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ジョン・ボイエガ、レティーシャ・ライト出演、魂の人間ドラマ「スモール・アックス」 ─ 歴史を動かした「小さな斧」たちの闘志とは?

スモール・アックス
©︎ McQueen Limited

かくも小さな闘志が、やがて歴史を動かすことになる。

『それでも夜は明ける』(2013)で黒人監督史上初のアカデミー賞作品賞に輝いたスティーヴ・マックイーン監督による最新作は、異例の“映画アンソロジー・シリーズ”である「スモール・アックス」。人々の闘志が力を与え、心を躍らせ、そして世界を変えることを教えてくれるエネルギッシュな全5編だ。

主な出演者は『ブラックパンサー』(2018)でシュリ役を演じたレティーシャ・ライト、『スター・ウォーズ』シリーズのフィン役で知られるジョン・ボイエガをはじめとする実力確かな英国俳優たち。1960年代~1980年代のロンドンを舞台に、マックイーンは自らのルーツであるカリブ系コミュニティの人種差別の歴史を描き出した。

本作は、アカデミー賞の前哨戦として知られるロサンゼルス映画批評家協会賞で『ノマドランド』(2020)を抑えてテレビシリーズ初の最優秀作品賞を受賞。そのほか数々の映画賞で受賞・ノミネートされたほどの高評価とあって、早くからクオリティの高さはお墨付きである。

異なる切り口とジャンルで描く黒人文化と差別の歴史

『それでも夜は明ける』でブラック・ムービーの印象が強いマックイーンだが、ストーリーテラーとしての大きな魅力は、濃厚な人間ドラマをダイナミックに描破してみせる手腕にある。

北アイルランド紛争を背景に活動家の抵抗を描いた『HUNGER/ハンガー』(2008)、性依存症の苦しみと無力感を描いた『SHAME -シェイム-』(2011)、そして社会構造の不均衡に対する眼差しを存分に含んだ犯罪エンターテイメント『ロスト・マネー 偽りの報酬』(2018)。語り手としての幅広さと奥行きの深さは、異なる5つの物語から一枚絵を描き出すという本作のコンセプトにぴったりだ。

スモール・アックス 第1話『マングローブ』
©︎ McQueen Limited

「スモール・アックス」の第1話『マングローブ』は、カリブ系住民に愛されるレストランのオーナーら9人が白人警官への抗議デモののちに逮捕され、警察相手に裁判を戦う法廷劇。第2話『ラヴァーズ・ロック』はレゲエのハウスパーティーで出会った2人の男女を描く青春恋愛映画。第3話『レッド、ホワイト&ブルー』は、優秀な黒人青年が白人警官の暴行を受けたあと、組織を変えるべく警官になり、社会や組織の理不尽に直面していく組織ドラマ。そのほか第4話『アレックス・ウィートル』と第5話『エデュケーション』を含め、黒人差別を背景に、全5話すべて異なるジャンルの物語が紡ぎ出されていく。

もともと本作の構想が最初に動き始めたのは、マックイーンが映画デビュー作『HUNGER/ハンガー』を完成させた直後のことだった。当初は連続性のあるテレビシリーズとして製作しようというアイデアだったが、のちにひとつひとつの物語を独立した映画として作ること、同時にそれぞれが大きな作品を構成するパーツとなることが必要だと考え、現在の構想に近づいていったという。

スリリングなサスペンスや胸を打つラブストーリー、若者たちの成長譚など、各話ごとにスタイルを変えていく「スモール・アックス」には、その根底に社会への痛烈なメッセージがあり、同時に黒人文化への深い愛情がある。シリーズを通して観ることで、黒人差別の歴史と、黒人コミュニティの豊かな文化が多面的かつ多層的なものとして浮かび上がるのだ。5話中4話は実話に基づく物語だが、イギリス本国でさえあまり知られていない事実も多いそう。しかし彼らの意志と行動は、間違いなくその後の社会を少しずつ変えてきたものだ。

タイトルの「スモール・アックス」はボブ・マーリーの同名レゲエ曲から取られたもので、その歌詞には、黒人奴隷貿易に起源を持つアフリカ系黒人コミュニティに伝わることわざ「If you are the big tree, we are the small axe(おまえが大きな木なら、俺たちは小さな斧だ)」が引用されている。これは権力者を“大きな木”、自らを“小さな斧”にたとえた言葉だが、本作はまさしく“大きな木”に“小さな斧”の数々が振るわれる様子をじっくりと描出するのである。

