アカデミー賞はいつから実在の人物を愛するようになったのか ─ 1960年代から2010年代までを総検証

2019年1月22日(米国時間)、第91回アカデミー賞のノミネーションが発表されました。筆者はこの時期が近づくと毎年そわそわし、予想を立て始めるのですが、パヴェウ・パヴリコフスキ(『COLD WAR/あの歌、2つの心』)の監督賞候補入りは驚きでした。今回は監督賞候補の国籍がアメリカ、ギリシャ、メキシコ、ポーランドと国際色豊かになっており、アカデミー史上でも珍しい結果となっています。
その一方、演技賞の部門では近年よく見られる現象が起きています。主演男優賞候補の『バイス』クリスチャン・ベールと『ボヘミアン・ラプソディ』ラミ・マレック。同じく『バイス』より、助演男優賞候補のサム・ロックウェルや助演女優賞候補のエイミー・アダムス。彼らが演じたのは、ディック・チェイニー(1941-)、フレディ・マーキュリー(1946-1991)、ジョージ・W・ブッシュ(1946-)、リン・チェイニー(1941-)……全員が実在する近現代の人物です。
これは近年、ほぼ毎年のように見られる現象で、写真や映像が残っている近現代の人物を演じることはいまやアカデミー賞への近道になっているようです。昨年(2018年)の第90回アカデミー賞でも、『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』でゲイリー・オールドマンが主演男優賞を獲得しました。
ここで疑問が浮かびます。実際に割合として、近現代の実在人物を演じた俳優がアカデミー賞を獲得する割合は増えているのでしょうか。そうだとすれば、いつからこの傾向は始まったのでしょうか。実際に年代ごとに検証してみたいと思います。
筆者注:本記事では、「実在する近現代の人物」を「没年が20世紀以降の人物」と定義づけしています。
1920-1930年代
近現代の人物を演じてアカデミー賞を受賞した作品の第一号は、舞台プロデューサーのフローレンツ・ジーグフェルド(1867-1932)を主人公にした『巨星ジーグフェルド』(1936)です。同作はアカデミー賞の作品賞に輝いたほか、ジーグフェルドの妻である女優のアンナ・ヘルド(1872-1918)役を演じたルイーゼ・ライナーがアカデミー主演女優賞を受賞しました。
また翌年には、フランスの作家エミール・ゾラ(1840-1902)の自伝を基にした『ゾラの生涯』(1937)が作品賞を受賞。実在の軍人で悲劇的な冤罪事件に巻き込まれたアルフレド・ドレフュス(1859-1935)を演じて、ジョセフ・シルドクラウトがアカデミー助演男優賞を手にしています。ジーグフェルドもドレフュスも、公開当時は死去して間もなかった、いわば近代というより現代の人物でした。このころから、少しずつ近現代の人物を描いた作品がアカデミー賞に顔を覗かせるようになります。
1940-1950年代
ここでは受賞作品と受賞者を列挙していくことにしましょう。
『ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ』(1942)で実在の興行師ジョージ・コーハン(1878-1942)を演じたジェームズ・キャグニーが主演男優賞を、アンネ・フランク(1929-1945)に題材をとった『アンネの日記』(1959)でファン・ダーン夫人(1900-1945)を演じたシェリー・ウィンターズが助演女優賞を、そして天才画家フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)を主人公にした『炎の人ゴッホ』(1956)でゴッホの盟友ポール・ゴーギャン(1848-1903)を演じたアンソニー・クインが助演男優賞を受賞しました。
ノミネートにかぎっていえば、『打撃王』(1942)で大打者ルー・ゲーリックを演じたゲイリー・クーパーが主演男優賞、『キュリー夫人』(1943)でキュリー夫人(1867-1934)を演じたグリア・ガースンが主演女優賞、『赤い風車』(1952)で画家のトゥールーズ=ロートレック(1864-1901)を演じたホセ・フェラーが主演男優賞の候補となっています。しかしながら、まだ近現代の人物を演じる例が目立っているという印象まではありません。
1960-1970年代
実在の軍人で考古学者でもあったトーマス・エドワード・ロレンス(1888-1935)の半生を描いた『アラビアのロレンス』(1962)がアカデミー作品賞を受賞。受賞には至らなかったものの、タイトルロールのロレンスを演じたピーター・オトゥールが主演男優賞候補に選ばれました。同作は歴史的傑作との評価を受けており、現代でもスティーヴン・スピルバーグをはじめとする多くの映画監督が敬意を表しています。
その後、『奇跡の人』(1962)でヘレン・ケラー(1880-1968)の家庭教師アン・サリヴァン(1866-1936)を演じたアン・バンクロフトが主演女優賞、ヘレン・ケラーを演じたパティ・デュークが助演女優賞を受賞しました。『パットン大戦車軍団』(1970)で軍人ジョージ・パットン(1885-1945)を演じたジョージ・C・スコットは主演男優賞を受賞。ちなみに、『俺たちに明日はない』(1967)と『明日に向って撃て!』(1969)も作品賞の候補になっています。