Menu
(0)

Search

ハリウッドの日本描写、いかに間違っていたか ─ 「SHOGUN」海外プロデューサーが語る「これまでの過ち」と「日本への希望」【ロングインタビュー】

「SHOGUN 将軍」プロデューサー ジャスティン・マークスとレイチェル・コンドウ
©︎ THE RIVER

──このドラマを観て感激したポイントは無数にあります。その中で印象的だったのは、鞠子(アンナ・サワイ)が通詞として通訳を行う場面で、同じセリフを日本語と英語で繰り返すシーンが多かったことです。初めに日本人が日本語でセリフを言い、それを鞠子が英語で訳し直す。つまり、同じセリフが2度繰り返されています。ペース作りやテンポ作りに苦労はありましたか?

レイチェル:第2話で、通訳の声が消失していくシーンがあるのですが、そこはとても力強いと思いました。彼らが直接やりとりをしているところを想像するだけでも、とても面白いと思います。

「マンダロリアン シーズン3」「アソーカ」解説

繰り返していくうち、ジャスティンと理解に至ったことがあって、それは「この物語は翻訳についての物語だ」というものです。つまり、いかに自分自身を、新たな文化の中で“翻訳”するか。私たちは何を求めているのか。何を目指しているのか。それをどう翻訳するのか、ということです。

ペース作りでいうと、あなたの言う通りで、確かに難しかったです。大切なのは、「なぜ時間を使って通訳する様子を見せる必要があるのか」ということ。そこには選択肢があるからです。鞠子は、常に(訳す言葉や訳さない言葉を)選択しているのですね。そこに見応えがあります。

SHOGUN 将軍
© 2024 Disney and its related entities

ジャスティン:本作の編集には3名の素晴らしいスーパーバイザーに参加いただいています。この3名は、程度の差こそあれ、日本語と英語を話しました。一人は英語だけを話し、ミヤケ・アイコは母国語が日本語、第二言語が英語。そして3人目のトーマスは日本語も英語も堪能でした。彼らがきちんとシーンを共有していることが大切でした。

例えばアイコがシーンを見たとき、彼女の耳は自然と日本語をとらえます。ここの日本語がおかしいとか、テンポ作りのために早く切られ過ぎているとか、そういった違和感があれば、アイコが指摘してくれました。通詞のシーンは、話者2人と通詞1人の、3人の間で行われる出来事なので、そうした指摘が極めて重要でした。

視聴者としては、会話をテンポよく見せるために、通訳をカットしたいと思うことがかなり多くありました。しかし「SHOGUN 将軍」は、レイチェルが言ったように、翻訳についての物語なのです。だからこそ彼女(鞠子)は、なくてはならない存在です。通訳したくないような言葉をどう通訳するか思案するにつれて、彼女の表情が変化していくのを見ることができます。

異なる言語を話す人とZoom会議をやったことがある人なら、そのシーンをドラマチックに仕上げるのがいかに難しかったか、わかると思います(笑)。自分が発言した後に、通訳を待つ。そして誰かが発言したら、また待つ。待ちの時間がかなり発生するんですよね。通訳を待っている間、自分の手をぼーっと眺めたり(笑)。

だから、通詞のシーンは編集段階でかなり大事なものでした。私たちの狙いは、それをアクションシーンのように感じてもらうことでした。

──プロデューサーとして、日本語のセリフによる演技の良し悪しを、どう判断していたのですか?

ジャスティン:素晴らしい質問です。まず、2人の脚本スーパーバイザーがいました。ひとりは日本語を、もうひとりは英語を話すのですが、これは珍しいことです。リズムや言葉遣い、発声が正しいかどうかは、常に確認していました。俳優の演技が正しいかだけでなく、そもそもセリフとして正しいかについても。

私たちのような非日本語話者プロデューサーが見た時には、心の声に従えるかどうかです。スクリーンの向こう側を信じられるか、もしくは信じられないか。現場では、英語と日本語の両サイドのセリフを目で確認する作業を繰り返しました。そして、「彼女はこれから重要なセリフを言う演技をする」と見て、注意を払って観ました。日本語で何を言っているのかは分かりません。でも、何を伝えようとしているかは分かります。

レイチェル:役者の演技を後から英語に訳していく過程はとても面白くて、やり甲斐がありました。役者が何を言っていたのか、正確に分かりますからね。

英語の字幕は、脚本に書かれたことよりも、実際に話されたものに近づけていきます。なぜなら大抵の場合、俳優によって内面化された後のセリフや、感情というフィルターを通された後のセリフは、かなり違うものに変化しているからです。脚本に書いたものよりも、ずっとずっと良いものになるんですよね。より具体的で、ニュアンスのある、そして力強いセリフに変わっているんです。だから、英語に訳し直した後に、「こんなに良いセリフにしてくれた!」って、すごく興奮するんです。

