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『パッドマン 5億人の女性を救った男』がスーパーヒーロー映画である理由 ─ サノスやジョーカーより強大なヴィランとは

パッドマン 5億人の女性を救った男
PAD MAN, Starring Akshay Kumar, Radhika Apte, Sonam Kapoor and directed by R. Balki.

アメリカにはスーパーマンがいる
スパイダーマンがいる
だがインドには…
パッドマンがいる
(劇中より)
※「パッド」とは生理用品のこと。

インドで大ヒット、日本でも公開中を迎えた『パッドマン 5億人の女性を救った男』(2018)は「ヒーロー映画」である。これは例えや揶揄ではない。本当に、ヒーロー映画として作られているのだ。とはいっても、主人公・ラクシュミ(アクシャイ・クマール)はモンスターや宇宙人と戦うわけではない。そもそも、本作にはわかりやすいヴィラン(悪役)など1人も出てこない。しかしだからこそ、彼の戦いは過酷であり、世界中の称賛を受けた。この記事では、ラクシュミが戦った恐るべきヴィランについて解説していく。

妻のため 平凡な男はヒーローとなった

パッドマン 5億人の女性を救った男
『パッドマン』主人公のモデルになったアルナーチャラム・ムルガナンダムさん

ラクシュミにはモデルがいる。安価の生理ナプキンを開発してインド中の女性を救った実在の男性、アルナーチャラム・ムルガナンダムさんだ。そして、本作の物語もおおまかにはムルガナンダムさんの実体験を元にして作られている。ただ、ラクシュミはまったく平凡な男として登場してくる。おそらくは、かつてのムルガナンダムさんもそうだったように。ラクシュミは発明が趣味の働き者だが、天才でもマッチョでもない。そんな男がどうしてスーパーヒーロー・パッドマンに変身したのだろう?その答えは、ほかのヒーロー映画を思い返せばわかるはずだ。主人公たちは超能力や武装スーツを手に入れたからヒーローになったのか?もちろん、ノーである。ヒーローとは、正義の心に目覚めたからこそヒーローたりえるのだ。

1998年、ラクシュミは新婚の妻・ガヤトリ(ラーディカー・アープテー)が生理になってから衝撃を受ける。彼女はインドの古い伝統にのっとって、生理期間を「穢れ」と捉えていた。そのため、生理が終わるまでは屋内に入らず、玄関前のソファで眠る。それだけでもラクシュミリにはショックだったのに、妻はもっと信じられないことをしていた。なんと、古く汚い布で生理に対処していたのである。しかも、同じ布を洗って使い回している。これでは妻がいつ病気になってもおかしくない。

ラクシュミに天啓が走った。スパイダーマンことピーター・パーカーが、自分のせいでベンおじさんは死んだと知ったときのように。映画『アイアンマン』(2008)でトニー・スタークが、自分の売っていた武器がゲリラに渡っていたと知ったときのように。力の有無など関係ない。正義を貫く決意をした瞬間から、人はヒーローに変わるのだ。

パッドマン 5億人の女性を救った男

生理ナプキン1パックが1,100円

ヒーロー道とは修羅の道である。ほとんどの人間はヒーローほどの正義など持ち合わせていないし、彼らほど俯瞰的に世界と対峙できないからである。ラクシュミは生理ナプキンが高価すぎて簡単に買えないと知る。なんと、1パック55ルピー(約1,100円)もするのだ。そこで、ラクシュミリは自分で生理用品を作り始めた。知り合いから清潔な布や綿を譲ってもらい、森の奥でせっせと重ね合わせていく。ラクシュミは、自分が妻を救っているのだと信じて疑わない。しかし、手製のナプキンを受け取った妻は冷ややかだった。彼女は、夫が仕事そっちのけで生理にこだわる理由が分からない。

ガヤトリたち、当時の田舎で生まれ育ったインド人女性にとって、生理を古い布で処理するのはおかしなことではない。先祖の代から教えられてきた風習である。そもそも、「穢れ」のために大金を払う必然性がどこにあるというのだろう?ガヤトリは夫のプレゼントを拒絶するが、説得に折れて一度だけ試してみる。ラクシュミは満足だ。

ところが翌朝、ガヤトリはまた汚い布を洗濯していた。ラクシュミの作ったナプキンは、使い心地を試したものではなかった。実際に女性が使っても役に立たない失敗作だったのだ。しかし、ラクシュミはあきらめない。どんなに妻が嫌がろうとも、妻の健康は必ず守ってみせる。ラクシュミはナプキンの試作を繰り返す。夢中になるがあまり、職場も休みがちになった。

パッドマン 5億人の女性を救った男

ヒーローの気持ちは誰にも分からない

『パッドマン 5億人の女性を救った男』でもっとも異様なのは、この頃のラクシュミを描く下りだろう。彼は女子医大の門前で待ち構え、学生達に試作品を配ってモニターを頼む。また、初潮を迎えた親戚の女の子のベッドに忍び寄り、手製のナプキンを渡そうとする。いずれも、「正義のため」という前提があったとしても、かなりきわどい行動である。

