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【解説】ドラマ「ウォッチメン」観る前のこれだけガイド ─ 原作コミック復習と、現代アップデートの妙技

ウォッチメン(ドラマ)
©2019 Home Box Office, Inc. All rights reserved. HBO® and related channels and service marks are the property of Home Box Office, Inc.

アラン・ムーア&デイヴ・ギボンズによる歴史的グラフィック・ノベルを、「ゲーム・オブ・スローンズ」などの米HBO®が映像化したSFアクションドラマ「ウォッチメン」が、BS10スターチャンネルにて2020年1月31日より独占日本初放送、2月1日よりAmazon Prime Videoチャンネル‎「スターチャンネルEX -DRAMA & CLASSICS-」にて配信される。

全米大絶賛のこの大注目作を最大限に楽しむために、ここでは鑑賞前に読んでおきたい解説をお届けしよう。

本作は、原作コミックを読んでいなくとも充分楽しめる、見応え抜群、大人のためのヒーロードラマ。しかし、やはり原作コミックを通っていた方が楽しめるポイントが多いのも事実だ。なにせこのドラマは、原作コミックの続編という位置づけ。ザック・スナイダー監督による2009年の実写映画は原作コミックの忠実な映像化だったが、ラストの展開にアレンジが加えられている。

そのため、原作コミック未読の方のために、まずはウォッチメンの物語を簡単にまとめておこう。なお、本作では原作コミック結末後の世界が描かれるため、ここでは原作と映画のおよそ全体的な内容に必然的に触れていくので、ご了承頂きたい。

「ウォッチメン」原作コミック復習

実在した歴史の裏にスーパーヒーローの関与があったという設定の『ウォッチメン』は、1985年のニューヨークでコメディアンと呼ばれる男が何者かに殺害された直後から始まる。ヒーローによる自警団活動が非合法とされ、ほとんどのヒーローは引退するか、政府のもとで働いていた。

コメディアン暗殺の謎を追うのは、物語を通じて探偵のような立ち回りをするロールシャッハ。「ロールシャッハ・テスト」のごとく、ランダムなインク模様が絶えず流動する不穏なマスクの上にハットを被り、トレンチコートを着たヒーローだ。ロールシャッハは物語における狂言回しで、登場部分は彼が綴る手記と共に進行する。

原作コミックが出版されたのは1986年から1987年で、当時のアメリカは米ソ冷戦の緊張下にあった。大衆の不安は作品に反映され、米ソ間の核戦争までの残り時間を概念的に示す「世界終末時計」が、毎号の扉絵でカウントダウンされていく仕掛け。その危機を非人道的に回避したのが、世界一の頭脳を持つヒーロー、オジマンディアスことエイドリアン・ヴェイトだ。

ヒーローとしての知名度を活かし、自らの名を冠した企業で成功して巨万の富を築いたこの危険な賢者は、密かに遺伝子工学とテレポート技術の研究に専念。巨大なエイリアンを作り、ニューヨークにテレポートさせることで、地球外生命体による侵略をでっち上げたのだ。米ソ共通の敵を出現させることにより、対立を捨て、地球人の同胞意識を育てようと考えた。それは、数百万人の犠牲者が発生する大虐殺であった。

コミックでは、グロテスクな巨大イカのような生命体がニューヨークを地獄絵図に変えるショッキングなアートが見開き一杯に描かれた。2009年の映画ではエイリアンではなくDr.マンハッタンの仕業と偽装されたので、ここが最大の変更点となる。

コメディアンが殺害されたのは、この恐るべき計画を知ってしまったからであり、暗殺犯はオジマンディアスだった。ロールシャッハはオジマンディアスの陰謀を暴露しようとするが、合理主義者のDr.マンハッタンは、これによって人類が「より悲惨な状況に追い込まれる」と危惧し、沈黙を貫くためにロールシャッハを殺してしまう。しかし、ロールシャッハは予め自らの手記を新聞社に送っていたのだった。

果たして、世界は全ての真相を知るのだろうか?ドラマ「ウォッチメン」では、この物語の34年後が描かれる。

ウォッチメン
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傑作「ウォッチメン」どうやって現代へアップデートするのか

本作は、当時の原作コミックがリアルタイムで描きあげた「核戦争の不安」を現代に置き換えている。「もしこの番組の設定を2019年にするとしたら、何が政治的な不安を支配しているのか?今、この国(米国)でアメリカ人でいることとは、どういうことなのか?米国内での争いの焦点は何なのか?などを考えて手がけた」と、本ドラマ原案・脚本のデイモン・リンデロフは語る。彼は米The Atralnticの記事“The Case for Reparations”に着想を得て、人種間の緊張を題材に選んだ。ドラマの起点となるのは、1921年に実際に起こったアメリカ史上最悪の暴動、「タルサ人種暴動」だ。

