの印象のように、本作は風変わりでユニークな作品だ。日本では公式に「エブエブ」と略され、英語圏では頭文字をとって「EEAAO」と称する。海外公開時に筆者がアメリカの映画ジャーナリストたちと話したときには、彼らもこの略称の発音方法に少し戸惑いつつ、“イイアアーォ”と表現したり、そのまま“イーイーエーエーオー”と呼んでいた。海外メディアの見出しでは「Everything Everywhere」と略されることが多い。

『エブエブ』のアカデミー賞旋風はまさにシンデレラストーリー。2022年5月に米公開された当初は、なんと全米わずか10館のみで超小規模展開され、翌週に38館に若干の拡大。作品の面白さが大評判となり、3週目から一気に1,250館に拡大されて、以降は最大2,220館で上映された。約2,000万ドル前後とされる低予算に対して、最終的に全世界1億670万ドルの特大ヒット。これは、同作レーベルのA24史上最高の記録だ。

『エブエブ』のアカデミー賞7部門受賞は、ハリウッドにおけるアジア系作品のプレゼンスの高まりを象徴している。2020年には韓国映画『パラサイト 半地下の家族』が作品賞ほかを席巻したり、『クレイジー・リッチ!』(2018)『search /サーチ』(2018)『ミナリ』(2020)などが注目を浴びたりと、近年ハリウッドではアジア系にルーツを持つ作品も脚光を浴びられるようになってきている。『エブエブ』はミシェル・ヨーとキー・ホイ・クァン、ステファニー・スーによる中国移民の家族がアメリカで経済苦に直面する物語。劇中には中国語も登場する。

ミシェル・ヨーは見事主演女優賞に輝いたが、アジア人としては初となる快挙だ。また、助演男優賞を獲得したキー・ホイ・クァンも、アジア人としては史上2人目、実に38年ぶりとなる受賞となった。

『グリーン・デスティニー』(2000)などで知られるミシェル・ヨーは、欧米の映画ファンの間でまさにカンフー・マスターのようにレジェンド扱いを受けている大スターだ。一方、これまでアカデミー賞のような映画賞にはあまり縁がなく、この度の主演女優賞は長年にわたる彼女のキャリアがようやく認められたような栄光となった。

助演男優賞のキー・ホイ・クァンは1980年代に『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』(1984)『グーニーズ』(1985)の子役としてアイドル的な人気を博したが、その後は役者仕事に恵まれず、『エブエブ』までの40年間、数えられるほどのごくわずかな作品にしか出演していなかった。武術指導のアシスタントといった裏方に回っていたこともあるクァンは、本作までに健康保険が失効してしまうほど厳しい状況だったという。苦労人のバックストーリーもファンの間ではよく知られているため、『エブエブ』の大ヒットと助演男優賞獲得は、ミシェル・ヨーと並んで感動的な逆転ストーリーとして記憶されることになる(『ザ・ホエール』で主演男優賞を獲得したブレンダン・フレイザーも同様だ)。

エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス
(c) 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

題材の一つは、近年アメコミ映画でも多用される「マルチバース」。一昔前までは「パラレルワールド」と呼ばれることの多かった、並行世界が交錯する物語だ。ミシェル・ヨーが演じる主人公エヴリンは、所有するコインランドリーの経営苦にあえいでいると、夫ウェイモンドに突然マルチバースの異世界に連れていかれる。普段は気弱で優柔不断なウェイモンドが、タフで頼れる男になっている世界が描かれると、エヴリンもカンフーマスターさながらの能力に目覚めていく。

次々と登場するマルチバースの中には、「指がソーセージの世界」などおよそ理解不能なものもあり、観客は考えるのではなく感じることでこの奇抜な多元宇宙大冒険を共にしていく。やがてエヴリンは、全人類の命運がかかった強大な存在に立ち向かっていくことになる。

エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス
(c) 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

監督賞も獲得した「ダニエルズ」コンビ(ダニエル・クワン&ダニエル・シャイナート)は、1988年・1987年生まれの若手だ。実は長編映画は『スイス・アーミー・マン』(2016)を撮ったのみで、『エブエブ』ではまだ2作目にして監督賞の栄冠に輝いた。本作では、日本のアニメ作品にも多くインスパイアされたことを公言している。

『エブエブ』はマルチバースという荒唐無稽なSFをベースに、創意工夫が光る奇抜なアート風のトーンを取り入れ、アジア系移民の視点、LGBTQのメッセージも込めた、まさに多様な顔を持つ作品だ。いわゆるジャンル映画と呼ばれるものだが、多くの良作たちの中から作品賞ほか7部門に選ばれたのは、アカデミー賞の流れを変えるような快挙となった。

エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス
(c) 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

新たな視点から描かれた『エブエブ』は、斬新で、刺激的で、笑いもあり、なのにロマンチックで感動的。他のどんな作品にも似ていない、唯一無二の個性がギラギラ光る映画だ。日本では、ちょうどアカデミー賞で話題になることを狙ったようにして2023年3月3日より公開中となっている。メディアでの注目度がにわかに高まることは間違いなく、座席はしばらく争奪戦となりそうだ。早めにチェックしておいて。

Writer

アバター画像
中谷 直登Naoto Nakatani

THE RIVER創設者。代表。運営から記事執筆・取材まで。数多くのハリウッドスターにインタビューを行なっています。お問い合わせは nakatani@riverch.jp まで。

Ranking

Daily

Weekly

Monthly