偏見と米ソ関係 ─ 『ドリーム』3つの疑問を解説 アメリカの60年代と人種差別の歴史をもっと知るために

映画『ドリーム』は胸が高鳴るような宇宙の物語と、重い人種差別の歴史を織り交ぜて描く、実話を元にした作品である。

1960年代、NASAではアメリカ初の有人宇宙船計画「マーキュリー」が押し進められていた。数学の天才・キャサリン、計算部の有能なリーダー格・ドロシー、技術者を目指すメアリーたち黒人女性の職員もマーキュリー計画成功のために忙殺される日々だ。しかし、アメリカ最高の頭脳が結集しているはずのNASAですら、当時の人種隔離政策の影響が根強い。キャサリンたちはさまざまな差別に遭いながらも、少しずつ白人職員から自分たちの居場所を認めさせていく。


ここでは、『ドリーム』本編から3つの疑問点を抜き出し、参考になる作品を挙げながらアメリカの非白人の差別問題について基本事項を押さえていきたい。 

©2016 Twentieth Century Fox Film Corporation

Q:どうして非白人は隔離されていたの?

A:ジム・クロウ法によって人種の隔離が正当化されていたから。 

南北戦争(1861-1865)以前、アメリカでは奴隷制度が一般的であり、特に南部の白人農場主による黒人の支配が大々的に行われていた。綿栽培などの農業が経済の中心だった南部では、労働力の確保と人件費の削減が必須だったからだ。

南北戦争によって北軍が勝利し、アメリカ全土での奴隷制廃止が決定された後でも、南部は黒人労働力を必要としていた。そこで、黒人を「奴隷ではないが白人よりも下の存在として隷従させる存在」とするための法律を南部各州は次々に制定した。それらの総称が「ジム・クロウ法」である。

ジム・クロウ法は主に人種隔離によって白人の非白人に対する優位性を認める内容になっていた。公共施設、交通機関はおろかトイレさえも非白人は白人から隔離され、人権を侵害されていた。『ドリーム』の舞台となったバージニア州は西南部に位置しており、ジム・クロウ法が幅を利かせていた地域である。

劇中、ドロシーは非白人の利用が認められていない図書館に足を踏み入れる。メアリーは非白人が通えないはずの学校に入学するため司法に訴え出る。1960年代は圧政に耐えかねた非白人たちが声を挙げるようになった時代だ。

きっかけとなったのは、1955年のローザ・パークス事件である。ジム・クロウ法の弾圧が強いアラバマ州で、黒人女性のローザ・パークスがバスの白人優先席に座り逮捕された。パークスは自由を求める黒人の象徴となり、やがてアメリカ全土を巻き込む公民権運動の口火となる。ジム・クロウ法が撤廃されたのは1964年、『ドリーム』で描かれた時期の直後である。 

参考にしたい映画

  • 綿農場と奴隷の関係を知るなら『それでも夜は明ける』(2013)
  • ローザ・パークス事件の余波を知るなら『ロング・ウォーク・ホーム』(1990)
  • 公民権運動の渦中を知るなら『グローリー/明日への行進』(2014)

Q:どうしてアメリカはソ連を恐れていたの?

A:冷戦の最中だったから。

1945年に終戦を迎えた第二次世界大戦は「西側」と「東側」という言葉を生み出した。簡単にいうと、資本・民主主義を掲げる諸国が「西側」で共産・社会主義を掲げる諸国が「東側」である。たとえば、1949年には社会主義国家の東ドイツが建国され、西ドイツと「ベルリンの壁」を隔てながら、同じ人種同士なのに別々の国家としての道を歩み始める。

アメリカにとっては戦後、領土を拡大して国力を増していた社会主義国家・ソビエト連邦は「仮想国家」ともいえる相手だった。軍事衝突こそないものの、常に互いの動向を牽制し、一触即発の事態を繰り返していた状態を「冷戦」と呼ぶのである。

アメリカが宇宙開発と有人宇宙飛行に力を入れ始めたのもソ連の脅威が原動力だった。当時、先進国が核ミサイルの製造に着手していたのは周知の事実であり、来るべき核戦争を想定して仮想敵国を監視するための「宇宙人工衛星」が必要とされていた。また、アメリカとソ連がそれぞれ、西側と東側の威信をかけて人類史に残る偉業を先んじようとしていたのもある。