ジャスティン:まるで伝言ゲームです(笑)。私たちの元に戻ってくるまでの過程の中で、完全に進化しているんです。

私は多くのアメリカの若者同様、日本の時代劇映画を観て育ちました。例えば古い黒澤映画などですが、こうした作品の字幕は、第三者によって付けられています。だから、おそらく映画製作者の意図とは離れた字幕になっていると思うんです。なぜなら、映画製作者がそこまで手をかけたいわけではないからです。でも私が思うに、我々が言葉を愛しているのなら、映画製作者はその作業から離れてはいけないのだと思います。

SHOGUN 将軍
© 2024 Disney and its related entities

レイチェル:英字幕付けについては私たちも戦いましたし、交渉もしました。感嘆符も、エンダッシュ(-)も、省略記号も、すべてに意図を込めて字幕化しています。ジャスティンとはたくさん戦いました(笑)。

ジャスティン:字幕を見ずに日本語だけで本作を見る日本の観客は、これらのセリフが英語で書かれているものだと理解することが重要です。そして一般的に、翻訳される時は必ずしも綿密な管理がされているわけではありません。

でも「SHOGUN 将軍」では、素晴らしい通訳のチームがいてくれて、ダイアログを磨き上げてくれました。ヒロさんたちも、現場で役者たちのセリフに細心の注意を払ってくださいました。きちんと正しい表現かどうか、もう少し近い表現ができないか、と。

アメリカ人のために作られた字幕は、観客と登場人物との間に距離を感じさせるようなものが多過ぎます。「SHOGUN 将軍」はその真逆です。なぜなら、このドラマは二つの文化の架け橋となる作品だからです。だからこそ本作では、新しい形を探りました。

レイチェル:それと同時に、「消えるような字幕」になるように心がけました。字幕を読みながらも、読んでいることが気にならないようなものです。映像も見て、字幕も読んで、というのは、アメリカの視聴者にとって多くを求めすぎるようなものです。

──ちょうど今、欧米の視聴者は字幕鑑賞に慣れ始めた頃だと思いますか?「SHOGUN 将軍」はまさにそのベストタイミングに配信されると思いますか?

レイチェル:この状況は予想していたものではなく、数年前までは願ってもないことでした。3〜5年前でさえ、やや時期尚早だったかもしれません。でも最近では、たくさんの人が字幕で鑑賞しています。英語話者が、英語の字幕で鑑賞しているくらいですよ。いろいろな事情で、聞き取りにくかったり、理解しにくかったりするからです。だから、「イカゲーム」がヒットした今のタイミングで「SHOGUN 将軍」が登場するのは、本当にバッチリだと思います。

──『ゴジラ -1.0』もありましたね。

ジャスティン:『ゴジラ -1.0』は、僕の昨年のベスト映画です。すごく感動しましたし、とても美しかった。素晴らしい映画でした。

──本作には原作となる小説があることを理解しています。実は日本では邦訳版が絶版になっていて、手に入らない状況なのです。僕も入手を試みたのですが……。また、このドラマがリミテッドシリーズであることも理解しています。それでもあえてお尋ねしますが、シーズン2の可能性はありますか?

ジャスティン:本作は原作小説に忠実で、小説の結末までを映像化しています。この物語の主であり、ストーリーテラーであるジェームズ・クラベルがいなければ、この物語をどう展開して良いのか分かりません(笑)。

ですので、答えるのは難しいですね。この作品には5年を費やし、すでに原作小説を描き切ったので、もう地図がありません。仮にやるとしたら、どれだけ時間がかかるか……。

レイチェル:その頃には、もう私たち死んでいるかも(笑)。

ジャスティン:しかし、原作小説が日本では絶版というのは興味深いですね。ジェームズ・クラベルが1970年代に書いた小説では、当時の日本人の名前の多くが、必ずしも歴史的に正確ではありませんでした。例えば鞠子という名前も、20世紀の女性の名前ですよね。でも今回は、あえてアメリカ人と日本人の両方に分かりやすいよう、この名前を尊重しました。

実は、日本の視聴者に敬意を払うため、原作小説の人物名を変えるべきかどうかという話が挙がったことがありました。しかし、アドバイザーのひとりが、1970年代の邦訳の時点で、すでに多くのことがなされていると指摘してくれました。なので今回は、邦訳の初版の内容に従っています。

レイチェル:邦訳版、探してあげますね(笑)。

Writer

アバター画像
中谷 直登Naoto Nakatani

THE RIVER創設者。代表。運営から記事執筆・取材まで。数多くのハリウッドスターにインタビューを行なっています。お問い合わせは nakatani@riverch.jp まで。

Ranking

Daily

Weekly

Monthly