【インタビュー】『ファースト・マン』ライアン・ゴズリングとデイミアン・チャゼル監督が貫いたアナログ主義 ─ 目指したのは、「60年代に撮られたような感覚」

※2:演じる人物よりも役者の方が背が高いケースがあったので、アポロ11号は実寸よりも5%大きい。X-15は実寸通り。ただし、ライアンはニールよりも背が高かったため、シートを少し低めに設置した。
── そこまでしてアナログ思考にこだわった理由は?
デイミアン「CGを使うと、(本物ではないという)匂いが分かっちゃうというか。たとえどれだけCGが優れていても、何か合成っぽいなと勘付いてしまうんですよね。もちろん今作でもCGはそれなりに使っていますが、CGが使われる部分の映像も16mmカメラで撮影しています。デジタルなものとして始まっても、撮影時にはアナログなやり方に帰結しました。僕たちが目指したのは、”これが60年代に撮られていたとしてもおかしくない”という感覚です。」

── ライアンさん、沢山のスイッチが並ぶ複雑なコックピットでは操作に迷いませんでしたか?
ライアン「いつもでしたよ(笑)。幸いなことに、現場では実際のミッションに従事した技術士さんが付いてくれていたので、小型のイヤフォンを通じて指示をもらっていました。だから誤って脱出ボタンを押さずに済んだんです(笑)。イヤホン越しに会話出来るのは良かったですね。カプセルの中には1時間ほど籠もっていましたので。」
── 宇宙飛行のシーンでは、機体が制御を失う激しい場面もありました。撮影はさぞ辛かったのでは?
ライアン「実は、すごく好きなんですよ。特等席って感じで、楽しかったです。誰にも話しかけられないし、僕も誰とも話さなくていいし。最高でしょ。(撮影が)恋しいですね。」
デイミアン「だからライアンはニール役として最高なんですよね。」

宇宙飛行士として、ひとりの人間として
── お2人がこの作品について初めて話したとき、デイミアン監督は『ミッション遂行の映画』と、一方ライアンさんは『喪失の物語』と解釈していたそうですね。
ライアン「この主題の語り方は何通りもあると感じました。リサーチの段階では、この要素はデイミアンのヴィジョンにも合うだろうか、使えるだろうかと考えるのが面白かった。ニール・アームストロングの物語には、役者としても、家族の父親としてもとても感動させられました。
デイミアンは、常にミッションをどう撮るべきかが分かっていました。観客を宇宙に連れて行って月を歩かせるんだと。それから、宇宙飛行士と現実世界の対立の物語ですね。ロケットの先端に括り付けられて宇宙に飛び出して、銀河を探索した後は家に返ってきて、ゴミ出しをしたりプールを掃除したりする。この2つが共存しているんですよね。家族を地球に置いてきても、生活は続いていく。そのバランスを見出すことがエキサイティングな挑戦でした。」

── 月面に立ったニールには「人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍である」という有名な一節がありますが、なぜそう言ったのだと思いますか?
ライアン「なぜニールがそう言ったのか、知ったかぶりをするつもりはないんです(笑)。彼は、物事をミクロとマクロの両視点から捉えられるという、とんでもない能力の持ち主でした。だから彼にとっては、偉大なる飛躍にも小さな一歩にも感じられた。自分は祖国と人類、両方を代表する立場であると感じられたんでしょう。聞いたところによると、彼も月に着陸してはじめてあの言葉が浮かんだんですって。面白いなと思うのは、とりわけ彼とは無関係な言葉でありながらも、同時に彼らしさがよく現れているところですね。」

── 本国では、月面に星条旗を立てる場面を省略したとして議論が起こっていました。こうした声は予想されていたのでしょうか。