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『バック・トゥ・ザ・フューチャー』マーティ&ドクを演じた2人の現在は? ─ 変わらぬ友情、2015年には揃って再演

バック・トゥ・ザ・フューチャー
(c) 2020 Universal Studios. All Rights Reserved.

SF映画の金字塔『バック・トゥ・ザ・フューチャー』完結から32年。心躍るタイムトラベルアドベンチャーに熱狂した少年少女も、いまではすっかり大人だ。スクリーンの中にいた俳優たちもまた、少年少女と同じだけ歳を重ねた。

年齢の垣根を越え、熱い友情を見せた高校生のマーティと科学者のドクをそれぞれ演じたマイケル・J・フォックスとクリストファー・ロイドは、今何をしているのだろう。映画史に残る名コンビは、変わらず仲良くやっているのだろうか。

本記事では、マイケルとロイドの『バック・トゥ・ザ・フューチャー』後の歩みをご紹介。地上波初となる最新リマスター版が3週連続放送(2022年7月)ということで、鑑賞のお供にぜひお楽しみいただきたい。

マーティ・マクフライ役マイケル・J・フォックス

1961年、カナダ出身のマイケルは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』出演前から、1982年にスタートしたシットコム「ファミリータイズ」で人気を博していた。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』では、最初にマーティ役に起用されていたエリック・ストルツの降板を受けて抜擢。『PART3』が公開された1990年までには世界的なスターへと成長を遂げていた。

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』後の90年代は、『ハード・ウェイ』(1991)『ドク・ハリウッド』(1991)『アメリカン・プレジデント』(1995)『マーズ・アタック!』(1996)といった多岐にわたるジャンルに出演した。また、1996年からは製作も率いたドラマ「スピン・シティ」(1996-2001)で再び成功を掴む。同シリーズでは、「ファミリータイズ」に続きエミー賞コメディー部門で主演男優賞を受賞した。

一方、プライベートでは1991年30歳の時にパーキンソン病を発症。『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』の現場でその兆候が出ていたという。病気を公表したのは、1998年。2年後の2000年には非営利組織マイケル・J・フォックス パーキンソン病リサーチ財団」を設立し、パーキンソン病の研究助成活動をスタートした。同年、症状の悪化に伴い、「スピン・シティ」のレギュラーを降板。ここで俳優業から一時的に退くことになる。

マイケルは、俳優業から遠のいていても活動を継続し、2000年初頭には声優としても活躍。また2002年、ハリウッドでの成功からパーキンソン病の闘病まで綴った自伝『ラッキー・マン』を上梓。これがベストセラーとなり、作家としても成功する。以降、2000年代中頃からドラマを中心に、徐々に俳優業に復帰。カムバック作はシットコム「マイケル・J・フォックス」(2013-2014)。ドク役のクリストファー・ロイドもゲスト出演している。また、ドラマ「グッド・ワイフ」(2009-2016)では嫌味な弁護士役が評価され、エミー賞にノミネートされた。

2020年、マイケルは回顧録「No Time Like the Future: An Optimist Considers Mortality」を出版。同書の中で、大きな決断をする。パーキンソン病による記憶力低下を受け、俳優業2度目の引退を発表したのだ。それから約1年後の2021年12月、米誌とのインタビューに応じたマイケルは40年のキャリアを振り返り、こう語っていた

「私の子どもたちが、世界に良い影響を与える存在になっていることを願います。皆が僕の作品を観て、そこから何かを得てくれたら嬉しい。より深いレベルで言えば、僕の言動の中に真実を見出してくれることを祈っています。もし僕がパーキンソン病を患った方を助けることができていたら、それも最高です。財団を助け、人生や世界を変えることができるかもしれない、何か力強いものの一部になれるという目的と機会に感謝します。」

引退後もInstagramで私生活の様子を投稿しているマイケル。クールに決めた姿もそうだが、何より笑顔はずっと昔のままだ。

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ドク役クリストファー・ロイド

1938年、クリストファー・ロイドは米コネチカット州スタンフォードに生まれた。歌手の母親の下で育ったロイド少年は10代で役者を志し、ハタチ手前でニューヨークに拠点を移す。本場ブロードウェイで演技に磨きをかける。