スモール・アックス 第1話『マングローブ』
©︎ McQueen Limited

レティーシャ・ライト&ジョン・ボイエガとBLM運動

「スモール・アックス」で描かれるエピソードの数々は、2020年に大きな話題となったBlack Lives Matter(BLM)運動を想起させるものだ。本作はBLM運動よりも早くから準備されていたが、期せずして時代にぴったりフィットするシリーズになったのである。

2020年5月、アメリカで白人警官の暴力によってアフリカ系アメリカ人男性のジョージ・フロイド氏が死亡する事件が発生。全米で大規模な抗議デモが開かれ、Black Lives Matterというスローガンが世界中で聞かれるようになった。翌6月、マックイーンは『マングローブ』『ラヴァーズ・ロック』をフロイド氏に捧げるとの意志を表明している。

たとえば『マングローブ』で描かれる抗議デモを観ると、2020年のデモの風景を否応なく思い出すことになるだろう。これは作品をタイムリーなものに仕立てたわけでも、単なる偶然でもなく、そもそもBLM運動や黒人差別問題には長い歴史が横たわっていることを意味する。その他のエピソードでも「これは現在の問題では?」と目を疑うような出来事がいくつも描かれるが、それは“小さな斧”の数々によっても変えられなかった問題が今も残っているということ。観る者はその事実の重みに戦慄するほかない。

スモールアックス
©︎ McQueen Limited

出演者のレティーシャ・ライトとジョン・ボイエガは、ともに2020年のBLM運動において自身の考えを広く公言していたことで知られる。特にボイエガはロンドンのデモに参加し、メガホンを手にスピーチしたことが映画ファンの間でも大きな話題となった。

ライトが演じたのは、『マングローブ』でブリティッシュ・ブラックパンサー運動の主導者として裁判に臨んだアルシア=ジョーンズ・ルコワント役。かたやボイエガは第3話『レッド、ホワイト&ブルー』で警察組織を内部から変えたいと願う青年リロイ・ローガン役を演じ、ゴールデン・グローブ賞の助演男優賞に輝いている。

ともに実在の人物であるアルシアとリロイを演じるため、ライトとボイエガは時代背景のリサーチを重ねたほか、本人とも対面した上で入念な役づくりに臨んだ。ライトはアルシア本人の訛りを習得すべく訓練を積み、ボイエガはリロイ自身から細かなエピソードを取材。『スター・ウォーズ』フィン役のイメージが強い観客には意外なほど、見事に抑制の効いた演技によって、怒りと悲しみを内に秘めた青年を体現してみせた(そんな中、『スター・ウォーズ』絡みのジョークが飛び出すのは一種のお楽しみである)。

スモール・アックス 第3話『レッド、ホワイト&ブルー』
©︎ McQueen Limited

ライトとボイエガをはじめとする俳優陣は、それぞれの物語に人間ドラマとしての厚みをもたらした。俳優陣のアンサンブルと、マックイーンが得意とする卓越した心理描写によるストーリーテリングが、いわば本シリーズの“背骨”として観客の関心と視線を惹きつける。出演者には日本であまり知られていないキャストも多いが、逆に言えばそれだからこそ、ある意味では“名もなき市井の人々の物語”として、より深く作品に没入することができるはずだ。

もっともマックイーンは、本作が黒人コミュニティの歴史や文化を描いているために、観客から“黒人固有の物語”として受け止められるのではないかという危機感も抱いていたという。それでも国や地域、人種を超えて物語が届きうるのは、本作の“背骨”が、ほかでもない人間ドラマだからだ。監督はシリーズの出来栄えに胸を張る。

「(本作は)韓国映画や台湾映画、イタリア映画と同じ。人間ドラマとは普遍的なもので、あなたがどこに生まれ、どんなふうに育ったかは大きな問題ではありません。皆さんに人間ドラマとして共感してもらえる物語だと思います。人々が意志の力で逆境を乗り越えることを描いていて、それは世界のどこに生まれた人に対しても通じるものですから。」

スモールアックス
©︎ McQueen Limited

「スモール・アックス」は「スターチャンネルEX」にて独占配信中。

Writer

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稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。THE RIVERほかウェブ媒体、劇場用プログラム、雑誌などに寄稿。国内の舞台にも携わっています。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。

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