【最速レビュー】『TENET テネット』クリストファー・ノーラン監督のベストアルバムにして新境地、物語職人の熟達を見よ

新型コロナウイルスの影響によって一時停止を余儀なくされたハリウッドから、“ポスト・コロナ”最初の大作映画がやってくる。『ダークナイト』3部作や『インセプション』(2010)『インターステラー』(2014)などのクリストファー・ノーラン監督による最新作『TENET テネット』だ。2020年8月26日から世界順次公開となる本作は、世界の映画館がコロナ禍から復活する、その期待を一身に背負っている。
9月18日(金)の日本公開を控え、筆者は本作をいち早く観賞する機会に恵まれた。厳しい秘密主義で知られるノーラン監督の最新作である、ストーリーには触れないように細心の注意を払いつつ、当然ネタバレは一切なしで、本作の魅力を少しだけ紐解いてみよう。もちろん、この文章を読んだ程度で味わいが損なわれるようなヤワな一作ではないのでご安心いただきたい。
物語職人、クリストファー・ノーランのさらなる洗練
デビュー作『フォロウィング』(1998)から前作『ダンケルク』(2017)まで、クリストファー・ノーランの作品は、360度どこから見ても欠点がないように作り込まれた彫刻や造形物のようだ。それは必ずしも“完璧な映画”という意味ではない。作品のどこを切り取っても、そこにノーランの意志と狙いがあるように思えてならない、ということである。その狂気的な作り込みゆえにノーラン作品は愛され、同時に反感を買ってもきた。
ノーラン作品の特徴のひとつに、時系列を巧みに操るストーリーテリングがある。たとえば『メメント』(2000)で見せた時間軸の操作法は世界の度肝を抜き、『インセプション』(2010)『インターステラー』(2014)では時間の流れるスピードによってサスペンスや人間ドラマを掘り下げてきた。〈時間〉のトリックで観客を驚かせる構造、ミステリ作家のように謎解きへと全力投球する姿勢は、映像によって物語を語る、まぎれもない“物語職人”ならではのもの。それが作品に対し、徹底的に作り込まれた印象を与えた側面もあっただろう。
今回、『TENET テネット』でノーランは〈時間の逆行〉を描いている。主人公の男(ジョン・デヴィッド・ワシントン)は、時間のルールを脱出し、第三次世界大戦の脅威から世界を救うというミッションを与えられるのだ。その任務の中身については、むろんここでは記さないことにしておこう。ここには、過去のノーラン作品と同じく、とことん練り上げられたストーリーテリングと“謎”がある。

それにしても曲者であり、そして最大の魅力なのが〈時間の逆行〉だ。これについては、あれこれ説明するよりも予告編を観てもらったほうが早いだろう。しかし、そもそも時間が逆行するとは一体どういうことなのか。時間が逆行すると何がどうなるのか? ノーランによると、本作には『インターステラー』の科学考証を担当した理論物理学者のキップ・ソーンが再び参加し、脚本への助言を与えたという。つまり、今回も『インターステラー』ばりの世界観とロジックが用意されているのだ。その難易度たるや、正直に記せば、ノーラン史上最高級といって言いすぎではない。
ここで筆者が記しておきたいことはふたつある。ひとつは、「一瞬たりとも目を離せば置いていかれてしまうのではないか」という緊張感が、ノーラン作品の醍醐味のひとつであり、その意味で、本作はまぎれもなくその最高峰を味わわせてくれるということ。そしてふたつめは、たとえロジックに置いていかれても、それは問題ではないということだ。ロジックに置いていかれることと、物語に置いていかれることは別の問題だからである。たとえば『インターステラー』の場合、究極的には家族劇であり、それが多くの観客の心を打った。今回も同じく、物語に“究極的には…”が用意されている。だから、ロジックの難しさを今から必要以上に心配しなくてもいいだろう。
一方で、たいへん僭越ながら筆者がアドバイスするならば、それは“ロジックがわからなくなったら深追いするべからず”ということだ。今回、ノーランは2時間半という上映時間をすさまじい速さで突き進んでいく。その勢いたるや、「わかったでしょ? 次に進みますからね、わからない人は見直してね」という、さながら大手予備校講師の授業のよう。逆に言えば、それは「観客には伝わるにちがいない」という、ノーランから私たちへの信頼の証だ。けれど、ロジックを深追いしたばかりに深みにはまってはもったいない。
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