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【レビュー】『ディズニーCEOが実践する10の原則』テレビ局の雑用係だったロバート・アイガーが明かす「学び」に満ちた成功物語

ディズニーCEOが実践する10の原則

ウォルト・ディズニー・カンパニー会長・前CEOのロバート・アイガーが、自身の半生と成功哲学を徹底的に明かした書籍『ディズニーCEOが実践する10の原則』が発売となった。ピクサー、マーベル、スター・ウォーズ、そして21世紀フォックス…総額9兆円という途方も無い規模の買収劇を繰り返し、エンターテインメント界の最重要存在であり続けるディズニーの成功哲学とは。テレビ局の雑用係からのし上がったロバート・アイガーが、その裏側を初めて語り尽くす。

映画のファンのみならず、誰にとっても痛快なサクセスストーリーが次々と登場するから、のめり込んで読める一冊だ。テレビ局の雑用に走り回っていた若き頃に、フランク・シナトラの楽屋に荷物を届けた際、「坊や、名前は?」と声をかけてもらって夢見心地になったというエピソード。ディズニー・アニメーションの崖っぷち時代、ピクサー買収の交渉ではスティーブ・ジョブズとやりとりを重ね、その有名な天才的プレゼンテーションを目の当たりにして心を掴まれたことや、見事買収を成功させたこと。その後スティーブが亡くなるまで親友関係であったこと。そんなジョブズに反対されながらもマーベルの買収に乗り出し、やがて『ブラックパンサー』がいかに重要な成功を収めるか……。

それから、『スター・ウォーズ』のルーカスフィルム買収劇では、親方気質の生みの親ジョージ・ルーカスをどのように懐柔したか、その後ルーカスが、交渉中に提出した続3部作の草稿が却下されたことや、『フォースの覚醒』の出来にいたく落胆していたことも赤裸々に綴られている。(『フォースの覚醒』のプレミア出席を当初拒んでいた、とも。)

さらに、メディア王ルパード・マードックとの秘密の会合や、フォックス買収の可能性がいかに仄めかされたか、それから繰り広げられた莫大なカネ動く買収競争の裏側が明かされている。

世界最大のコンテンツ企業となったディズニーは、実写とアニメそれぞれの自社スタジオに加え、ピクサー、マーベル、ルーカスフィルム、そして20世紀スタジオを有しており、買収戦略によって拡大を続けている。ABC局買収以来の大型獲得であるピクサーは、当時低迷していたディズニー・アニメーションを立て直すためだったが、マーベルに続くそれ以降の買収劇は、とある切迫した危機感に駆り立てられていたためと分かる。

アイガーはディズニーのCEOに就任した2012年時点で、「ますます『コンテンツ』の数や配信経路が増えていく中で、コンテンツの質が一層重要になる」こと、「テクノロジーを使って今の時代に合った新しい手法で消費者とつながらなければならない」ことを予見し、経営指針に掲げている。アイガーに焦燥感を与えていたのにNetflixの存在があったことは間違いないが、本書の中でアイガーはその好敵手の名を実質的に語ることはない。本書でのアイガーおよびディズニーは、業界の劇的な変化を先読みし能動的であったように書かれるが、その行間には「Netflixに追われる焦り」が滲んでいる。

本書で語られていない出来事はもうひとつある。2018年7月の『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』ジェームズ・ガン監督の降板騒動だ。これは、ガン監督が10年近く前に投稿していたTwitter上での不適切な発言が指摘され、一部で「炎上」してから即日、解雇されてしまった出来事。最も、この実質的な決断を下したのはアラン・ホルン会長であり、アイガーはそれを「支持した」立場に過ぎない。

ただし、ここで重要なのは、ジェームズ・ガン解雇騒動には「ロザンヌ炎上事件」が先行していたということで、こちらにはアイガーが決定的に関わっている。2018年5月、人気ドラマ「ロザンヌ」の主演女優ロザンヌ・バーが、やはりTwitterで人種差別的な発言を行ったことで炎上。番組はアイガーの声によって即刻打ち切りとなった。

本書でアイガーは、ロザンヌ本人と元より交流があったことを書いている。しかし、アイガーのような大企業の経営者であれば、私情を切り離したビジネス的な決断が必要とされるもの。発覚後、アイガーは「選択の余地はないな。人として正しいことをするだけだ」と言い、番組の打ち切りに至ったという一部始終が語られている。「この会社に関わるすべての人とすべてのプロダクトに品格と誠実さを求めることが何よりも優先されますし、二度目のチャンスはありません。すなわち、ディズニーの品格を公然と傷つけるような振る舞いを許すべきではないのです。」こうした背景を読み解くと、ジェームズ・ガン解雇騒動への繋がりもよく見えてくるだろう。(幸い、ガン監督はファンおよび関係者らの必死の懇願が続いたことが功を奏し、後に復帰を果たしている。)

この本が面白いのは、このような世間を賑わせた出来事の数々の裏側が赤裸々に明かされる興味深さのみならず、アイガーが一端のテレビ局雑用員から実力でのし上がった経歴の持ち主ゆえの、地に足のついた視点にもある。それはさり気ない表現やエピソードにも現れていて、例えば、アイガーは時としてディズニーを「ガチガチの官僚的な企業」とも書く。それから、ディズニーに参画して間もない頃は、会社の重役がミッキーマウス柄のネクタイを締めるよう推奨されていたことに抵抗していたらしい。ディズニーの展開するビジネスの規模はほとんどの人にとって現実離れしていると言えるほど壮大なものだが、そんな中でもアイガーは常に人間らしく、共感出来るひとりのビジネスマンとして苦悩と奮闘、そして立場恐れぬ挑戦を繰り返しているのだ。

徹底的なブランド管理で知られる、いわば保守的な巨大企業の中で、アイガーはいかにして革新を起こし続けたのか。「イノベーションか、死か」と謳うアイガーのたどった経歴は生半可なものではない。だからこそ、「10の原則」は強烈な説得力と具体性を帯びて、読み手を強く刺激してくれる。ディズニーやピクサー、マーベル、スター・ウォーズといったポップカルチャーのファンはもちろん、人をまとめるリーダーの立場の人間や、会社経営者を始めとするビジネスパーソンにとっても必読書である。

『ディズニーCEOが実践する10の原則』は、早川書房より発売中。2,100円(税別)。

Writer

中谷 直登
中谷 直登Naoto Nakatani

お問い合わせは nakatani@riverch.jp まで。

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