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【解説レビュー】自然と生きた原始の記憶を辿る『レッドタートル ある島の物語』

日仏合作でスタジオジブリ最新作『レッドタートル ある島の物語』が9/17から公開されています。本作は「スタジオジブリ最新作」のみに注目して映画館に足を運ぶとビックリする内容です。なぜならスタジオジブリが製作に関わっているものの、監督や脚本など柱となるスタッフはほとんどフランス人だからです。日仏合作で雰囲気的にはフランス映画の空気感が色濃くなっています。わりと大規模に全国のシネコンでも上映されていますが、「スタジオジブリ」の名前がなかったらインデペンデント映画と同規模の公開規模にとどまり、一部のミニシアターで観られる程度だったでしょう。

私もほとんど前提知識なしで観に行ったのでその内容の濃さ、独特さに驚きました。なので未鑑賞の方にはなにも情報を仕入れずご覧になることをお勧めします。物語を語る上でどうしてもネタバレなしで続けるのは難しいため、以下よりすでに鑑賞したことを前提に話を進めたいと思います。

【注意】

この記事は、映画『レッドタートル ある島の物語』のネタバレ内容を含んでいます。

http://woman.type.jp/wt/feature/4832
http://woman.type.jp/wt/feature/4832

自然と生と死

本作の最も特徴的な要素はセリフがないことでしょう。最初から最後までひとりの男の人生を描きながら、言葉が出てきません。そして引きの絵を多用します。無人島で暮らす男の孤独感、人間と島の対比をビジュアルで表現しています。以上2つの演出が象徴している本作のテーマは明らかに「自然」だと思います。では自然のなにを描こうとしているのかといえば、その雄大さや恐ろしさ、それと対比される人間の小ささでしょう。

たとえば冒頭は男が大波に飲まれて船から投げ出され、無人島に漂流するまでの過程を描きます。大きな海の中でただ一人成されるがままの男の姿は、なんとも情けないものです。生きるか死ぬかの決定権は完全に自然の手に委ねられています。また、島に上陸してからのスコール、家庭生活を築き始めた矢先に訪れる大津波の描写には、人間の力ではどうすることもできない自然の力強さ、理不尽さが込められており、素朴でシンプルなアニメーションがその脅威を飾り気なく伝えてくれます。

ちっぽけな人間と雄大な自然。小動物すらほとんど登場せず、いるのはせいぜい蟹と鳥と亀という、人間対自然の一対一の戦いです。ハッキリとしたこのコントラストから浮かび上がってくるのは「生」と「死」だと思います。文明的な匂いがほとんど排除された無人島での生活は常に死と隣り合わせです。いつまた大嵐がやってくるかわからないし、もしかしたら噴火で島ごと沈むかもしれません。そうやって「死」が強烈に意識される世界では逆説的に「生」への執着やこだわりが生まれます。「死にたくない」と感じるからこそ、強く「生きたい」と願うのです。ほとんどの人はサバイバル経験なんてないと思いますが、いつの間にかこの男に感情移入し、彼と同じように苦しみ、喜び、「生きてくれ」と応援したくなります。生きることへの欲求を刺激してくれる不思議なパワーがこの映画には備わっているんじゃないでしょうか。

人類の原始の記憶

この映画でもう1つの大事な要素、それは予告編やポスターで徹底的に隠されていた「家族」の存在です。

無人島に流れ着いた男は丸太で船を作り脱出を試みますが、赤い亀によって毎回妨害されてしまいます。気力を失ってしまった彼は、偶然にも赤い亀が上陸するところを発見し、怒りに身を任せて叩き殺してしまいます。そうして時は流れ、亀の死体を見ているうちに罪悪感が湧いた男は亀の身体を守るために丸太と葉で屋根を作ってやるのですが、そのおかげでしょうか、亀の甲羅から赤毛の女性が産まれるのです。非常にドキッとする場面でした。暫くしないうちに彼らは結ばれ、子どもを産み、3人家族となるのです。

海からやってきた生き物が女性に化け、男を誘惑するというプロットは日本の「天の羽衣伝説」や先日紹介した『ソング•オブ•ザ•シー』のモチーフにもなっている「セルキー神話」にも通ずるものがあります。楽園に男女ふたりというのも神話チックで旧約聖書のようです。ここからの展開は非常に神話的•民間伝承的な要素を含んでおり、人類の原始の記憶を辿るような物語になっています。すなわち、神のごとく理不尽に猛威を振るう自然とときに対立し、ときに調和しながら命のバトンを繋ぐ、壮大な人類史の抽出になっているのです。

もっとシンプルな見方をすれば、無人島に暮らす3人の物語は人生の縮図とも捉えられます。まずは男と女が出会い、子供を産みます。そして子供が大きくなると島の外にある、海の向こうのもっと広い世界に夢を抱き、飛び出して行き、両親は子供の幸せを願いながら老いて死を迎えるのです。観客は切なくも尊い、ひとりの男の人生の始まりと終わりを90分の間に追体験することになります。ラスト、男の死後に妻は再び赤い亀に戻り、故郷だった海に帰っていきます。長い長い男の一生が終わり、島には静かで静的な時間が戻るのです。生と死の間で荒波に揉まれ、幸せな生活を手に入れた男の旅は安らかに終着点へとたどり着きます。あれだけ怖れていた「死」が穏やかで幸せなものに感じれるのです。「やっと終わったんだ」という気分にもさせられます。

「スタジオジブリ最新作」の言葉に釣られて無人島での大冒険活劇を期待していた観客は気の毒ですが、先入見を排除し、素朴で雄大なドラマとしてみれば、これ以上ないぐらいの傑作です。レイトショーでの鑑賞を終え、閑散とした映画館を歩きながら噛み締めた余韻の味は一生忘れられないかもしれません。

Eyecatch Image:https://www.youtube.com/watch?v=WGs9QQsN8vE

Writer

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トガワ イッペー

和洋様々なジャンルの映画を鑑賞しています。とくにMCUやDCEUなどアメコミ映画が大好き。ライター名は「ウルトラQ」のキャラクターからとりました。「ウルトラQ」は万城目君だけじゃないんです。

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