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コミック界の巨匠アラン・ムーア、『ジョーカー』はじめアメコミ映画を全く観ない理由とは

ウォッチメン』や『V フォー・ヴェンデッタ』などの著者で、アメリカン・コミックやグラフィック・ノベル界の大巨匠として知られるアラン・ムーアは、近年のアメコミ映画、スーパーヒーロー映画を全く観ていないどころか、「幼児化」だとして快く思っていないようだ。

おそらく『ダークナイト』シリーズはもちろんのこと、自身の代表作のひとつ『バットマン:キリング・ジョーク』に影響された映画『ジョーカー』(2019)にも関心を持たず、鑑賞していないという。

アラン・ムーア
アラン・ムーア Photo by Loz Pycock https://www.flickr.com/photos/blahflowers/5973857736/ CC BY-SA 2.0

2016年の『リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン』でコミック業から引退しているムーア。この度、米Deadlineのインタビューで、「もうコミックに興味はない。もうやりたくない」と話している。

アラン・ムーアといえば、アイズナー賞とヒューゴー賞受賞の『ウォッチメン』などで、それまで子供向けのイメージがあったコミックに大人向けの成熟した完成度を持ち込み、業界に変革をもたらした革命的な存在として讃えられている。ところがムーア本人は、そもそもコミックは子供向けのものだったと回顧しているのだ。

「私がコミック業界に足を踏み入れた頃、この媒体の一番の魅力は下品さだった。コミックは労働階級の人々や、とりわけ子供たちのためのものだった。それが、業界が変化し、今じゃ“グラフィック・ノベル”と呼ばれ、中流階級向けに値付けされている。べつに中流階級に物申したいわけではないが、そもそも(コミックとは)中流階級の愛好家向けのものではない。あまりお金がない人々のためのものだったはずだ」。

ムーアが描いた傑作たちは、『ウォッチメン』や『Vフォー・ヴェンデッタ』、『スワンプシング』など、映画化やドラマ化を果たしている。しかしムーアは、「スーパーヒーロー映画は、ティム・バートンのバットマン映画以降観ていない」。なぜか?ムーアはこう続けている。

「彼ら(=スーパーヒーロー映画)は映画というものを荒らし、そしてある程度、カルチャーも荒らした。数年前、私はこう危惧したものだ。何百、何千もの大人たちが、50年も前に12歳の子どもを喜ばせるために作られたキャラクターを見るために列をなしている、と。これはまるで、複雑な現代世界から逃避したいという願望の現れではないか。ノスタルジーに帰って、子供時代を懐かしみたいのではないかと。これは危険で、大衆の幼児化のように見える。

これはただの偶然かと思うが、アメリカ人がナショナル・ソーシャリスト(=ドナルド・トランプ)を当選させ、イギリスがEU離脱に票を投じた2016年、興行収入上位12作のうち、6作がスーパーヒーロー映画だった。因果関係を論じるわけではないが、両方とも、症状としては同じなのだと思う。つまり現実の否定、単純化と衝動的な解決法の渇望だ。」

ムーアはインタビュワーに「スーパーヒーロー映画は全く観ないのか?たとえば『ジョーカー』のような、オフビートなものは?あなたは『バットマン』のコミックも描いているが……」と尋ねられると、「いや、だから、何も観ていない」と改めて否定。それどころか、「ああいうキャラクターは全部、オリジナルのクリエイターから盗まれたものだ」とまで断じている。

「彼らの背後には、亡霊がズラリと列をなしているものだ。マーベル映画の場合はジャック・カービーだ。私自身はスーパーヒーローに関心はないが、彼らは1930年代に子供向けに生み出されたもの。子供向けの娯楽としては良かった。でも、それを大人向けに作ろうと思うと、それはグロテスクだと私は思う。」

※ジャック・カービー:キャプテン・アメリカやファンタスティック・フォー、X-MEN、ハルクなどの生みの親である代表的なクリエイター。

ホアキン・フェニックス版の映画『ジョーカー』は、これまで明確化されにくかったジョーカーの出自を初めて映画で描き、アメコミ映画の枠組みを超えたセンセーショナルな内容で数々の称賛を浴びた。ムーアが1988年に発表したコミック『バットマン:キリング・ジョーク』でも、ジョーカーの知られざるオリジンが描かれている。「『ジョーカー』の映画は、私のジョーカーが無ければ存在し得なかったと言われたことがある」とムーアは話している。

「しかし、あれ(『キリング・ジョーク』)を描いた3ヶ月後、私はあの作品を否定している。暴力的になりすぎてしまった。そもそも、バットマンなのに。コウモリの恰好をした男のお話なのに。」

映画化される往年のスーパーヒーローたちに対してシニカルなムーアはこのインタビューで、「映画自体が、ある程度、現実逃避なのでは?」とも聞かれている。ムーアは「時にはそうだ。全てのアートがそうかもしれない」としながら、こう断じた。「スーパーヒーロー映画は、現実逃避が過ぎる」。

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Source:Deadline

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THE RIVER編集部
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