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【考察】時代とともに変化する物語『美女と野獣』その足跡をたどる

いつのまにか省いたもの

同様に、民話から物語を作るにあたって、ヴィルヌーヴ夫人やボーモン夫人が省いているものもあります。「美女と野獣」が作られる際に必ず作者らの頭の片隅にちらついていたであろう物語としてローマ時代の作家アプレイウスによる「エロスとプシュケー」が挙げられるのですが、この「エロスとプシュケー」の最大のテーマはセックスです。

しかし、「美女と野獣」は儀式・手続き・合意としての婚姻には触れているものの性的な部分には一切言及していません。18世紀に書かれた二つの「美女と野獣」はいずれも性的な側面を避けて恋愛に重きを置いた優雅な物語に仕上がっています。無意識のうちに「女性らしさ」に囚われていたのかもしれません。

19世紀の美女と野獣

商品としての書籍が販売されることで、語り手と聞き手の関係が書き手と読み手という関係に変容し、「美女と野獣」は次第に広まっていきます。ことに子供向けの物語として浸透していきます。一部からは挿絵が添えられることで物語の本質を欠くのではないか、という批判もあったようですが、「吹き替えは駄目だ」とか「手書きじゃないと誠意は伝わらない」といった類のいつの時代でも聞かれるものだと筆者は考えます。

ボーモン夫人版のものを踏襲しながらも、シリアスなものからコミカルなものまで、文体・挿絵も様々でバリエーションに富んだ「美女と野獣」がこの時期に数々生まれ、ヨーロッパで広く親しまれるようになりました。また、様々なパターンがある中で政治を風刺した描写を含むものも現れるようになりました。

1946年 ジャン・コクトー版

フランスの芸術家ジャン・コクトーによる実写映画ではアヴナンという人物が現れるのですが、この男がガストンの原型といってもよいのかもしれません。アヴナンはベルに結婚を申し込み、野獣を殺そうとします。彼の存在が物語の緊迫感を高めます。このキャラ設定がディズニー版に大きく影響を与えているのではないかと考えられます。

しかし、アヴナンとガストンとの決定的な違いは「アヴナンの方がベルよりも進んだ考えを持っている」というところにあります。

家の手伝いをさせられているだけのベルに「そのような扱いを受けるべきではない」と求婚するのですが、ベルは「家事をしなくては」という理由でその申し出を断ります。自由意思により求婚に応じないのはディズニー版と同じですが、父親の下での家事を優先するというのはいささか旧来的な価値観ではないでしょうか。

コクトーは文化人でしたし、ココ・シャネルとも交流があった彼は多少なりとも女性の権利に関して進んだ考えを持っていたのかもしれません。とはいえ、この映画のテーマ自体は「外見より内面」という従来のものに沿っている印象があります。アヴァンギャルドな画面設計の美しい映画なのですが、現在ほとんどのひとが胸に抱く「美女と野獣」とは少し違った作品でした。

1991年版ディズニーアニメ

さらに女性に配慮したプロットに

1960年代後半よりアメリカでも女性の権利を訴える運動が活発になり、次第にディズニー映画は“古来的な価値観を固定化する”という批判を受けるようになります。それまでのディズニープリンセスの描かれ方を見て「女性はいつも受け身なのか」という批判を浴びせられていたわけです。

そうした状況の中、ディズニーは1991年のアニメーションの題材についにこの「美女と野獣」を選びました。

コクトー版は野獣の外見に拒否反応を示していたベルが改心する物語であるのに対し、ディズニーアニメ版は野獣がベルに対して心を開くという話になっておりベルの考え方は一貫してぶれることはありません(これは2017年実写版にも引き継がれていますね)。より力強い女性の姿が描かれています。

ガストンの登場

実写版ではルーク・エヴァンスが演じたヴィランのガストン。体育会系が苦手なはずの、日陰者で文化系の筆者でさえついうっかり惚れてしまうほどでしたが、そんな彼は1991年にようやく姿をあらわします。彼は独占欲が強く、女性の権利を軽んじ、暴力的なキャラクターとして描かれています。旧来的な男女観を持つヴィランを登用することでベルの聡明さ、典型的な「男性」の愚かさが際立ちます。ここまで振り切った悪役でありながら100%憎み切れないキャラを作り上げるあたりが流石ディズニーの手腕といったところでしょうか。

残念ながら結果としては「結婚だけが女性の幸せではない」という批判をディズニーは受けてしまったようですが、それでもかなりフェミニズム的には意義のある作品だったのではないでしょうか。数あるインタビューでエマ・ワトソンはこのディズニーアニメ版に強く影響を受けたと発言しています。実写版に主演するわけですから多少のリップサービスもあるかと思いますが、フェミニストとしても活動する彼女にとってアニメーション版『美女と野獣』はやはり特別な作品なのかもしれませんね。

Writer

けわい

不器用なので若さが武器になりません。西宮市在住。

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