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【インタビュー】『シラノ』ヘイリー・ベネット、古典作品の女性像を現代に甦らせる ─ 「この悲劇は私たちに警鐘を鳴らしている」

シラノ
© 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

演劇史に残る不朽の名作「シラノ・ド・ベルジュラック」が、現代屈指のキャスト&スタッフの手で甦る。日本を含む世界各国で愛されてきた物語を再構築したロマンティック・ミュージカル『シラノ』が、2022年2月25日(金)に全国公開となる。

自分の思いを打ち明けられないシラノ、思いを語る言葉を持たない青年クリスチャンのふたりに愛されるヒロインのロクサーヌ役を演じているのが、『Swallow/スワロウ』(2019、日2021)や『マグニフィセント・セブン』(2016)『ハードコア』(2015)など多彩な作品に出演するヘイリー・ベネット。本作の基となった舞台版(2018)でもロクサーヌ役を演じ、主演のピーター・ディンクレイジと共演した。

自身初の舞台出演となった『シラノ』舞台版に続いてロクサーヌを演じる心境、今という時代にロクサーヌという女性を演じる方法、そして私生活でもパートナーであるジョー・ライト監督との共同作業とは? 世界各国のジャーナリストが集まったインタビューにてじっくりと聞いた。

『シラノ』ロクサーヌ役ヘイリー・ベネット インタビュー

──『シラノ』舞台版に出演したきっかけ、ピーター・ディンクレイジやエリカ・シュミット(脚本)との仕事についてお聞かせください。

ニューヨークに住んでいたとき、演劇界に関わりたい、舞台に出たいと思っていました。そういうチャンスはないものかとエージェントに相談したら、その翌日に「ワークショップの機会がある」という電話をもらったんです。エリカ・シュミットが脚色した「シラノ・ド・ベルジュラック」を読むというシンプルなワークショップで、タイトルは『シラノ』。ピーター・ディンクレイジがシラノ役を演じて、ザ・ナショナルが音楽をやるって。私はザ・ナショナルの大ファンだったので、「やります」と即答でした。

(ワークショップは)最高の経験でしたね。原作が大好きになったし、エリカとピーターの夫婦ともそれぞれに意気投合しました。音楽も素晴らしかった。後先を考えることなく、最高の仕事ができたと思います。まさに稽古場のような環境で、大きな結果を出さなければいけないと思わず、大胆に演技ができた。ワークショップの1ヶ月後にエリカから連絡があって、コネチカットでの公演に出ないかというオファーをもらったんです。

──映画化にあたってジョー・ライト(監督)を紹介したのはあなたですか? どんな経緯で監督に決まったのでしょう?

ジョーはコネチカットでの公演を初日に観てくれました。だけど、その後はとくに何も言われなかったので、あれこれと感想を知ることはできなかったんです。ただ、あまりにも「もう一回観たい」と言うから、私は「どうしたの? なんで? なんで観たいの?」って(笑)。そうしたら、恐る恐る「エリカの戯曲を映画化したい、彼女と話したい」と言うんです。ジョーがエリカと関わるのは素晴らしいことだと思いましたし、わざわざ私の許可を取るなんて本当に丁寧だなと思いました。

シラノ
© 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

──パートナーのジョー・ライトから演出を受けるのは苦しいものですか、うれしいものですか? 自分の長所と短所をよく知られているわけですが。

私たちはお互いの仕事ぶりが大好きです。その情熱は恵まれたもので、作品の中ですべて分かち合っています。(パートナー同士での仕事を)難しいと感じる人がいることはわかりますが、私たちはむしろ真逆で、とても素晴らしいことだと思っているんです。俳優と監督の間には信頼関係が欠かせません。撮影に入る前から信頼関係ができあがっているのは理にかなっていると思います。

──(THE RIVER)本作のロクサーヌには現代的なテーマがたくさん表れています。役柄の現代性を表現するにあたり、監督やエリカとはどんな話をしましたか?

