映画『モーガン夫人の秘密』で考える不倫の心理 ─ 人妻は、夫に隠れて敵国の男と寝ていた

いけないと分かっていても、溺れてしまう。
第二次世界大戦直後を舞台に、キーラ・ナイトレイ演じる人妻が、アレクサンダー・スカルスガルド演じる敵国の男と禁断の不倫関係に陥る映画『モーガン夫人の秘密』が、2019年10月2日よりブルーレイ&DVDリリースとなる。良作揃いのFOXサーチライト・ピクチャーズ作品、キーラとアレクサンダーのほか、夫役に『猿の惑星:新世紀』(2014)などの名優ジェイソン・クラークが出演、製作総指揮にはあのリドリー・スコットが参画した注目作だが、日本では劇場未公開となっていた。
なぜ彼女は、夫がいながらも他の男と身を重ねたのか。それも相手は、かつて息子の命を奪ったドイツ側の男なのに……。この記事では、『モーガン夫人の秘密』で描かれる人妻レイチェルの揺れる心情を、映画未見の方でもお楽しみ頂けるように考察していく。
『モーガン夫人の秘密』あらすじ
『モーガン夫人の秘密』で描かれる舞台は1945年、第二次世界大戦で連合国が勝利した5ヶ月後だ。イギリス人のレイチェルは、ドイツのハンブルクに駐留する夫ルイスのもとへ向かう。ふたりは戦時中、ドイツ軍による空襲で息子を亡くしていた。その辛い記憶は夫婦関係に暗い影を落としていたが、彼らはまた一緒に暮らすことで絆を取り戻し、過去を乗り越えたいと願っていた。
夫妻は軍が接収した邸宅に住むことになり、ルイスは同情から、元々その邸宅に住んでいたドイツ人建築家のルバートと彼の娘を追い出さずに、一緒に住むことを許す。こうして、敵国同士だったモーガン夫妻とルバート親娘の、奇妙なシェアハウス生活が始まる。
夫のルイスは仕事で留守にすることが多くなり、レイチェルは孤独を募らせていく。そんな折、ルバートも空襲で妻を失っていた事実を明かされる。レイチェルとルバートは、敵国同士の関係を越え、共に戦争の被害と孤独を抱えた存在なのだとお互いに気付いてしまうのだ。やがてふたりの思いは、許されない恋へと進化していき……。

SVR理論で考える、レイチェルとルバートのいけない恋
男女が不倫に至る経緯は様々だが、その典型のひとつが「淋しかったから」というシンプルなもので、レイチェルとルバートもその例に漏れない。実際のところ2人は、本来のパートナーの不在(または死別)の穴を埋めるためにお互いを求めたのだ。
いけないこと、だろうか。心理学者の福島哲夫氏は「人類史上において、不倫、つまり結婚外での恋愛は繰り返されてきていますし、僕個人としては心のバランスを保ち、心の不足を補うための不倫は絶対にダメと言い切れないような気がしているんです」と、書籍『人はなぜ不倫をするのか』の中で述べている。
『モーガン夫人の秘密』におけるレイチェルとルバートの危険な恋はどのようにして発展したのだろうか。福島氏は、恋愛心理学における「SVR理論」を紹介している。これは、社会心理学者マースタインが提唱した理論で、パートナーを決めるプロセスは次の3段階に分けられる、というものだ。
S(Stimulus、刺激):出会いから初期の段階。ここでは相手の外見、声、性格や社会評価などからの刺激が重視される。
V(Value、価値):恋愛関係にあるステージ。ここでは趣味や価値観の共有が重視される。
R(Role、役割):結婚や共同生活を始めるステージ。ここではお互いの役割を理解し、補完し合う関係であることが重視される。
福島氏が「恋愛というのは、このように推移することから免れられません」と述べるように、レイチェルとルバートの場合も、このSからV、VからRへの発展を劇的に遂げている。まずはS(刺激)にあたる出会いだが、2人の場合は極めてネガティブ。イギリス人とドイツ人は憎み合っていて、特にレイチェルはドイツ側の空襲によって愛する息子を失っている。ルバートはモーガン夫妻を友好的に迎えるよう努めるが、レイチェルは顔を強張らせて応えようとしない。ルバート邸にはバウハウス派(ドイツ由来の近代デザイン哲学)の家具も置かれていたが、レイチェルは「醜い」と吐き捨てるほど。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。

