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【最速レビュー】『ドクター・ストレンジ』という合法ドラッグ映画は、ヒーローアクションの定義を永遠に変えた【ネタバレ無し】

ドクター・ストレンジ』で描かれる異次元世界は、これまでのどんな映画でも表現できなかった超常的領域に達している。目がくらむほどの色彩は、世界中の絵の具をかき集めてもなお足りないだろう。無限の色彩がうごめき、体を侵し、観客の低次元な思考回路を一瞬にして断ち切り、真新しい次の銀河系へ吹き飛ばす。そこで描かれる映像は、まるドラッグでハイになってしまった魔女の脳みそから漏れ出したオイルが、マーベル世界のマルチバースを照らす太陽の光で煌々と輝いているようである。そのおどろおどろしささえ感じさせる怪しいオイルは、あなたの全身の穴という穴から侵入し、頭部に到達すると、あなたの目玉と脳の色を一瞬で虹色に染めてしまうだろう。

あなたが知らなかった芸術に弄ばれる115分

『ドクター・ストレンジ』の映像の魅力は、どう考えてもトリップ映画的なアンビエント世界の表現だけではない。ストレンジやエンシェント・ワンらがヴィランであるカエシリウスらとニューヨークの市街地で戦闘を繰り広げるシーンも画期的だ。エンシェント・ワンやカエシリウスが宙に魔法陣を描き、その風景が複雑な万華鏡のように折り重なり平衡感覚の概念を取り払った瞬間、あなたははっきりと「自分が知り得なかった別の世界が確かにある」と気づくはずだ。

『ドクター・ストレンジ』で描かれるアクション・シーンは、そう知覚させるほどの説得力を兼ねている。高次元から我々を見下ろす知られざる存在が、今自分が腰掛けている劇場を持ち上げ、ゆすり、振り、回転させ、そしてこね回しているのだと。戦闘シーンでは、空が地になり、右が左になり、あちらがこちらになる…。
いや、違う。違うのだ。『ドクター・ストレンジ』の戦闘シーンの映像は、四次元世界の感覚で三次元世界を再現したに過ぎない。だから、空とか地とか、上とか下とか、右とか左とか、あちらとかこちらとか、そんな概念で測ろうとすること自体が愚かなのかもしれない。
三次元で見たものを、二次元で再現するとそれは『絵画』になる。そして、四次元の世界を、三次元的に再現すると、『ドクター・ストレンジ』になるというわけだ。

超常世界を覗き見る体験

マーベル・シネマティック・ユニバースの良いところは、作品世界が我々の暮らす現実世界の地続き上にあると感じさせてくれるところだ。べつにDCとの比較を煽る意図は一切無いが、ゴッサム・シティなど架空の街を主な舞台とするDC作品とは違い、マーベル作品はニューヨークなど実存の世界を舞台としている。さらに今回はストレンジが劇中で「アデル」とか「ビヨンセ」とか「エミネム」とか実在のセレブの名を口にする。その瞬間観客は、この物語が今自分たちが暮らしている宇宙と同じ場所にあるのだと感じることができる。だからこそ、劇中で彼らが時空を超越する魔法の円を描き、どこでもドアのように世界を行き来する光景も、単なるファンタジーではなく「自分が知らないだけで、こういうものもある」と信じ込ませるだけの説得力を帯びてくる。もしかしたら自分の暮らす日常のどこかに、目では見えない薄いガラスの膜があり、指でひと刺しするだけでジオメトリックのひびが割れ、別の次元へ立ち入る隙間が生じるのではないかと考えさせられるのだ。

そのひびの隙間から覗く『ドクター・ストレンジ』の幻視映像では、あなたがこれまで知覚していなかった超常世界がめくるめく色彩の協奏曲で再現され、ショッキングなほどに鳴り響いている。残響音に追われ、目まいに似た感覚の中で、ストレンジたちは真顔で戦闘を繰り広げている。スクリーンの隅々まで見渡し、理解することは不可能だ。ただ口を開け、唖然としながら、頭がイカれるほどに芸術的な映像のシャワーを全身で浴びることしかできない。最高の合法ドラッグである。

ヒーローアクションの定義を変える高度な描写

これはあまり語られていないことだが、マーベル・シネマティック・ユニバースの作品は、アクション映画やヒーロー映画において、明らかに高度な次元での芸術表現を試み始めている。筆者が別の映画レビュー記事でも何度か繰り返しているように、ヒーロー映画におけるクライマックスシーンのアクションは既にマンネリしている。大都市の天空に『ゲート』が開き、宇宙とか別世界のエイリアンめいた軍隊が大量に押し寄せてきたり、大ボスが満を持して降りてきたりする。地上と空中ではヒーローたちが決死の覚悟で戦い、かろうじて勝利する。そこで期待できるのは、なぎ倒されるビル群を潜り避けながらのド迫力のアクションだろう。

だが、ヒーロー映画を観る度に世界が崩壊しかけ、救済されるサイクルをあまりにも繰り返しすぎた観客は、もっと別の戦いを観たいと感じるようになった。だから『ダークナイト』や『シビル・ウォー : キャプテン・アメリカ』などでは価値観の戦いを描き、『アントマン』は量子力学の世界での戦いを描いた。そして『ドクター・ストレンジ』では、平衡感覚と時間軸を超越した四次元世界での戦いを描いているのだ。ネタバレになるので詳細は伏せるが、ラストの戦い方は「なるほど」と唸らせた。

Writer

中谷 直登
中谷 直登Naoto Nakatani

THE RIVER創設者。代表。運営から記事執筆・取材まで。数多くのハリウッドスターにインタビューを行なっています。お問い合わせは nakatani@riverch.jp まで。

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