Menu
(0)

Search

【レビュー】『ドクター・ストレンジ』人間ドラマとイマジネーションが映像を更新する、超・理性的ヒーロー映画の誕生【ネタバレなし】

2016年11月4日、映画『ドクター・ストレンジ』の日本最速試写会に参加することができた。しかしそれから数日間、レビューを書きあぐねてしまった。どこを切り取っても書くことがたくさんある映画だし、そのくせどこを書いてもネタバレになってしまう。

結論から言って、『ドクター・ストレンジ』はとても素晴らしい映画だった。そして前評判通り、映像表現にきわめて長けた映画である。その鮮やかさ、緻密さと奇想天外ぶりには脳みそをかき混ぜられるようなショックを受けるし、“合法ドラッグ”という表現は至極真っ当だ。

しかし筆者は、今回のレビューで、『ドクター・ストレンジ』最大のポイントは映像ではないと強く主張したい。誤解のないように記しておくと、本作の映像表現はとても鮮やかで、その技術や発想が映画をたぐいまれなる体験に昇華していることは明らかだ。ただしそれだけでは、この映画について正確に述べたことにはならないだろう。

なぜなら『ドクター・ストレンジ』最大のポイントは、映画が観客の“現実認識”を問いつづける点にこそあるのだ。洗練された映像や、シンプルかつ骨太なストーリー、地道かつ緻密な演技と演出は、まさにそのために用意されている。

「新しくない」映像を「新しく」観せるものとは?

あえて乱暴に言い切ってしまおう。『ドクター・ストレンジ』の映像表現“そのもの”は決して新しくない。たとえば予告編にも見られる「都市の歪み」は『インセプション』を思わせるし、スコット・デリクソン監督自身、映像表現にはシュールレアリズムの絵画やエッシャーの騙し絵を参考にしたと語っている。マーベル・スタジオのケヴィン・ファイギ社長も、『アントマン』で見られた表現の延長線上に『ドクター・ストレンジ』があることを明かしていた(記事)。

そして実際に、『ドクター・ストレンジ』には『インセプション』っぽいところも、エッシャーっぽいところも、『アントマン』っぽいところもある。しかし、それでも『ドクター・ストレンジ』の映像表現は確かに新しいのである。しかし、なぜ新しくないはずの映像が、観客の目に新しく映るのだろうか?

『ドクター・ストレンジ』あらすじ

あらゆる手術をこなす天才外科医スティーブン・ストレンジは、ある日、自動車事故で両腕の神経を損傷してしまう。手術のあと目覚めたストレンジは、自らの両手が思い通りに動かなくなったことを知った。最後の願いを託し、ストレンジはネパールにある秘境カマル・タージを訪ねる。神秘の力をまったく信じないストレンジだったが、そこで出会ったエンシェント・ワンの力を目の当たりにして、自らにも魔術を教えてほしいと懇願。そこで厳しい訓練に耐えたストレンジは、恐るべき魔術の世界へと足を踏み入れていくのだった……。

「常識はずれ」が、常識への想像力を膨らませる

主人公スティーブン・ストレンジの仕事は、「傷ついた誰かを自分の手で治療する」という極めて現実的な行為だ。そしてストレンジは、その仕事にこそ自身のアイデンティティを感じている。つまり彼の両手が自在に動かないという事態は、まぎれもなく彼のアイデンティティが危ぶまれる状況なのだ。しかし両手を治癒するために、ストレンジは魔術という非現実的な世界へと突入しなければならない。

http://screenrant.com/doctor-strange-trailer-breakdown/
http://screenrant.com/doctor-strange-trailer-breakdown/

しかし現実主義者のストレンジが魔術に触れるとき、彼の内面には葛藤が生まれる。魔術の力を見つめ、自らがその力を操るほど、ストレンジはむしろ現実への問いを深めていくのである。

「この場所とは?」「私という人間とは?」「時間の流れとは?」「生とは?」「死とは?」「正義とは?」「悪とは?」……。

ストレンジの目にした光景が、彼をこうした問いへと突き動かす以上、観客もそれ相応の光景を目撃せねばならない。つまり目を見張るような映像表現は、ストレンジと同じ問いに観客が迫れるよう設計されているのだ。魔術や異次元をしめす幻視的な映像が広がり重ねられ、世界観が「なんでもあり」になるほど、ストレンジの対峙する問題がくっきりと浮かび上がる。映像表現がド派手になればなるほど、むしろ映画のテーマやストーリーが照らし出される構造なのである。

