Menu
(0)

Search

【レビュー】『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』若き弟子トランプが、師匠を超えて怪物になるまで

アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方
© 2024 APPRENTICE PRODUCTIONS ONTARIO INC. / PROFILE PRODUCTIONS 2 APS / TAILORED FILMS LTD. All Rights Reserved.

かつてドナルド・トランプにも、物腰柔らかな態度で、相手の目をじっと見ながら話を聞き、穏やかに語りかける時代があった。今から約44年前、1980年10月に撮影されたインタビュー映像にはその様子がしっかりと記録されている(参考映像)。

当時のトランプは34歳。すでに父親の不動産会社を譲り受け、自らのビジネスを軌道に乗せ、成功に向けて走り出していた。その後トランプは、いかにして私たちの知る“ドナルド・トランプ”になったのか──。

アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方
© 2024 APPRENTICE PRODUCTIONS ONTARIO INC. / PROFILE PRODUCTIONS 2 APS / TAILORED FILMS LTD. All Rights Reserved.

映画『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』は、1970年代から80年代後半までの20年足らずを描くことで、「なぜ現在のドナルド・トランプは生まれたのか?」を解き明かしていく。映画の冒頭に登場するのは、まだビジネスマンとしても駆け出しの、大いなる野心とフラストレーションに満ちた20代の若者にすぎないのだ。

未納の家賃を回収するため、トランプは父親に管理を任されたマンションを訪れ、部屋のドアを一軒ずつ叩いて回る。しかし、住人たちから浴びせられるのは罵詈雑言や言い訳の言葉、あるいは小鍋いっぱいの熱湯だ(!)。そんな中でも、トランプはなんとか父や社会に認めてもらおうと奮闘する。父が政府に訴えられ、破産に追い込まれかねない現状を変えるべく、辣腕の弁護士ロイ・コーンのもとに駆け込んだ。

アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方
© 2024 APPRENTICE PRODUCTIONS ONTARIO INC. / PROFILE PRODUCTIONS 2 APS / TAILORED FILMS LTD. All Rights Reserved.

このロイ・コーンという男、政財界にリチャード・ニクソン大統領をはじめとする大物顧客を抱え、裁判で勝つためならば手段を選ばない、超優秀だが悪名高い弁護士である。トランプを気に入ったコーンは、多忙にもかかわらず依頼を引き受ける。そのかわりに提示したのは、「私の命令に100%従え」という条件だった。

脚本を執筆したガブリエル・シャーマンは、アメリカの有名雑誌にも多数寄稿している政治ジャーナリスト。以前からトランプへの取材経験があった彼は、2016年の大統領選のあと、トランプとコーンの関係に関心をもち、綿密なリサーチと取材を重ねて、初めての長編映画を書き上げた。

「きっかけは、“どうしてこんなことが起きたのか?”という好奇心でした。トランプとコーンの名前を別人のものに変えたとしても、これは十分にドラマティックな物語です。師匠が弟子に教えを授け、その弟子が師匠を超えていくのを魅力的に描いていますから。」

アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方
© 2024 APPRENTICE PRODUCTIONS ONTARIO INC. / PROFILE PRODUCTIONS 2 APS / TAILORED FILMS LTD. All Rights Reserved.

コーンはトランプに教える。「攻撃、攻撃、攻撃だ」「非を認めるな、全否定しろ」「どんな劣勢でも勝利を主張しろ、絶対に負けを認めるな」。それがコーンの考える“勝利の三原則”だ。どんな汚い手を使ってでも、コーンは自分のルールを破らない。トランプに依頼された政府相手の裁判を、理屈や倫理をぶち壊すメチャクチャな戦い方で切り抜けるのだ。しかし、乱暴で恐ろしいはずのコーンの進撃が、なぜかだんだん痛快なものに見えてくる──。

若きトランプの目にも、コーンの活躍ぶりはそう映る。弁護士でありながら法律をも意に介さないやり口に動揺を隠しきれないことはあっても、「大切なのは勝つことだ」と説かれると納得し、困ったときはコーンに泣きついてしまう。そうしているうち、トランプもまた勝利だけを目指すようになり、教えに従いながら数々の事業を成功させていく。

アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方
© 2024 APPRENTICE PRODUCTIONS ONTARIO INC. / PROFILE PRODUCTIONS 2 APS / TAILORED FILMS LTD. All Rights Reserved.

