超傑作『アンダー・ザ・シルバー・レイク』が提示するポップカルチャーへの愛憎 ― 偽物を知ってしまった先へ

「周波数ってなんだ、ケネス?」はおまえのベンゼドリン(※)
俺は脳死状態だし閉め出されてるし
不感症のうえノロマだし
俺はおまえを馬鹿げた夢へと釘付けにしていたと思った
不良映画の見すぎで視野狭窄
(What’s the frequency, Kenneth?/R.E.M.)
(※編注:アンフェタミンの一種)
1986年、アメリカでニュース司会者のダン・ラザーが見知らぬ暴漢に襲われた。そのとき、犯人は「周波数ってなんだ、ケネス?」という言葉を繰り返していたという(参考:uDiscover)。ダン・ラザーのミドルネームは「アーヴィン」。ケネスとは誰のことやらさっぱりである。
ところが、この事件をもとにしてロックバンドのR.E.M.が1994年に発表したシングル「What’s the frequency, Kenneth?」はもっと不可解な内容だった。とにかく歌詞の意味がわからない。適当に思いついた単語を並べたようで、何の歌か理解できたリスナーはまずいなかった。それでも、「What’s the frequency, Kenneth?」はアメリカ国内で大ヒットを見せる。そして、R.E.M.が解散するまでライブの定番曲であり続けた。
「What’s the frequency, Kenneth?」は、映画『アンダー・ザ・シルバーレイク』でも非常に重要なシーンで使用されている。これはとても例外的だ。なぜなら、『アンダー・ザ・シルバーレイク』は我々が普通に接してきた音楽、映画、書籍やテレビといったポップカルチャー全般の虚実を暴き出す作品なのだから。
この記事には、映画『アンダー・ザ・シルバーレイク』のネタバレが含まれています。

シルバーレイクで繰り広げられる無為な日々
ロサンゼルスにある街、シルバーレイク。ここは有名人になりたい若者たちが集う場所だ。サム(アンドリュー・ガーフィールド)もかつては何らかの夢を見ていたはずだが、今では仕事もせずフラフラと日々をやり過ごしている。暇潰しは古本巡りと暗号解読ごっこ、そして売れない女優であるガールフレンドとのセックスだけ。ついには家賃まで滞納し、あと5日でアパートを追い出されてしまうことになる。
そんなサムの前に天使が現れた。向かいに引っ越してきた美女、サラ(ライリー・キーオ)だ。サラの飼っている犬がきっかけで、サムは彼女の家へと入れてもらう。「ねえ、知ってる?クラッカーをほおばってオレンジジュースを飲むと最高なのよ」。サムはもうサラに夢中だ。しかし、彼女のルームメイトが帰ってきて楽しい時間は終わってしまう。サムたちは次の日にまた会う約束をして別れた。約束の時間になり、サムは彼女の部屋を訪れるが、中はすでにもぬけの空だった。

淘汰されたアートの墓場としての本作
本作では現実と虚構が入り混じり、何が本当に起きているのかわからなくなる。デヴィッド・リンチ『マルホランド・ドライブ』(2001)と比較したがる人はいるだろう。あるいは、アラン・レネ『去年マリエンバートで』(1961)のように、登場人物の意識の流れを重視した作品群を連想したがる人もいるかもしれない。もちろん、1940~50年代に流行した「フィルム・ノワール」と呼ばれる犯罪映画が下敷きになっているのは大前提だ。
ここで筆者は、『サンセット大通り』(1950)や『何がジェーンに起こったか?』(1962)といった、ハリウッドの影を描いた映画たちとの共通点を挙げたい。50年代に入り、ハリウッド黄金期を支えたスターたちは行き場を失っていた。すでにスタジオ・システムは崩壊し、いわゆる「映画スター」の地位は低くなっていた。若い頃は世界を手に入れたようにもてはやされていたスターたちは、老齢を迎えてファンから忘れ去られ、寂しい生活を送っていたのである。
先述した作品群では、そんな孤独な元スターたちが狂気を募らせていく。『アンダー・ザ・シルバーレイク』もまた、手軽な娯楽に淘汰された、本物の映画や音楽、アートの墓場を映し出す。
サムに何らかの夢があったことだけは伝わるも、それが俳優なのかミュージシャンなのかははっきりしない。人脈を見る限り俳優とのつながりが濃いようだが、母親から「『第七天国』がケーブルテレビで放送するのよ」と電話がかかってきても興味を示さない。1927年、ジャネット・ゲイナー主演の名作なのに。一方で、サムの友人はドローンを使って美女をのぞく趣味を見せつける。せっかく文化の街、シルバーレイクにいても、彼らはまるで創造的な活動と無縁なのだ。