Menu
(0)

Search

『パトリオット・デイ』で考える「良心」と「圧力」の違い ─ 事実に忠実な映画の主人公が「創作」である理由とは?

2013415日、マサチューセッツ州の祝日「愛国者の日」の名物であるボストン・マラソン開催中に爆弾事件が発生する。死亡者3人、負傷者183人を招いたこの事件は9.11後最大規模のアメリカ国内テロとして記録されている。

映画『パトリオット・デイ』は本事件発生からわずか102時間で犯人逮捕へと至った経緯を、事実から忠実に描く作品だ。捜査側、犯人側、被害者側の視点を交錯させながら、2時間を超える上映時間中、一瞬たりとも弛緩させることのない極上のサスペンスに仕上がっている。

【注意】

この記事には、『パトリオット・デイ』に関するネタバレ内容が含まれています。

 

主人公・サンダース巡査部長はどんな人物か?

© 2017 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.
© 2017 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.

群像劇の様相も強い本作だが、主人公として設定されているのはマーク・ウォールバーグ演じるトミー・サンダース巡査部長である。サンダースは当日、ゴール付近の警備主任だったキャラクターだが、ささやかな疑問として、どうして捜査の指揮をとったFBIではなく、一巡査が主人公なのだろうと思ってしまう。

ところが、サンダースは実在の人物ではない。プロデューサーのスコット・ステューバーによれば「実在したさまざまな警官を混合的に作り上げた人物」とのことである。ならば、ほとんどの登場人物が実名で設定されている本作において、「フィクション」であるサンダースの人物像を追うことは作品のテーマを知る機会となるのではないか。

捜査においては無双としか言いようのないサンダースだが、その人格は決して完璧ではない。事件前夜は夜遅くまで体を張っていたにもかかわらず、帰りに酒をひっかけたばかりに妻から「酒臭い」と怒られる。言葉遣いは美しいとはいえず、当然「Fワード」も気にしない。爆破直後、パニックに陥った通りで警官たちに指示を出す姿は勇ましいが、安全確認で立ち寄った飲食店で、気を静めるためにワインをがぶ飲みする場面もある。捜査責任者であるFBI特別捜査官、リック・デローリエ(ケヴィン・ベーコン)が知的で役人的な冷たさを見せるのとは対照的に、サンダースはどこまでも人間臭いのである。言い換えれば、サンダースは極端に「アメリカ的」な人物造形がなされているといっていいだろう。そう、多くのアメリカ人にとっては冷静沈着なデローリエよりも、少し粗野でも熱さのあるサンダースのほうが共感しやすい人物なのである(世論を恐れて事件を「テロ」と認めたがらないデローリエを、サンダースたちが糾弾するシーンさえある)。 

典型的アメリカ人を描き続けるピーター・バーグ監督

© 2017 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.
© 2017 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.

本作を監督したピーター・バーグはキャリアの多くでサンダース巡査部長のような人物を中心に据えてきた。たとえば、『プライド 栄光の絆』(’04)は街中が熱狂する高校アメフトチームの物語である。仲間意識と勝利を重んじる体育会系的なメンタリティーは、アメリカ人がスポーツに長年求めるテーマである。アメコミ・ヒーロー映画『ハンコック』(’08)では、酒に溺れて荒んだ生活を送るアンチヒーローが主人公だった。アメリカ人にとって身の周りにいて楽しいのは、完璧超人のスーパーマンよりもハンコックのようなキャラクターだろう。

ただし、こうした「ステレオタイプ的アメリカ人像」が映画ファンをモヤモヤさせる側面を持っているのも確かだ。『プライド』のアメフトチームは確かに素晴らしい集団だが、彼らへの熱狂が暗い面もあることを我々は知っている。実話を基にした『コーチ・カーター』(’05)では大人たちの思い入れが高校生たちの将来を奪い、アメフトしか取り得のない人間にしてしまうリスクも言及していた。『パラサイト』(’98)のようなナード側の高校生を主人公にした映画を愛する人からすれば、無条件で体育会系男子を英雄視する風潮にもうんざりしてしまうだろう。

バーグ映画は優れた演出力に支えられた息もつかせぬ展開が魅力だが、ターゲットとなる典型的なアメリカ国民以外に属さない限り、少なからず展開に乗り切れない部分も出てくる。しかし、それを批判するつもりも否定するつもりもない。アメリカ国内でヒットすることを目的とした作品で、国民の大多数に合わせた調整を行うのは当然のことだからだ。ただし、そんなバーグ作品にどこか「凄み」が宿るようになったのは、マーク・ウォールバーグというパートナーを見つけてからではないだろうか。 

マーク・ウォールバーグというボストン派俳優

マーク・ウォールバーグ製作・主演でバーグは、『パトリオット・デイ』も含めて実話を基にした映画3作を完成させている。ウォールバーグは『ローン・サバイバー』(’13)でアメリカ特殊部隊、『バーニング・オーシャン』(’16)で石油採掘作業員を演じたが、いずれも不測の事態に立ち向かうアメリカ人男性という設定は変わらない。こうした流れは『パトリオット・デイ』のサンダース巡査部長にも引き継がれているといえるだろう。

