トム・マッカーシー監督、『スティルウォーター』を解説 ─ マット・デイモン主演、正義を問うスリラーの裏話

2015年の『スポットライト 世紀のスクープ』でアカデミー賞作品賞・脚本賞を獲得したトム・マッカーシー監督による新作『スティルウォーター』が、2022年1月14日より日本公開となった。フランス・マルセイユを舞台に、殺人罪で捕まった娘の無実を証明するため、父親が真犯人を探し出すというサスペンス・スリラーだ。
本作で描かれるのは、倫理観がえぐられるような、静かながら力強い人間ドラマ。マット・デイモンが演じる寡黙で保守的な男が、娘のために右も左も分からない異国の地で悩み苦しみながら、時に大きなリスクを冒して自らの正義を遂行しようとする。
THE RIVERでは、監督のトム・マッカーシーに単独インタビュー。物語のテーマから、撮影中の興味深いエピソードまでを聞くことができた。

『スティルウォーター』トム・マッカーシー監督 単独インタビュー
──マット・デイモンが演じたような男が主人公として描かれているのが興味深いです。今作のデイモンはジェイソン・ボーンではないし、宇宙飛行士でもない、ただの労働階級の一般人です。トランプ政権下で評判を落としたところもある、保守的な白人ですね。こういったタイプの人物を通じて、彼らの人間性や視点を伝えたかったのですか?
そうですね。もともと本作に着手し始めたのは10年以上前のことで、もちろんトランプ政権以前でしたし、この国がこんなにも分断されてしまうよりも前のことでした。私たちは、そういう人たちへの思いがあるし、そういう人たちも私たちに対して思うことがあるでしょう。「そういう人たち」「ああいう人たち」という言い方が出ていますが、なんだか私たちは、もう(一律的な)アメリカ人じゃない気がする。それくらい、私たちは分断されているんです。
それで、今作の脚本に改めて向き合ってみたときに、あぁ、ビル・ベイカーならおそらくドナルド・トランプに票を投じただろうなと(笑)。彼はオクラホマ在住で、石油採掘の現場仕事をしていて。そういう男なら99.9%トランプに投票するでしょう。私は、人として、極論言うとライターとしても、フィルムメイカーとしても、この男についてもっと知りたいと思うようになりました。
なかなか大変でしたよ、自分の考えを脇に置いて、この男はどんな男だろうかと深掘りしていくのはね。(ビル・ベイカーと似たような)人々に取材をして、一緒に時間を過ごしたんです。内心、ちょっとビビってたんですよ。だって国中ピリピリしていたし、我が国のリーダーを支持する人々には怒りがありましたから。正直、そのリーダーは悪い人だと私は考えているんですけれども。
私としては、しっかり理解をしておきたかったんですね。彼らはどういう人々で、それは自分にとってどういう存在であるのかを。そのために、現地に旅をして、彼らと同じ時間を過ごす、ということをやりました。すると、なんと実際には彼らはすごく素晴らしい人々だったということが分かったんです。相違点よりも、むしろ共通点の方がずっと多いぞと。そうなると突然、「そういう人たち」が「アメリカ人の仲間」に変わったんです。
まさにクレイジー・ジャーニーでした。この国に対する私の人生や理解に、筋が通るようになったんです。あなたのおっしゃるように、究極的には彼を昇華させたかった。彼はヒーローだとは思いませんが、でも主人公なのです。だから彼に多面性を与えて、人間性を与えようとしました。

──ビル・ベイカーは娘を救う過程で、法的なリスクも冒しますし、躊躇なく暴力も使います。自分の正義を遂行するために、倫理的にグレーなところを行っていますが、その点についてはいかがですか?
いい質問ですね。本作はスリラー映画なんですよ。『48時間』みたいに、悪党が登場するわけですね。でもそこでは(暴力行為は)大したことじゃないでしょう?ところが今作では、彼の取る行動には重要性が生じてくる。そして、その行動の是非はどうだったのかと、我々は批判的に見ることもできる。彼に責任すら負わせられると思います。
彼にとっては、目的達成は倫理的にマスト。しかし結果的に、そこには疑問が湧き上がってくるわけです。ビルにとっての最善は何か?家族にとっての最善は?そして国にとっての、世界にとっての最善とは?と。