ただし『ドクター・ストレンジ』は、そこまで凝りまくった映像表現と同じくらいに、俳優陣の好演と地味な演出が功を奏した映画でもある。

地道な演技と演出が、映像表現を増幅させる

たとえば主人公スティーブン・ストレンジ役のベネディクト・カンバーバッチは、傲慢で饒舌だが人間らしい弱みをともなうニュー・ヒーローを見事に演じている。魔術師エンシェント・ワン役のティルダ・スウィントンは、秘境で暮らす人物としては端正すぎるものの、浮世離れした存在感を発揮しているし、とりわけ終盤の演技は絶品だ。ストレンジの相棒的存在であるバロン・モルド役のキウェテル・イジョフォー、ヴィランであるカエシリウス役のマッツ・ミケルセンも、それぞれのキャラクターに秘められたドラマを丁寧に炙り出して物語に厚みを与えている

またスコット・デリクソン監督は、未知なるものを目の前にした人々の揺らぎや、その内面で起こる葛藤やおかしさを確実に切り取る演出で、ブッ飛んだ映像表現だけに気を取られない絶妙なバランスを映画にもたらした(ヒロインを演じるレイチェル・マクアダムスは、その点でも映画に欠かせない存在だ)。多くのホラー映画で培われた監督の手腕は本作でも発揮されており、とりわけ中盤に登場する手術室のシーンは白眉の仕上がりとなっている。

(Credit: Jay Maidment) ©2016 Marvel. All Rights Reserved. http://collider.com/doctor-strange-night-nurse-rachel-mcadams/
(Credit: Jay Maidment) ©2016 Marvel. All Rights Reserved.

http://collider.com/doctor-strange-night-nurse-rachel-mcadams/

もうひとつ注目しておきたいのは、マーベル映画らしからぬ痛い描写ちょっと残酷な表現だ。魔術という非現実がファンタジックに描かれるぶん、現実のアクションや暴力にはそれなりの描写が用意されている。「現実とは?」という問いが存在するのと同じように、「傷つくとは?」「痛みとは?」という問いが表現のあちこちに含まれているのである(過激な描写が苦手な人にも十分耐えられる範囲なのでご安心いただきたい)。

きわめて地道、かつ緻密な演技と演出で、『ドクター・ストレンジ』ではシンプルな人間ドラマが高い次元で達成されている。そして、地に足の着いた表現こそが“現実”と“非現実”のギャップを生み、“非現実”の狂った映像表現を支えているのだ。しかし先に記したように、狂った映像表現は、観客に「現実とは?」という問いを突きつけるのである。

「現実とは?」を想像することは、「非現実とは?」を想像することだ。丁寧に構築された人間ドラマと作り手のイマジネーションに、観客のイマジネーションが重なりながら、『ドクター・ストレンジ』はスクリーンに映し出されている以上に増幅されていく

現実と非現実の往還、その向こう側にある結末

あくまで「ネタバレなし」をうたったレビューである以上、本記事で『ドクター・ストレンジ』の最深部に言及することはできない。しかし、ここまで述べてきたとおり、『ドクター・ストレンジ』は徹底して現実と非現実を行き来する映画だ。映画のテーマが決着を迎えるのは、まさにその往還の向こう側なのである。

現実主義者のストレンジが、非現実へと深く潜れば潜るほど、彼は自らの現実や認識と真正面から対峙しなければならない。映画のクライマックスでストレンジが挑む方法や、ラストで(ドクター・ストレンジではなく)スティーブン・ストレンジが身につけているアイテム、そして彼自身の状態は、ストレンジが選択した結論を象徴しているだろう。映画の前半には、その結論にもリンクするエピソードがきちんと用意されているので、見逃さないようにしていただきたい。

http://www.technobuffalo.com/2015/11/05/doctor-strange-roams-the-streets-of-nepal-in-new-set-photos/
http://www.technobuffalo.com/2015/11/05/doctor-strange-roams-the-streets-of-nepal-in-new-set-photos/

劇中のドクター・ストレンジは、時に怒ることはあっても超・理性的なキャラクターであり、アイアンマンやキャプテン・アメリカたちとは明らかに違う性質のヒーローだ。「なんでもあり」になったマーベル・シネマティック・ユニバースのパワーバランスも、まさにその一点でのみ崩壊が阻止されることだろう。『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー(原題)』でどんな活躍が観られるのか、今から楽しみにしたい。

映画『ドクター・ストレンジ』は2017年1月27日公開予定。ちなみに全編を彩る音楽(マイケル・ジアッキーノ)も最高なので、是非そちらもご期待いただきたい。

Writer

アバター画像
中谷 直登Naoto Nakatani

THE RIVER創設者。代表。運営から記事執筆・取材まで。数多くのハリウッドスターにインタビューを行なっています。お問い合わせは nakatani@riverch.jp まで。