ウォールバーグとバーグの相性が良かったのは、いかにもアメリカ白人男性ど真ん中のルックスが大きい。絶世の美男子というわけではないが、中年の粋に差し掛かって元々あった「ガラの悪さ」に「愛嬌」が宿るようになった。それが、ステレオタイプ的なアメリカ人象を追い求めるバーグの作風にぴったりとハマったのである。よって、ウォールバーグが主演したバーグ作品はこれまで以上の説得力とリアリティーにあふれている。

それにしても『パトリオット・デイ』に挑むウォールバーグのモチベーションは尋常ではなかったと思われる。ウォールバーグはボストン近隣のドーチェスター出身だからだ。少年時代を札付きの不良として過ごしたウォールバーグにとって、ボストンは庭のようなものだった。その後、『ディパーテッド』(’06)や『テッド』(’12)といった映画で生々しいボストン訛りを披露しているが、あれがウォールバーグの素に近い姿なのだろう。

ボストンといえば、植民地時代にイギリスが最初に入港した場所として知られている。そのため、歴史や伝統を重んじる文化があり、有名大学が多いこともあって世界中から学業優秀な人材が集まってくる。高級住宅街も広がっており、インテリ層が住んでいるイメージも定着してきた。しかし、一方で高い犯罪率が記録されており、ウォールバーグが悪さをしていたような区画もいまだに残っている。ウォールバーグはボストンのストリートライフを代表する出世頭なのだ。最初に世に出たのが俳優としてではなくラッパーだったのもストリート的だし、俳優として成功すればすぐに音楽を辞めているのもまたストリート出身者のサクセスストーリーにありがちな経歴である。

そんなウォールバーグが、警官としてボストンを舞台にテロと戦うという物語に高揚しなかったはずはないだろう。結果、ウォールバーグの熱い演技が『パトリオット・デイ』の内容をより切実なものしている。 

団結はあっても国家圧力ではない

ただし、本作に同調圧力的な一面を感じずにはいられない人もいるだろう。たとえば、中東系のテロリスト逮捕の瞬間に捜査本部が歓声を挙げ、街中がボストンコールで埋め尽くされる光景をすんなりと受け入れ難い気持ちも理解できる。というより、正直に書けば筆者がまさにそうだったからだ。

ただし、ボストンが外国人に対して酷く差別的だとか決めつけたいわけではない。事実、ボストンを擁するマサチューセッツ州は2016年の大統領選挙で、排他政策を主張していたトランプではなく大差でヒラリー候補を選んでいる。ボストンに閉鎖的な価値観が流れているとは断定できない。

忘れてはならないのは、『パトリオット・デイ』で展開している構図が「FBI対テロリスト」あるいは「アメリカ対テロリスト」ではなく、「ボストン対テロリスト」だという点だ。被害者カップルが度々ボストン訛りをジョークのネタにしているように、登場人物たちのほとんどがボストン市民であるという思いでつながっているのだ。テロリストにカージャックされた中国人留学生が、脱走時にまるでボストン市民のように「ファ×ク・ユー!」と叫ぶシーンが象徴的である。その後、サンダースは彼の手を握り、彼も「必ず捕まえて」と返す。外国人さえもが「Fワード」によってボストン市民として迎え入れられている。

何より重要なのはサンダースが地元ゆえの土地勘を駆使して、監視カメラに映った犯人を見つけ出すシーンである。日本人に分かりやすく乱暴な例えを出すと、大阪在住の阪神ファンが道頓堀の店構えの記憶を頼りに、悪人を追い詰めたら痛快ではないだろうか?『パトリオット・デイ』の最大の興奮は、地元愛が巨大な悪に打ち勝つところにある。

バーグは「足」というモチーフでボストン市民の強さを表現する。捜査中に足を痛めたサンダース、力強いステップを見せるマラソンランナー、ベッドで足を絡ませるカップルたち、テロで足を負傷した被害者たち。そして、こうしたショットの数々は終盤、義足でボストン・マラソンを完走した男性の映像へとつながっていく。ボストンの傷みと再生が「足」を通して視覚化されるのだ。

犯人逮捕の翌日、メジャーリーグのボストン・レッド・ソックスは事件を追悼し、「B STRONG」とプリントされたユニフォームでプレーした。『パトリオット・デイ』は国家圧力とは違う、アメリカの良心による団結を問い直す作品として注目に値する。エンドロールで流れるのはボストン出身のロック・バンド、Dropkick Murphys -の“Forever(2007 VERSION)”だった。

永遠に俺はお前を探し続けるだろう

永遠に俺達は離れないだろう

永遠にお前の力と強さは俺と共にある

(“Foever”)

Writer

アバター画像
石塚 就一就一 石塚

京都在住、農業兼映画ライター。他、映画芸術誌、SPOTTED701誌などで執筆経験アリ。京都で映画のイベントに関わりつつ、執筆業と京野菜作りに勤しんでいます。