あれ?S(刺激)として上手くいっていないのでは?どうやら人の好意というのは、0点から100点まで積み上がることよりも、マイナス100点だったところに何らかの転換が生じてプラス100点に裏返ることのほうが起きやすいらしい。レイチェルの場合、ルバートに過去を打ち明けられたことだった。
実はルバートも、連合国軍の空爆によって妻を失っていたのだ。この映画の原題は『The Aftermath』、つまりモーガン夫妻もルバートも、戦争の「余波」に呑まれた等しい存在だったわけである。そこには敵も味方もなく、あるのは孤独と哀しみだけ。
直後、イギリス軍大佐である夫ルイスは任務のため、家を留守にしがちになり、ついには出張のためしばらく不在にしなければならないという。既に息子を失っているレイチェルは、夫に行かないで欲しいと涙ながらに訴えるも、聞き入れられない。その孤独を埋め合わせてくれるのは……。
「SVR理論」で考えれば、この場合はV(価値)とR(役割)のステージがほぼ同時に発生していると言える。互いに愛する者を失った同士。息子を亡くし、夫に取り残されたレイチェルと、妻を亡くし、敗戦国側のルバートが抱えている「行き場のなさ」は同じで、V(価値)の恋愛関係に至るのはほとんど必然的。加えて夫が家を出ると、残った彼女らは一つ屋根の下での共同生活、R(役割)のステージである。そこからはもう、燃え上がる炎のよう。
観る側としては、これはレイチェルとルバートが不倫関係に陥る映画だと分かっているから、「いつ始まってしまうのか」というハラハラ感を味わうことが出来る。そして一度コトに及べば、キーラ・ナイトレイとアレクサンダー・スカルスガルドが、この危険な情事を生々しくも美しく演じる。

愛着理論で考える、『モーガン夫人の秘密』の三角関係
しかし不倫モノというのは、ある時点でその関係がバレてしまうのがお決まりだ。ジェイソン・クラーク演じる夫ルイスは出張で留守のはずなのに、予想外のタイミングで帰宅してくる。このイギリス軍大佐とて賢い男。やがて、不貞の関係を悟るわけだ。この三角関係はヒリヒリする。

実は、人の不倫のしやすさには、精神科医ジョン・ボウルヴィらが提唱した「愛着理論」における「安定型」「回避型」「不安型」という分類が影響すると、書籍『不倫』の中野信子氏は指摘している。
「安定型」の人は、文字通り、他者とのフランクな関係の構築が得意な傾向があります。一方、「回避型」の人は他者と深い関係を築くことに及び腰です。また「不安型」の人は他者に対する過度の期待から依存やその裏返しの失望、喪失の危機感を抱く、という傾向があります。
『モーガン夫人の秘密』で三角関係に陥るレイチェル、ルイス、ルバートの3人も、この3タイプに当てはめることができる。レイチェルは夫から受け取るべき愛に飢えており、孤独を受け入れたくない「不安型」。中野氏によれば、「誰かがそばにいてくれないと不安」「その人のことを本当に愛しているかは別として、そばにいてくれる人がいれば常にしがみつく、というタイプ」だ。
ここで言う「回避型」は非社交的という意味ではない。なので、軍の大佐として仕事に熱をあげる一方で家庭をないがしろにする夫ルイスは「回避型」と考えて良いだろう。「回避型にとっては性的な結びつきはさほど重要ではないのに対して、不安型の人にとっては非常に重要な意味をもちます。」
そしてルバートは「安定型」だ。敗戦国の人間である立場でありながらも、敵国のモーガン夫妻に友好的な態度を見せているし、邸宅内ではルイスにも臆さず声をかける。アレクサンダー・スカルスガルドが演じたことによって、この人のそばにいたいと思わせる優しげな雰囲気を醸し出している。ジェームズ・ケント監督は「彼には静寂さや哀愁が漂っている。ルバートも繊細な建築家という設定なんだ」と語っている。

こう分類してみると、不安型のレイチェルと安定型のルバートはなかなか合理的な関係だ。「不安型の人が安定型の人と恋愛関係を築くことができれば、不安型の人の愛着スタイルが安定傾向に向かうことが、十分に考えられます。」「たとえ不倫であっても、不安型の人が安定型に近づくことで仕事はうまくいき、バレない限りにおいては、結婚相手との生活もむしろ安定化するでしょう」と中野氏は述べている。
しかし、不倫は不倫である。レイチェルとルバートの関係もやがてルイスのもとに露呈し、彼女らは大人としての決断を下さなくてはならない。夫ルイスとルバートの間で揺れたレイチェルは、最後に何を選ぶのか。製作総指揮を務めたリドリー・スコットが「3人のほとばしる情熱がここまであらわになるとは思っていなかった」と語る、スリルと官能に溢れるドラマチックな一作をお見逃しなく。日本では劇場未公開となってしまったが、FOXサーチライトがデジタル配信とブルーレイ、DVDで届けてくれる。深まる夜に、自宅でじっくり堪能したい。

『モーガン夫人の秘密』は、2019年10月2日(水)2枚組ブルーレイ&DVDリリース。デジタル配信中。
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参考書籍:亀山早苗(2016)『人はなぜ不倫をするのか』SBクリエイティブ
中野信子(2018)『不倫』文藝春秋