タルサ人種暴動とは

米オクラホマ州にあるタルサは当時、成功した黒人の暮らす街として栄え、「ブラック・ウォール・ストリート」とも呼ばれた。近隣地域の白人はこの街を嫌い、居住エリアは白人社会と黒人社会でくっきりと分断されていた。5月30日、19歳の黒人男性が17歳の白人女性に暴行を与えたとされる事件をきっかけに対立感情が爆発。暴徒化した白人集団が黒人街になだれこみ、破壊と暴力行為がなされ、死者は300人にのぼるとされる。

「アメリカの歴史に興味があり、コミックの世界にも浸っているような僕にとっては、このタルサ人種暴動は、今作の起点になると思った」とデイモンは語る。「全てのスーパーヒーローの起源となる物語は、大きな個人的なトラウマを受けた瞬間から始まっている。そして、そんなトラウマとタルサ人種暴動が、今シーズンのストーリーを推進させるアイデアになっていった。」

ほんの少しだけ、想像してみてほしい。もしもあなたが、「ウォッチメン」を現代にアップデートするとしたら?1980年代当時あった冷戦と核戦争への不安を、現代人が持つ不安へ置き換えるとしたら、一体どんな題材を描くべきだろうか?ここで選ぶ題材が、いかにクリティカルなものになるだろうか?ドラマ「ウォッチメン」がどのような覚悟を持って、人種における問題提起を行ったのか、エピソードを追うごとにひしひしと感じ取ることになるだろう。それも、原作コミックのオリジンにも見事に絡ませながら……。

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これは、「ノスタルジア」に浸りがちな現代ポップカルチャーへのアンチテーゼでもある。(※ちなみに、「ノスタルジア」と聞くと原作コミックのファンはニヤリとするかもしれない。このキーワードは今回のドラマでも重要な意味を持つので要注目。)本作は、原作における題材の、そのままの再現は通用しないと考えたのだ。デイモンは、こう主張する。

「この20年間、我々の文化の中で、我々は自分たちが愛したものを、懐かしさゆえに、再びリメイクや続編などで手がけてしまう傾向にあり、その傾向に不満を持っていても、何度も見ている状態にある。同じ話を繰り返しているだけなんだ。そのような悪い傾向を断つためには、そんな懐かしいストーリーに、オリジナルの物語を展開させる手段しかないと、僕は思っている。」

ドラマ「ウォッチメン」が描く、もうひとつの現代

物語の舞台は、2019年のアメリカ。原作コミックのラストで示唆されたように、俳優のロバート・レッドフォードが大統領を務めている。詳しいことはわからないが、街では時折イカの雨が降る。人々は慣れた様子で、イカ雨警報が鳴ると走っている車を止め、ボトボトと降り注ぐ大量のイカをやり過ごしている。

この世界では現在、(私達の世界でもそうなのだが、)人種間の対立が激化している。大統領の政策のひとつに「レッドフォード基金」と呼ばれるものがあり、白人によるタルサ大虐殺の誤りを国として認め、犠牲者や遺族に賠償金を支払っていた。しかし、これは白人至上主義者による差別感情を掻き立て、彼らにとって「憎むべきもの」とされている。

私達が暮らす社会と決定的に違う点は他にもある。テクノロジーが欠如しているのだ。この世界には、スマートフォンも、インターネットも、ましてSNSも存在しない。この設定が、マスクを被ったヒーローという、実は非現実的なモチーフに効いてくる。「つまり、現代のテクノロジーがある限り、マスクを被る必要はないということ。なぜなら現代のテクノロジーは、全て対面せずに、なんでもできちゃうから」と、ローリー・ブレイク役のジーン・スマートは考察する。

 ウォッチメン(ドラマ)
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ローリー・ブレイク役……?ピンと来た方もいるかもしれない。原作コミックの2代目シルク・スペクターことローリー・ジュスペクツィクだ。ローリーは原作コミックで、自分は母がレイプされ身籠った子であり、その犯人であり父親はコメディアンことエドワード・ブレイクである事実を知り、衝撃を受ける。なぜ彼女はブレイク姓を名乗るのだろうか?

