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【レビュー】『メッセージ』は「ハードSF」の皮をかぶった純文学映画だ

映画『メッセージ』(2016)はSFというジャンル的な不利を抱えながら、2016~2017年に発表された映画賞で大いなる奮闘を見せました。第89回アカデミー賞主要3部門へのノミネートをはじめ、英国アカデミー賞、ゴールデングローブ賞、全米脚本家組合賞など複数の映画賞で最優秀賞の座を争ったのです。

SFは賞レースにおいてかなり不利を強いられるジャンルであり、近年であれば賞レースで奮闘したのは大ヒットした『インセプション』(2010)が想起される程度です。

では、なぜ『メッセージ』がこれほど賞レースで奮闘できたのでしょうか

筆者は映画『メッセージ』を観て「SFというフォーマットでありながら強いメッセージ性を前面に押し出した純文学作品」だと感じました。それがアカデミー賞をはじめとする正統派の映画賞の好みと一致したのではないでしょうか。

【注意】

この記事には、映画『メッセージ』のネタバレが含まれています。

「ハードSF」的な作り

『メッセージ』は『地球の静止する日』(1951)以来、少ないながらも連綿と受け継がれている「異星人とのファーストコンタクト」に題材をとったシンプルな作りの映画です。あらすじは簡略化すると本当にシンプルで「ある日突然やってきた異星人とコンタクトを取るため言語学者をはじめとする学者たちが奮闘する」というものです。
「言葉の通じない異星からの来訪者とのコンタクト」は、傑作SF『未知との遭遇』(1977)やハードSFの佳作『コンタクト』(1997)と相通じるものがあります。

『コンタクト』もそうですが、『メッセージ』は少なくとも表面上は「ハードSF」的な作りになっています。劇中の社会的な反応として、「異星人の来訪」という非常事態であるのに世界各国が一枚岩でないことや、カルト教団が過剰反応を起こすといった出来事は、『コンタクト』で原作者カール・セーガンが思考したものと通じます。

また全体のポイントとなる「未知の言語の解読」の描写も丁寧です。
まず固有名詞などの具体的なものから始まり、「歩く」などの行動、抽象的な概念へとアプローチしていく方法は共通言語を持たない相手とのコミュニケーションで取りうる有効な方法だそうで、異星人が使うあの奇怪な表意文字はカナダ・マギル大学言語学部のジェシカ・クーン准教授をアドバイザーとして制作され、辞書まで作られたという徹底ぶりです。全体的にハードSFに分類しうるだけのリアリティラインを保っており、細やかな気配りを伺うことができます。

少なくとも表面的には『メッセージ』は『未知との遭遇』や『コンタクト』とかなりよく似た映画です。ですが、一つ大きな違いがあります。それは映画自体が持つはっきりとしたメッセージ性です。

“メッセージ”は分かりやすい

ネットで感想を漁ると「難解」という感想が散見されますが、私はむしろ『メッセージ』はシンプルでわかりやすい映画だと思いました。この映画は全てが最初の10分と最後の20分に詰め込まれています。なぜなら終盤に明かされる叙述トリック、「実はルイーズ(エイミー・アダムス)が娘を失ったのは過去の出来事ではなく未来の出来事だった」という点がこの映画の内容的な全てだからです。

したがって、この映画の中盤はことごとくが長い「溜め」の時間です。
映像面で言うと、フィックスと手持ちが多くしっとりとした、言い方を変えると少々刺激に欠ける演出です。初めてルイーズとイアン(ジェレミー・レナー)が宇宙船に踏み込む時には“めまいショット”が極めて効果的に用いられていましたが、ギミック的な技法を感じたのはそこぐらいであとはかなり正攻法で地味な作りでした。映像のテンポもゆったりしていますし、話自体もあまり大きく動かないので失礼ながら少々退屈に感じてしまいました。

しかし、この映画は最初の10分と最後の20分が本当に素晴らしいのです。
最初の10分にルイーズが娘を出産してから失うまでが描かれていますが、ここは純粋に息を吞みました。ほとんどセリフのない、説明描写が極限まで削られた作りでしたが登場人物の情感が余すことなく伝わってくる上質な演出でした。このような演出は『カールじいさんの空飛ぶ家』(2009)の冒頭で描かれるカールじいさんの半生を描いた冒頭シークエンス以来記憶にありません。画面が常にゆっくりと動いており、まるでスクリーンの中で時間が流れる様を観念的に表現しているような美しい演出でした。

そして、この冒頭シークエンスに映画の叙述トリックが潜んでいたわけです。

終盤になって「ルイーズが娘を亡くしたのは過去ではなく未来のことだ」という時系列のトリックが判明するのですがこれが本当に見事でした。回想シーンは現在進行形の出来事と見分けがつくように画面の色調を変えるのが常套手段です。しかし、この映画では未来におきる出来事が明らかに回想らしく演出されており、ミスリードされてしまったのは私だけではないはずです。

またクライマックスになると「これでもか」とルイーズのクローズアップが多用されます。この映画は群像劇的な要素がほとんどなく、徹頭徹尾ルイーズの一人称による物語です。中盤までは引き目の客観的な画が多いため、クライマックスの怒涛のクローズアップ連打が画面的にも絶大な効果を発揮しています。

そしてこの「未来が見えたことでルイーズが感じたこと」は、映画のテーマとしてはっきりと明示されています。これこそ信号のやり取りのみだった『未知との遭遇』や、「また会おう」という曖昧なメッセージを残して異星人が去って行った『コンタクト』との決定的な違いです。もっともテーマについて必要以上に言語化してしまうのは野暮だし、陳腐化してしまいかねませんので、本記事ではテーマに関する言明は避けようと思います。

おわりに:良し悪しはともかく邦題が核心を突いている

しばしば映画の邦題は、原題のタイトルをまったく別の横文字で迎え撃つという、良いのか悪いのか判断に困るつけ方をされることがあります。たとえば『トゥモロー・ワールド』(2006)の原題は『Children of Men』、『ファミリー・ツリー』(2012)の原題は『The Descendants』と、原題と邦題が似ても似つかないものになっていることも少なからずあるのです。

この『メッセージ』も原題は『Arrival』ですから、邦題が原題を全く無視した形でつけられています。直接的すぎるきらいはありますが、この邦題、たしかに核心を突いているように思います。

Eyecatch Image: https://www.amazon.co.jp/Arrival-BD-Digital-Combo-Blu-ray/dp/B01LTHYE0E/

Writer

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ニコ・トスカーニMasamichi Kamiya

フリーエンジニア兼任のウェイブライター。日曜映画脚本家・製作者。 脚本・制作参加作品『11月19日』が2019年5月11日から一週間限定のレイトショーで公開されます(於・池袋シネマロサ) 予告編 → https://www.youtube.com/watch?v=12zc4pRpkaM 映画ホームページ → https://sorekara.wixsite.com/nov19?fbclid=IwAR3Rphij0tKB1-Mzqyeq8ibNcBm-PBN-lP5Pg9LV2wllIFksVo8Qycasyas  何かあれば(何がかわかりませんが)こちらへどうぞ → scriptum8412■gmail.com  (■を@に変えてください)

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