『エターナルズ』の東洋思想、監督が語る ─ 男性性と女性性、陰と陽、非西洋的デーモン

マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)『エターナルズ』でクロエ・ジャオ監督は、アジア系女性としては異例の抜擢となった。MCU史上最大級といえるスケールで描かれた本作でジャオ監督は、物語に東洋哲学を取り入れようと試みたという。米Varietyに興味深い裏側を語っている。
この記事には、『エターナルズ』のネタバレが含まれています。
「私たちの社会で私たち自身を語るような物語では、しばしば男性的な強さが強調され、祝福されます。不断の行動の強さ、勝利の強さ、革新と拡大の強さです。『エターナルズ』では、私たちの中にある女性的な強さを探求しようとしました。脆弱性、愛、許し、そして“行動なき行動”から生まれる強さです。
『エターナルズ』のキャラクターは全て、男性性と女性性との間に調和を見出そうと試みています。“陰”と“陽”です。その調和を見出した時のみ、彼らは完全になれるのです。」
ジャオ監督の説明によれば、『エターナルズ』のクライマックスで描かれた展開は、東洋思想に基づくものである。劇中でセルシとイカリスはイデオロギーを異にしているが、最終的に彼らは互いに手を下さない。「行動しないという選択をし、脆弱性と愛を受容した」と、ジャオ監督は解説する。「こうした瞬間をスーパーヒーロー映画で描けたことが、私にとっては非常に意義深いのです」。

また、『エターナルズ』では超自然的な存在であるセレスティアルズの意思に対し、エターナルズがどう対処すべきかが描かれたという点も、東洋的な観点によるものと言えるだろう。「伝統的な西洋の悪魔の描かれ方と違って、東洋の宗教における悪魔は、しばしば自然に由来する古代の強力な精神として描かれます」とジャオ監督が語るように、『エターナルズ』には他のMCU作品のほとんどとは異なり、倒すべき(倒すことのできる)敵は登場しない。
「私たちは彼らを滅ぼすのではなく、その存在を認め、なだめる必要があるのですね。完全なる悪というのは存在しません。理解すること、思いやりを与えることで、方向を逸らすべきエネルギーが存在するだけです。」
ジャオ監督のこの解説は、古くから地震や津波といった自然災害と向き合い、古事記や日本書紀のような神話にも絶対悪を持たず、フィクションの世界ではゴジラや、ジブリ作品における王蟲やタタリ神と言った畏怖すべき存在に慣れ親しんだ日本人にとっても、比較的納得しやすいものだろう。東洋の物語では、こうした存在を討伐しようとする者には因果応報が訪れる。『エターナルズ』で、“出現”しかけていたティアマットのエネルギーを、ドルイグやセルシの能力で“逸らす”ことを試みたというのは、ジャオ監督ならではの自然的調和思想に基づくものだったのだ。
Source:Variety