原作コミックから受け継ぐもの

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ドラマにはローリーの他にも、原作コミックからキャラクターたちが再登場する。神同然の力を有するDr.マンハッタンは、オジマンディアスの陰謀を受けて人類への関心を完全に失い、火星に隠遁している。彼が去った地上で人々は、この青い超人を宗教的に崇めている。

ウォッチメン
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オジマンディアスことエイドリアン・ヴェイトはどこかの城に籠もり、従順なクローンの召使いたちの命を悪趣味に弄びながら、何やら壮大な計画を企んでいる様子。原作コミックでも観察できた、冷酷で狂気的なナルシズムは年老いても健在だ。底知れぬ不気味さと共に演じるのはジェレミー・アイアンズ。「生物の生命に価値を見出せない人を拡張したのが、このエイドリアンという役柄。それはまるでドローンから爆弾を落としても、罪の意識さえ感じないような存在」と意味深に語る。

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そしてロールシャッハを象ったマスクは、白人至上主義の過激派団体、「第7機兵隊」がシンボル的に着用している。彼らは少数民族や人種差別被害者を守る警察に反発し、2016年のクリスマスイブに警察官の家を襲撃、40人を殺害した。「火には火、覆面には覆面だ。」ホワイトナイト事件と呼ばれるこの惨劇を受け、警察官もマスクを被ることで自衛するようになった。

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そのためタルサ警察には、覆面ヒーローのような刑事が存在する。赤いマスクの共産主義者レッドスケアや、鏡のようなマスクを被ったルッキングラス。ロールシャッハを彷彿とさせるように、のっぺらぼうのマスクに様々な風景が映り込む。演じるティム・ブレイク・ネルソンは、「この役にはロールシャッハの要素はあると思う」と認めている。「ルッキングラスは、自分のマスクに写る人々の反応を見ながら、自分の決断をしていることがあって、そんな心理的に分析する部分は、ロールシャッハと通じるものがあると思うんだ。」

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そして、ホワイトナイト事件の数少ない生存者アンジェラ・エイバー。彼女こそ、このドラマの主人公だ。黒衣のコスチュームに身を包み、“シスター・ナイト”の通り名で活動するアンジェラについて、第1話の時点で明かされる事実はそう多くない。エピソードが進むにつれ、少しずつその背景が明かさていくのが見どころだ。演じるのはアカデミー賞授賞女優のレジーナ・キング。目を疑う光景が続くこのドラマで、彼女のタフな印象が(ときに揺れ動きながらも)重要な支柱となる。

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ネットが存在しない世界ゆえに人々は今も新聞を重宝していて、その見出しにメタ的な意味合いが込められるのは原作コミックさながら。政治議論はSNSではなく、街のニューススタンドで交わされている。アナログな機械、サブリミナルによる集団洗脳など、古めかしいSF要素が絶妙に溶け込んだ世界観もウォッチメン的と言えよう。

そして物語は、原作コミック同様、とある不可解な殺人事件で幕を開ける。いったい誰が、何のために、どうやって殺しを働いたのか?その謎が解き明かされていく過程で、視聴者はもうひとつのアメリカと、ヒーローたちの歴史に隠された衝撃的な事実を目の当たりにする。その物語は、私達が生きる現実の世界にも響く。

原作コミックのライター、アラン・ムーアは1988年の手記で、フィクションのキャラクターを論じるためには「彼らを形作った社会について論じなければならない」と書いている。「彼らを生み出した社会とはどんな世界なのか、ありとあらゆる角度から考察する必要がある。そしてその行為は、つまるところ、我々自身の住む社会を論じることに繋がる。それが議論の本筋ではないにせよ、架空の世界にリアリティーを持たせたいなら、現実社会の徹底した分析を避けて通ることはできない。」

ドラマ「ウォッチメン」は、数十年前の作品が持っていた社会性・哲学性の現代アップデートに成功した、類まれな作品だ。原作コミックから巧みに引用したモチーフの数々と、現実に深く根ざしたテーマ性には唸らされるばかり。

現在のアメリカでは、トランプ政権以降、白人至上主義団体が台頭し、人種問題は予断を許さない。その”もつれ”から端を発し、新たな戦争に発展しかねない危険水域に達しつつある今、この作品が世に放たれる意義を噛み締めながら堪能してほしい。

「ゲーム・オブ・スローンズ」「チェルノブイリ」の米HBOが贈る、見応えたっぷりの全9話。ドラマ「ウォッチメン」は、2020年1月31日(金)より独占日本初放送、2月1日(土)よりAmazon Prime Videoチャンネル「スターチャンネルEX -DRAMA & CLASSICS-」にて配信。

「ウォッチメン」配信・放送スケジュール(全9話)

配信 【Amazon Prime Videoチャンネル 「スターチャンネルEX -DRAMA & CLASSICS-」】
2020年2月1日(土)より字幕版配信開始
※1月31日(金)まで字幕版第1話無料配信中
視聴サイトはこちら:
https://www.amazon.co.jp/dv_ptm_starch_watchmen010120
放送 【BS10 スターチャンネル】
字幕版:2020年1月31日(金)より毎週金曜23:00ほか
※1月31日(⾦)字幕版第1話無料放送
二か国語版:2月5日(水)より毎週水曜22:00ほか

Writer

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中谷 直登Naoto Nakatani

THE RIVER創設者。代表。運営から記事執筆・取材まで。数多くのハリウッドスターにインタビューを行なっています。お問い合わせは nakatani@riverch.jp まで。

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