『ドリーム』で興味深いのは、キャサリンたち非白人も白人と同様、東側に怯え、アメリカの未来のために仕事をしていた事実だ。アメリカ内で差別される側だった彼女たちの愛国心を描くことで、境遇の理不尽さがより鮮明になる。

参考にしたい映画

  • 冷戦を代表する一大事、「キューバ危機」を知るなら『13デイズ』(2000)
  • アメリカのために尽くした黒人たちの気持ちを知るなら『グローリー』(1989)
  • 冷静渦中に作られた映画で当時の恐怖を知るなら『影なき狙撃者』(1962) 

 

Q:どうしてヴィヴィアンは「私に偏見はない」と言ったの?

A:差別する側には自覚はない場合がほとんどだから。

NASAのスーパーバイザー、ヴィヴィアン(キルステン・ダンスト)は作中の「悪役」に近い役どころだ。ドロシーを酷使しておきながら管理職には昇進させず、黒人が出世できないのは当然だと思っている。口を開けば嫌味ばかり。そんなヴィヴィアンさえも見直すほど、ドロシーたち黒人職員は努力を重ねてNASAに貢献できるようになっていく。

IBMの計算機をプログラミングできるようになったドロシーにヴィヴィアンはおそらく初めて労いの言葉をかける。そして、「偏見はない」と強調するのだが、ドロシーは「自覚がないだけではないですか」と返す。

こんな話がある。『黒い司法 黒人死刑大国アメリカの 冤罪と闘う 』(ブライアン・スティーヴンソン/亜紀書房)は黒人弁護士が法廷における人種差別の実態を告発したノンフィクションだ。スティーヴンソンは人権派弁護士を描いた名作映画『アラバマ物語』(1962)に感動する白人たちに冷ややかな感想を持つ。本作を見ていない人の間ではあまり知られていないが、『アラバマ物語』で主人公が弁護した無実の黒人男性は有罪判決を下され死刑となる。にもかかわらず、映画は主人公の誠実さと父親としての立派さを称えて終わるのだ。黒人たちには『アラバマ物語』が白人の主観で描かれた自己満足の映画に映っている。それはハーパー・リーによる原作小説のメッセージからもかけ離れていた。ちなみに、『アラバマ物語』原作の続編となる小説『さあ、見張りを立てよ』では人種隔離政策の支持者となった主人公弁護士の暗い老後が描かれていた。

往々にして、差別される側の気持ちは見過ごされる。というよりも歴史上、差別する側が「自分たちの行動が差別である」と自覚的に誰かを虐げていたケースの方が珍しい。奴隷時代、黒人は人間と認識されていなかった。家畜と同じだから強制労働させてもいいし、自由も必要ないという発想だ。1960年代のアメリカでも「隔離は法律で定められているのだから人権を主張する黒人がおかしい」と白人たちの多くは考えていた。

当時の基準に照らし合わせれば、ヴィヴィアンは決して悪人ではない。しかし、「規則だから」「前例がないから」と、黒人職員たちの訴えをまともに扱ってこなかったのは差別のあり方を象徴している。社会の常識に流されず、自身の倫理観を教育によって養う姿勢こそが差別撤廃へとつながるのではないだろうか。

 参考にしたい映画

  • 白人史観による黒人差別の視点を知るなら『アラバマ物語』(1962)
  • 日常的にひそむ差別意識を知るなら『ヘルプ~心がつなぐストーリー~』(2011)
  • 白人社会と黒人社会の違いを知るなら『招かれざる客』(1967)

©2016TwentiethCenturyFox

『ドリーム』はこれらの問題を反映させながら語り口はあくまで軽やかだ。マーキュリー計画のクライマックスには誰もがさわやかな感動を呼び起こされるに違いない。

About the author

京都在住、農業兼映画ライター。他、映画芸術誌、SPOTTED701誌などで執筆経験アリ。京都で映画のイベントに関わりつつ、執筆業と京野菜作りに勤しんでいます。

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