舞台俳優として活躍していたロイドがスクリーンデビューを飾ったのは、38歳のとき。ジャック・ニコルソン主演の『カッコーの巣の上で』(1975)でだった。同作の舞台版で同じ役を演じていたことがきっかけとなり、出演が決まった。映画俳優としての活動を本格的にスタートさせ、『新・明日に向って撃て!』(1979)『スタートレックIII ミスター・スポックを探せ!』(1984)などで経験を積む。そして1985年、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のドクター・エメット・ブラウン役で世界的に名を知られるようになった。

4〜5年後の『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』『PART3』までには、同じくロバート・ゼメキス監督作品『ロジャー・ラビット』(1998)でドゥーム判事を演じ、俳優として様々な顔を見せる。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』出演後の1990年代初頭にはさっそく、『アダムス・ファミリー』シリーズのフェスター・アダムス役で人気を博した。

以降、主に小規模作品での出演を続け、さらには声優としての仕事も並行するなど、精力的な活躍を見せたロイド。83歳となった2022年現在も健在で、2021年公開のアクション『Mr.ノーバディ』でのショットガンをぶっ放すお爺さん役は記憶に新しい。また、ベン・アフレック主演『僕を育ててくれたテンダー・バー』(2021)でも、温かな祖父像を演じた。

2022年2月、ロイドは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』出演時を振り返り、当時に抱いたという不安を明かしている。一方、シリーズが誕生してから36年の間で実感した好影響も語ってもいた。

「1作目を観た子供たちは成長して、自分たちの子どもと人生を歩む。たくさんの人が私のところにやってきて、子ども時代に私や映画にどれだけ影響を与えられたかを教えてくれます。中には映画からの影響で、エンジニアや科学者、外科医になった方もいます。これほどの影響を与えることができたのは、他にありません。」

今後、ロイドは『スター・ウォーズ』シリーズの仲間入りを果たす予定。2023年2月に配信開始のドラマ「マンダロリアン」シーズン3でゲスト出演するという。さらに、ダークコメディ『Nandor Fodor(原題)』ではサイモン・ペッグとの共演も控えている。

私生活はあまり知られていないロイドだが、これまでには2度の来日も果たしている。Instagramでは家族や撮影現場の写真などをよく挙げており、日常を垣間見ることができる。

マイケル&ロイド、再会の歴史

ここからは近年で見られたマイケルとロイドの再会歴をご紹介。まず2015年、2人がマーティとドクとして再会を果たした奇跡の瞬間が訪れた。

米トークショー「ジミー・キンメル・ライブ」では、『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』の舞台として描かれた2015年に実世界が追いついたことを記念して、マイケルとロイドがマーティとドクを再演。デロリアンから降りて2015年の世界を再び目の当たりにした2人は、会場から大喝采で迎えられた。司会者のジミー・キンメルから、「この世界では車は飛ばないし、飛ばす方法が分からなかったんです」と告げられると、揃ってぽっかり口を開けていた。

また、その5年後、シリーズ完結から30年というアニバーサリーイヤーとなった2020年には、マイケルとドクの他にもロレイン役のリー・トンプソン、ジェニファー役のエリザベス・シュー、クララ役のメアリー・スティーンバージェンも集結した同窓会企画が実現。ロバート・ゼメキス監督と脚本・プロデューサーのボブ・ゲイル、作曲を務めたアラン・シルヴェストリも駆けつけ、名シーンの再現やクイズ番組などが行われた。

同窓会企画

直近では2021年8月、マイケルとロイドは2人で再会を果たしている。何かの仕事の現場なのか、ゴルフカーに座った2人による振り向きざまのツーショットはインターネット上でも話題となった。シリーズを卒業しても、マーティとドク、いやマイケルとロイドの友情は昔からずっと変わらないままなのだ。

直近の再会

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SawadyYOSHINORI SAWADA

THE RIVER編集部。宇宙、アウトドア、ダンスと多趣味ですが、一番はやはり映画。 "Old is New"という言葉の表すような新鮮且つ謙虚な姿勢を心構えに物書きをしています。 宜しくお願い致します。ご連絡はsawada@riverch.jpまで。