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『君の名は。』より『秒速五センチメートル』が好きな理由について考えてみた

先日、新海誠監督の「秒速五センチメートル」を上野の東京国立博物館で開催された”博物館で野外シネマ”にて観てきました。
秋の野外シネマってこんなに寒いんだ・・・とガタガタブルブル震えながらとっても久しぶりに観た「秒速五センチメートル」。

「君の名は。」も観たのですが、実は私はちっともはまらなかったし泣きもしなかったし、もう一回観たい!ともならなくて。
とても素敵な映画だと思いました。あの一色や二色で表せない、言葉では言い表しがたい空の様子や彗星の姿、混沌としている中で都会の切なさと美しさが描かれている 新海誠監督おなじみの新宿の風景。瀧と三葉、2人の高校生の恋。時の流れを超えて通じ合い 糸と糸のように織りなす人との出会い・・・しかし好きな人のために薬品の鍋飛び込んじゃう!(スーサイド・スクワッド)という恋愛にクラッとしてしまった私は いくつかつっこみたくなる点ができてしまって。

【注意】

この記事には、映画『君の名は。』『秒速5センチメートル』に関するネタバレ内容が含まれています。

まず、「なんで自分名前をちゃんと紙や物に書かないの!?」という。スマホにその日あったことや自分の名前を書いても所詮は機械ですから、バグることもあるかもしれないじゃないですか。アナログにノートの切れ端などに書いておけば「君の名は?」となることもまずありません。

次に「なんで瀧と三葉はお互いを好きになったの?」ということです。
そりゃ思春期まっただ中の高校生が異性と体を交換するなんてことがあったら、「この状況やばくない?」となるに決まっています。でも2人は入れ替わり、相手の生活を代わりに送っていましたが ここで相手を好きになった!この出来事がきっかけでこの人を想うようになった!というポイントが感じ取れなかったのです。

少々ひねくれすぎているかもしれないですが、私はそんな理由があって観た後もなんだかモヤモヤ・・・でも「秒速五センチメートル」を観た後は、切ないとも悲しいとも寂しいとも言い表しがたい 底知れない”虚無感”に襲われて。それでもこの映画のことが好きだと心から思えました。

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「秒速五センチメートル」は1人の少年と少女の淡い初恋、そして時が過ぎ大人になっていく姿を描いた3部構成のストーリー。

第1部の” 桜花抄”。少年が遠くに引っ越してしまったヒロインに会いにいく話なのですが、観ていてこちらがやきもきハラハラしっぱなし。
彼女に会いにいく間、電車が雪で数時間も遅れてしまいます。早く会いたい、一言「君が恋しい」と伝えたい・・・それなのに邪魔をする電車の遅延。交通機関の乱れって、自分ではどうしようもできないことですよね。何とかしたくても動くものではない。

人のことを初めて自分のこと以上に考え、心を支配される感情”初恋”。その生まれてしまった 小さくても自分の心を揺する底知れぬ”初恋”という生き物に 何をしたらいいか、何をしたら収まりがつくのか、何とかしたくてもわからなくなってしまいます。遠い地へ向かっている途中、電車が思うように動かない中で積もる主人公の不安や孤独感。それは恋をした時の孤独感に似ているものがあるかもしれないと思ったのです。

だから主人公のようなシチュエーションにならなくても、思わず感情を重ね 切ない気持ちになってしまうのではないかと。

「秒速五センチメートル」は 初恋の2人が再会し、めでたく結ばれました!ハッピーエンド!という話ではありません。
大人になった主人公は仕事に追われる毎日、別の女性と交際してみるものの心の底から好きになることはできず。そして自分で何がしたいか分からずに会社もやめてしまう。まるで心がからっぽになった音が聞こえてくるようでした。

この映画は美しい映像と共に、人間の甘酸っぱい感情と そして”負”の部分の感情を描き出していると思います。
過去の思い出にしがみつき美化している”固執・執着”。こいは誰かを思い恋い焦がれても生まれる”孤独”。何かに追われている、何かを目指したい、でも靄のようでつかめない”空虚感”。
恋をした時、生まれるものはあたたかく甘い感情だけではありません。必ず寂しさや虚しさがつきものです。決められた何かに所属していても、自分の心がそこにいなければ、自分自身が確立していなければ いずれは噛み合わなくなってしまいます。

高く澄み渡った空、桜の花びら、懐かしく感じる通学路の風景。しんみりとした雪景色、一瞬でも強く光り輝く夏の海。美しいアニメーションと共に ”やるせなさ”の塊が攻撃してくる「秒速五センチメートル」。その見事な協和音が 私たちの目に脳に心に焼きつき、「切なくて悲しいけれどなんか好き!」という映画として愛されているのではないかと。

それにしても新海誠監督は、どうしてあんなに新宿という街を美しく描けるのでしょう。あんなにごちゃごちゃとした所なのに!混沌とした街こそ、退廃的な美しさがにじみ出るものなのでしょうか。なんだかんだ「君の名は。」を観てからはRADWIMPSを以前より聞いている私でした。

Writer

Moeka Kotaki
Moeka Kotaki

フリーライター(1995生まれ/マグル)

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