【レビュー】『ワイルド・スピード/ファイヤーブースト』シリーズ初〜中期っぽい荒唐無稽さに立ち返った、充実のサーガ最終章

『ワイルド・スピード/ファイヤーブースト』は、『ワイスピ』の原点的な醍醐味に緩やかに回帰しつつ、ストーリーテリングのスケールを極大化させた野心作。この超重量作を持ち上げるため、過去23年間にわって鍛え上げた全身の筋肉をフル稼働した。
もともと荒唐無稽なシリーズで、そこが愛されていたところなのだが、しかし『ICE BREAK』(2017)から『ジェットブレイク』(2021)にかけては、いくらなんでも荒唐無稽に行きすぎた感があった。今回も物理法則ガン無視の“何でもあり”な展開満載なのだが、火照るアスファルトにタイヤがきちんと接地しているような印象がある。

まずは、起点を2011年の『ワイルド・スピード MEGA MAX』から地続きにしている点が良い。“宇宙まで飛び出しちゃったけど、やっぱり一旦あの頃に戻ろう”という思いが感じられる。本作から登場するヴィランのダンテ(ジェイソン・モモア)は、『MEGA MAX』の悪役レイエスの息子という設定。同作で父がドムたちに倒されたことで、復讐を果たすべくファミリーを襲う。
今になってみれば『MEGA MAX』は、シリーズがまだストリートに根を下ろしていた2000年代から、ハイテク兵器や秘密組織が登場してサイバーチックに変貌していく2010年代に橋を渡すような立ち位置となった。ある見方をすれば、『ワイスピ』超進化前の作品だ。『ファイヤーブースト』はブライアン(ポール・ウォーカー)の姿と共に『MEGA MAX』からの映像を引用しながら、“実はこの時、現場にダンテもいた”との設定を加える。ちなみに本作の前に『MEGA MAX』を再鑑賞しておくと、エモエモファイヤーがブーストするのでオススメだ。
ファミリーの絆やその大切さについてはこれまでさんざん語られてきたが、今作ではそれを失う“恐怖”がテーマとなる。親分としてすっかり貫禄が増したドムは息子リトル・Bやレティたちと穏やかに暮らしており、劇中では息子の成長に期待を込めた世代交代も匂わせる。ヴィランのダンテは、ドムにとって守るものが増えすぎたことが弱点と見て突いてくる。巧みな策略でファミリーを別々に行動させ、一つずつ潰していく作戦だ。
やたらと多い登場人物たちをいくつかのグループに分けて別々の位置に配置し、グランド・ホテル形式で物語を進めていく。最近では「ゲーム・オブ・スローンズ」や「ストレンジャー・シングス」シーズン4、それから『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』で観た手法だ。
ただし、このシリーズのキャラクターたちといえば常に神出鬼没で、そのせいで交通整理はしっちゃかめっちゃかだ。製作者たちは世界地図をタイヤで轢いてしまったので、キャラクターが「ローマに行くぞ」と言えば直後のカットでは既にローマの地をクルマで走っているし、「ブラジルに行く」と言えば陽気な音楽と共にあっという間に現地にいる。今、誰がどこにいて、どう移動しているかが、とにかくわかりにくい。
もちろん本作はワイルドなスピードでファイヤーがブーストするような映画なので、ハッキリ言ってそんなことはほとんどどうでもいい。観客が期待しているのは大迫力のカーアクションだ。久しぶりにストリートカーレースが帰ってくる本作は、ファンを2000~2010年代へとタイムスリップさせ、“あの頃の『ワイスピ』の陽キャ感”をもう一度紹介してくれる。

セクシーな美女たちがあちこちで踊るのに囲まれ、カラフルなクルマたちが轟音のエンジンを唸らせると、運転席のドライバーたちは左右を睨み合い、スターターの合図で一斉に飛び出す。大音量でズンズンと流れるのは、2000年代にカーステレオでCD再生して聴いていたレゲトンの名曲「ガソリーナ」である。
それから、やはりファミリーの物語こそがシリーズの醍醐味だ。本作では“敵だったアイツが味方になる”という鉄板激アツ展開が連発。新たに現れた強敵に対峙するために団結せざるを得なくなる。というのも、ヴィランのダンテが強烈すぎるためだ。

ジェイソン・モモアが演じるこの極悪人、Netflix「クィア・アイ」のジョナサンとDCコミックスのジョーカーを化学合体させ、撮影前夜にニンニク注射20人分を打ってきたようなクレイジーソシオパス。宣伝では「シリーズ最狂の敵」と紹介されていて、これまた紋切り型の表現だと思っていたら、確かに最狂。これまで『ワイスピ』には登場してこなかったような奇抜さで、しかしドムを苦しめる相手として申し分のないキャラクターとなった。
『ワイスピ』と共にフルスピードで走るのが俺の人生だったファンを喜ばせたり泣かせたりする演出も多く、いよいよシリーズ総決算に向けた“終わりのオーラ”を纏い始めている。メインサーガは2025年公開予定の後編で完結とされていたが、先ごろヴィン・ディーゼルが3部作にシフトチェンジする案を示唆しており、どうなるかはまだハッキリわからない。ただ、こんなにファンを喜ばせてくれるのなら、もう1レース走ってくれれば嬉しい限り。この巨大なパワー系群像劇をどうまとめるのか、続編が待ちきれなくなる満腹エンタメ超大作となった。驚きの展開もあるので、ネタバレを踏む前にニトロ加速で劇場へ。
『ワイルド・スピード/ファイヤーブースト』は2023年5月19日公開。せっかく日米同時公開となったのだから、ブースト発進できるよう盛り上げたい。
▼ 『ワイルド・スピード/ファイヤーブースト』の記事
『ワイルド・スピード』続編の「先行作品」をヴィン・ディーゼルが監督か ─ 『ワイルド・スピード MAX』前日譚スタイル復活の可能性 本編は夏に本格撮影? 『ワイスピ』次回作の状況をヴィン・ディーゼルが報告 ─ 『トリプルX』『ラスト・ウィッチ・ハンター』続編も進行中 LA原点回帰 『ワイスピ』新作、故郷ロサンゼルスを舞台に ─ 山火事を受けてヴィン・ディーゼル決意 原点回帰 ジェイソン・モモア、『ワイルド・スピード』次回作にカムバック ─ ラベンダー色のキャデラック乗ると明かす 東京コミコン2024で明かす 『ワイスピ』ラスト映画は2作構成、ホブス合流でドムと和解か ─ ヴィン・ディーゼル示唆 リアルなストリートに回帰