ロクサーヌは先進的な女性として描かれていますが、もともとは1800年代に男性(エドモン・ロスタン)によって書かれた役柄です。エリカの脚色が面白かったのは、今までの翻案とは別の世界に導いてもらえたように思ったから。男性の後ろをついていきたがる女性もいるけれど、ロクサーヌはそうじゃない。彼女にとって大切なのは自立していることだし、自分の創造性や芸術性をきちんと表現すること。彼女は自分が書くものだけでなく、自分の人生の当事者でありたいんです。そこが本質的に現代的だと思いました。

この映画の舞台は、女性が自分たちの人生を自分のものにできなかった時代。だけどロクサーヌは、結婚して妻になることには興味がないんです。歴史上の素晴らしい女性たちについて調べていくと、現代では、多くの女性が男性の陰に隠れたくないと考えていることがわかります。役づくりの上で、彼女たちの存在が道しるべになってくれました。

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──舞台から映画までロクサーヌ役を演じてきた過程では、ご自身にも変化があったと思います。ロクサーヌ役を演じるうえでの目標にも変化はありましたか?

ひとつの役柄を数年にわたって演じるのはロクサーヌが初めての経験でした。私自身も人間として成長しましたから、自然にロクサーヌも成長してきたように思います。たくさん舞台に立ち、この役柄と一緒に生きてきました。(舞台版の)当時はニューヨークに住む、とにかく舞台に出たいと考えている若い女性だった。自分には舞台に立てるだけの実力がないのではという不安もあったし、恐怖にも向き合いました。ちょうど母親になろうという時期で、それから母親になったし、パートナーにもなった。

ひとつ大切に考えているのは、ロクサーヌは真実の愛を知るのだということ。真実の愛とは何か、それは何を意味しているのか……。そのプロセスを通じて、私も愛情についての理解を深められたと思いますし、そのことでロクサーヌへの理解も深まったと思います。とても個人的な経験でした。

──この映画は「愛へのラブレター」だと思います。しかし、今ではスマートフォンのテキストや絵文字で愛を伝える時代です。人々がラブレターを書かなくなったことで失われたものはあると思いますか?

自分の思いをはっきりと表現し、紙に書くということが難しくなったと思います。この映画は本当の気持ちを隠すこと、誰かを愛する資格がないと感じることについて描いています。私たちが生きる今の時代は、社会全体がソーシャルメディアの陰に隠れてしまっていると思いますね。私は詩や文学が好きで、書くことも好きですが、これは面白いことだと思うんです。私自身、自分で表現するよりも、メディアを通じて自分の気持ちを書きとめたり、自分自身について伝えたりするほうがずっと楽。気持ちや感情の面でも楽ですね。(ラブレターは)もう失われてしまった芸術だと思います。悲しいことです。

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──「シラノ・ド・ベルジュラック」はコメディやミュージカルなどに翻案され、作品にはつねに新たな表現の形が表れています。そんな中で、原作の本質はどこにあると思いますか?

問題は「物語にどう共感するか」だと思います。誰かを愛する資格がないと感じることや、愛情を伝えたり、あるいは受け入れたりする力がないと思うことは非常に共感しやすく、また素直にロマンチックなもの。この物語に心を奪われ、夢中になり、本能的な反応が出てくることもあると思います。

テルライド映画祭のプレミア上映に参加したとき、女性用のトイレに行ったら、列に並んでいる女性たちが涙を流していて、マスカラが落ちてしまっているのを見ました。そのことにすごく感動したんです。この物語は悲劇であり、私たちに警鐘を鳴らしているのだと思います。自分自身で真実を語らなければ、自分が心を開かなければ、自分のプライドを一時でも忘れることができなければ、それは人生を無駄遣いすることになるんだって。

映画『シラノ』は2022年2月25日(金)より全国公開

Writer

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稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。THE RIVERほかウェブ媒体、劇場用プログラム、雑誌などに寄稿。国内の舞台にも携わっています。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。