主人公のドナルド・トランプ役はセバスチャン・スタン。自身は反トランプ派を公言しているが、役名を隠しながら脚本を読んだところ、「これはアメリカン・ドリームの物語だ」と気づき、たちまち引き込まれて出演を快諾したという。

本作のスタンは、マーベル・シネマティック・ユニバースのウィンター・ソルジャー/バッキー・バーンズ役でも顕著だった、人間の“強さ”と“弱み”を行き来する繊細な心理表現に、『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』(2017)「パム&トミー」(2022)で見せたカメレオン俳優ぶりを融合。最初は気弱で心優しかった青年がみるみるうちに変貌し、最後には私たちのよく知るドナルド・トランプその人にしか見えなくなってくる

アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方
© 2024 APPRENTICE PRODUCTIONS ONTARIO INC. / PROFILE PRODUCTIONS 2 APS / TAILORED FILMS LTD. All Rights Reserved.

“自分はとんでもないことをしてしまった、恐ろしいモンスターを生み出してしまった”。コーンがそのことに気づくのは、すでにトランプとの立場が逆転したあとだ。監督を務めた『ボーダー 二つの世界』(2018)のアリ・アッバシは、この映画を「フランケンシュタインの物語」と呼んでいる。

師匠ロイ・コーン役は、「メディア王 ~華麗なる一族~」(2018-2023)のジェレミー・ストロング。物語の前半は強烈な悪の魅力でトランプと観客をひきつけながら、後半は一転して人間の心底をさらけ出す演技で心を震わせる。スタンとストロングが織りなすあざやかなコントラストが、映画全体をダイナミックに転がす原動力だ。片方がモンスターのように見えるとき、もう片方はちっぽけな人間として映る。その逆もまたしかりである。

アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方
© 2024 APPRENTICE PRODUCTIONS ONTARIO INC. / PROFILE PRODUCTIONS 2 APS / TAILORED FILMS LTD. All Rights Reserved.

時代の狂騒を反映したポップな語り口、スピード感あふれる演出、手持ちカメラやざらついた映像を用いたドキュメンタリーさながらの撮影スタイル。前作『聖地には蜘蛛が巣を張る』(2022)を含め、ダークな作風で知られるアッバシ監督だが、今回はあえてライトなエンターテインメントとして映画を完成させた。

しかしながら、照らす光が明るければ明るいほど、その隙間に見える闇は暗い。悪は脅威だが、そのなかに通じ合える部分があることを、この作品は教えてくれる。すなわちそれは、誰もが悪の世界にあっさりと引きずり込まれうるということだ。いや、そうではない。彼を大統領に選ぶ人々が多数派である今、私たちはすでに“その世界”を生きているではないか──。

これが、アッバシ監督や脚本家のシャーマンらが暴き出す人間描写と世界の深淵である。「事実は小説より奇なり」とはよく言われる言葉だが、取材に基づく実話だからなお恐ろしい。しかし奇妙なことに、だからこそ本作は滅法おもしろいのだ。ドナルド・トランプのサクセス・ストーリーに、そこにぽっかりと口を開けている闇に、観る者はどうしようもなく心ひかれてしまう。

映画『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』は2025年1月17日全国ロードショー。

参考資料:The Hollywood Reporter,Factbase Videos
Supported by キノフィルムズ

Writer

アバター画像
稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。THE RIVERほかウェブ媒体、劇場用プログラム、雑誌などに寄稿。国内の舞台にも携わっています。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。

Ranking

Daily

Weekly

Monthly