しかし、こうした描写も「ヒーロー映画」という枠で考えれば納得できる。『ダークナイト』(2008)のバットマンは敵の居所を見つけるため、倫理を無視して巨大監視システムを作動させた。操作を命じられた部下のルーシャスは、直後に彼の元を去っている。『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』(2011)のキャプテン・アメリカは、祖国を守るために自己犠牲すらも辞さなかった。その結果、彼は冷凍状態になり、家族も友人も居ない未来で発見される。

ヒーローにとっての最優先はあくまで正義である。正義のためなら、彼らは常識や法すら気にしない。そして、そんな正義はあまりにも純粋すぎるがゆえに、一般社会では受け入れられないのだ。「法を無視する」とは、即ち「狂気」と同義だからである。ガヤトリたち家族はラクシュミの行動を激しく非難する。「あなたはおかしくなってしまった」と。過去のスーパーヒーローたちもまた、家族や恋人をずっと悲しませてきた。身内にすら、ヒーローになった者の気持ちは理解できない。

パッドマン 5億人の女性を救った男

アイテムを開発して窮地を脱せ!

それでも、ヒーローの正義は無償である。ラクシュミは村を追放され、妻とは引き離されながらも生理ナプキンの開発をあきらめなかった。ヒーローがパワーアップし、窮地を脱するには何が必要だろう?当然、新しい装備である。『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(2018)で、ソーがサノスを倒すためにストームブレイカーを作り上げたように、ラクシュミはヒーローアイテムを求めた。ナプキンを量産するためには機械が要る!どうやったら作れる?

スクラップをかき集め、機械を組み立てていくラクシュミはさながら、『アイアンマン』のトニー・スタークである。ラクシュミの作った機械は大規模なコンペディションでグランプリに輝き、彼は一躍国民的スターとなる。これまで彼に批判の眼差しを向けてきた人々も祝福してくれた。ラクシュミに融資していた金貸しまでもが、「返済なんていつでもいい」と褒め称えてくれる。

ところが、ラクシュミが人々に機械の仕組みを見せてやると、全員の態度が豹変する。みんなラクシュミが賞をとったことだけに注目していて、発明内容までは気にしていなかったのだ。大の男が生理ナプキンを作る機械に情熱を注いでいる…。再び、ラクシュミは軽蔑の対象となってしまう。

本作のヴィランとは何者か

『パッドマン 5億人の女性を救った男』はヒーロー映画だ。そして、世界を支配しようとするヴィランも登場している。本作のヴィランはサノスよりも強大で、ジョーカーよりもしつこい。そして、実のところ悪意すら持ってはいない。そう、パッドマンことラクシュミは「固定観念」という名のヴィランと戦うヒーローなのである。

固定観念に侵食された人々は、こう思う。「生理を気にする男はおかしい」「伝統にケチをつける必要がどこにある」と。ラクシュミがいかに理論立てて旧来の風習の危険性を指摘しても、彼らは耳を傾けようとはしない。問題なのは、彼らが決して悪人ではない点である。アメコミのヴィランのように、彼らを腕力でなぎ払えたらどんなに楽だろう!

金に興味がなかったラクシュミは機械の特許を申請した。自分の手で、安全な生理用品を広めるために。ラクシュミの戦いは孤独だ。だからこそ、彼はヒーローにふさわしい。しかし、孤独なままではヴィランに勝てない。優れたヒーローは、優れたバディを呼び寄せる。本作には後半、頼もしすぎる仲間が彼の前に現れる。ヒントは、「アントマン形式」だ。

パッドマン 5億人の女性を救った男

ラクシュミが直面した現実は、インドの田舎だけにあてはまる問題ではない。事実、アルナーチャラムさんが開発した機械は、アジアやアフリカなど世界中から買い手がついたからだ。清潔で安価の生理用品が不足している地域は、予想以上に多かったのである。いや、生理に限った話ではない。世界には、日本にだって、不当な偏見や差別は残っているだろう。時代錯誤の伝統によって苦しめられているのに、そのことすら気づいていない人々はたくさんいる。声を挙げようとしても即座にかき消され、体制は表面上の平和を取り繕うことだけに苦心している。

伝統や体制そのものは悪ではない。むしろ、守り続けて得られる幸福も大きいだろう。しかし、時代とともに生活様式は変わる。変わらない価値観が、人々を苦しめることもある。そんなとき、自分のためではなく誰かのために動ける人間がヒーローなのだ。そして、スパイダーマンやスーパーマンのような武闘派ヒーローにはなれなくても、ラクシュミのようなヒーローになら、私たちもなれるかもしれない。

『パッドマン 5億人の女性を救った男』公式サイト:http://www.padman.jp/site/

Writer

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石塚 就一就一 石塚

京都在住、農業兼映画ライター。他、映画芸術誌、SPOTTED701誌などで執筆経験アリ。京都で映画のイベントに関わりつつ、執筆業と京野菜作りに勤しんでいます。