『バットマン vs スーパーマン』から10年、「マーサ問題」をザック・スナイダー監督が振り返る

『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』(2016)は、旧DCユニバースの運命を決定的に変えた作品と言っても過言ではないだろう。アメリカン・コミックスを代表するDCの伝説的二大ヒーロー、バットマンとスーパーマンが禁断の対決を繰り広げる……そう喧伝された意欲作だ。
物語はスーパーマン単独作『マン・オブ・スティール』(2013)の結末から地続きになっている。前作では宇宙からの侵略者を相手に都市メトロポリスで死闘を繰り広げたスーパーマンだが、その激戦によって街には壊滅的な被害が生じていた。
バットマン/ブルース・ウェインはこの市街戦で自社ビルを失い、スーパーマンを危険な脅威と見なすように。ついに一対一の決闘に持ち込むと、相手の弱点を突くパワードスーツでスーパーマンを無力化。いよいよトドメを刺そうとしたその時、スーパーマンが「マーサを救ってくれ」との言葉を絞り出すのを聞く。
実は……バットマンとスーパーマンは偶然にも、母親の名前が「マーサ」という同名だったのだ。バットマンが狼狽し、敵対視していた相手も人の子だったと気付くと、以降は手を取り合い、強大なヴィランを相手に共闘することとなる。
バットマンとスーパーマンの二人が対決するはずの映画で、結局のところ二人は同盟を組んで決着はつかない。しかもそのきっかけが「お母さんの名前が一緒だった」というプロットに、公開当時ファンの間では疑問の声も多数上がった。荘厳で神々しい物語の決定的な転換点とするにしては、あまりにも強度が足りないと見なされたのだ。
皮肉にも、約一ヶ月後にはライバルのマーベル・スタジオが『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(2016)を放ち、そちらではキャプテン・アメリカとアイアンマンが徹底的に戦う内容だったこともあり、『バットマン vs スーパーマン』はあまり良い評価に恵まれなかった。このシーンは「マーサ問題」として、多くのファンの間で賛否両論の議論となったほか、一部ではミーム化されるにも至った。
『バットマン vs スーパーマン』の公開から10年。監督のザック・スナイダーは米ポッドキャスト番組Happy Sad Confusedのゲストに登場し、同作の評価や裏事情について具体的に言及している。
「“マーサ”という言葉を聞くのもウンザリされているかもしれませんが……」と番組ホストは切り出す。「でも、あれほど重要なプロットの要となる部分を、ああやってネタにされて、からかわれた、あなたの中で少しは引っかかるところがあったのでは」と尋ねられたスナイダー。「『BVS』と、それが世界にどう受け取られたかについて、僕の100%正直な反応としては……」と、彼はこう答えている。
「結局のところ問題は、“フォーカスグループ(※スタジオによる事前のテストマーケティング)によってすべての角が削られたような映画を、本当に観たいと思いますか?”ということです。会議室で決められたり、検証済みのアイデアだけで作られたりしたような映画を、本当に観たいと思うのか?という。量販店みたいなストーリーがいいのか?本当にそれでいいのか?
それでもいいですよ。マーサを揶揄うのも構わない。原作のカノンでは、バットマンとスーパーマンの母親が二人ともマーサという名前だというのは事実なんです。コミックの世界では、それは本当のことです。」
スナイダーは現在も、「マーサ」は物語上の合理的な判断だったと考えている。「バケモノだと思っていた相手に……、運命の槍を構えて胸元に突きつけているバットマンが、自分の中で悪魔化していた相手にも、マーサという名の母親がいたと知る。彼(バットマン)の心に触れる方法が他にもあるのなら、それでもいいと思います。でも僕たちは、あれが最も明確な入り方だと思ったんです」。
さらにスナイダーは、「僕は『ウォッチマン』で経験を積みました」と続ける。2009年公開の同名グラフィックノベルを原作とする作品で、ストイックな映像表現が硬派な支持を集めた。
「『ウォッチマン』は決してこのジャンルを賛美するような作品ではありませんでした。ですよね?『ウォッチメン2』も話には出ましたが、存在はしません。あれは小説的というか、『ウォッチメン』は文学作品。フランチャイズ化されて変貌するようなものではない。」
単独作品の『ウォッチメン』を描き切った一方でスナイダーは、『マン・オブ・スティール』『BVS』、『ジャスティス・リーグ』へと続く一連の巨大な物語を語る際、「終わり方がわかっている神話的ユニバース」として意識していたという。「まるで花のようなものです。咲いて、輝いて、そして枯れる。それで終わりです」と、詩的な表現を連ねる。
「とにかく、あの3作でたどった神話的な旅が大好きですよ。あの狂気……、『ジャスティス・リーグ』がどこに辿り着き、どう進化し、どこから始まったか……、あの一連の狂気については、『ジャスティス・リーグ』10周年のタイミングにでも語りましょう。多分、前後編になりそうですけどね(笑)。」
ここでスナイダーが明かしたところによれば、実はバットマンとスーパーマンが激しく対決するというコンセプト自体に、MPAA(※作品の年齢制限を定める協会。日本における『映倫』にあたる)からケチがついていたというのだ。
「面白いのは、僕たちがR指定を避けてPG-13指定を目指していた時、MPAAがずっと『まだRです』と返していたことです。どういうことですかと。そういう要素は全部削っていたのに。
ある時のMPAAからの返答でよく覚えているのが、『そもそもバットマンがスーパーマンと戦うというアイデア自体が好ましくない』というもの。じゃあどうすればいいんですかと。
バットマンが相手に強く叩きつけるのがいけないのか?ラジエーターに叩き落とすからか?そんなの失礼だし、意地悪ですよ。だから、じゃあ少しの間、“バットマン対スーパーマン”じゃないことにしてくれませんか、と。
そこで気付くべきだったのは、僕らが時代精神を少し蹴飛ばしていたということです。皆さんを怒らせることになっていた。だって、ヒーローの解体なんて望まれていないし、ヒーロー同士がぶつかり合い、彼らの存在意義を問い直すような過程になるのも望まれていない。それもまた冒涜です。でも結局は、あれは彼らの存在価値を確かめるリトマス試験紙のような意図だったんです。」
2026年で10周年を迎える『バットマン vs スーパーマン』。賛否を超えて、いまだ語られ続ける作品であること自体が、その存在の強度を物語っている。もしも同作が「王道ど真ん中の、カラフルでキラキラした商業映画になっていたら、誰も気にしない作品になっていたと思う」とスナイダーはしみじみと語る。「きっと『BvS』じゃなくて『B&S』になっていたでしょうね」。
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Source:Happy Sad Confused























