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【インタビュー】ヒュー・ジャックマンが解説する『フロントランナー』 ─ 「この映画は答えを与えない」何が重要なのか分からない世の中へ

フロントランナー ヒュー・ジャックマン

「事実」と「真実」の違いは何なのか──。真剣な面持ちで言葉を交わしたインタビューは熱を帯び、ふとした瞬間にヒュー・ジャックマンは「ふふっ」と微笑んだ。

世界を、アメリカを、大統領を、そして報道までを変えてしまった、1988年大統領予備選挙でのあるスキャンダル。ヒュー・ジャックマンが実在した政治家を演じる最新作『フロントランナー』が、2019年2月1日より全国公開となる。THE RIVERは、本作のため来日したヒュー・ジャックマンへインタビューを行った。


映画『フロントランナー』ヒュー・ジャックマン 舞台挨拶
©THE RIVER

この仕事のためなら何でもやる、という決意

都内某所。この日の朝、ヒューは日本の地上波番組に生出演し、「政治とスキャンダル報道」についての真剣討論に挑んだことも話題になっていた。出演から立て続けてのインタビューとなったが、ヒューは取材陣を笑顔で迎え入れた。

ヒューは、我々取材陣の手をひとりひとり握りしめ、名を呼ぶ。着席すると、まずは背後一面の窓ガラス越しの景色を望んだ。「ずっと、あの富士山を見ていましてね。」摩天楼の隙間から、雄大な富士山頂が顔を出している。2012年には息子と共に登頂もしていた。「素晴らしい眺めです。」

富士の眺めを背に、ヒューは『フロントランナー』に込めた想いを語り始める。アメリカ・コロラド州。ジョン・F・ケネディの再来と言われ、大統領選挙の最有力候補(=フロントランナー)とされたカリスマ政治家、ゲイリー・ハート。現在も存命の人物を演じるという責任の重大さを感じたヒューは、膨大なリサーチをこなしたという。ジェイソン・ライトマン監督は、「最初の頃ヒューが、ハートに関する資料でパンパンになった、厚みが7.5cmもあるバインダーを持ち歩いているのを見かけて、『それを全部読むつもりなのか』と聞いたら、『これはもう読み終えた分で、5冊あるうちの1冊目なんだ』って言うんだ」と語っている。全力を注いだリサーチはどのようなものだったのか。ゲイリー・ハート本人に行ったという取材について尋ねた。

「ゲイリーとは3日間一緒に過ごしました。愛嬌があって、あたたかく、オープンな方です。ゲイリーには、今日(こんにち)の出来事について沢山質問しました。オーストラリアや、世界の政治情勢、それに彼の生い立ちについても。彼のことは、書籍を読み込んだり映像を見てリサーチを重ねましたし、かつて彼と仕事を共にした方々にも取材をしていました。

僕が主に求めたのは2つのこと。まずは映画で描かれる出来事について具体的に尋ねました。知らなかった事実も教えてもらえました。それから知りたかったのは、彼の周囲の人々のこと。彼はとても、”enigmatic”(謎めいた、得体の知れない)な方で、引き込まれるような、静かな、磁力を持ったような方でした。でも同時に、プライバシーな部分もあった。おそらく選挙活動中は尚更のことだったでしょう。

それから、僕がどれだけ真剣に今回の仕事に挑んでいるか、ということも理解してもらいたかった。彼にとって人生最悪の3週間を、別人に演じられるということの辛さを僕はしっかり理解しているということ、この仕事のためなら文字通り何でもやるという決意も、分かってもらうために伝えましたね。」

フロントランナー
The Front Runner

ジャーナリズムへの理解

母校であるシドニー工科大学ではジャーナリズムを専攻していた。だからこそ、記者という仕事の難しさが分かるという。「ジャーナリストの仕事を知れば知るほど、”自分には向いていないな”と気付かされます」と笑った。「大変な仕事ですよね。仕事を取ってくるのも大変ですし、食べていくのがどんどん難しくなっている。ジャーナリズムの世界では、締切も短くなって、お金も無くなってきているし、政治家から記者への風当たりも強くなっている。僕にはとてもこなせない仕事です。」この取材の前日に行われた記者会見時も、ヒューはすべての記者を気遣って、必ず日本語で「ありがとうございます」と添えていた。むしろ我々がヒューにもてなされているような心地だ。

「記者の皆さんとお会いする機会は多いですが、いつも尊敬の念を抱いています。僕としては、皆さんと過ごす時間はもっとあれば良いと思っているんです。このインタビューだって、短い時間でどうやって僕の本心を…。しかも、僕は役者ですよ。短いインタビューの時間中、他人を演じることだって出来ますから(笑)。だから、本当はもっと記者の皆さんと一緒にいたいし、深掘りして欲しいんです。

何が重要なのかも分からない世の中で

様々な視点から複雑に描かれる『フロントランナー』では、ジャーナリズムの境界線が突かれる。大統領になり得たはずだった若き天才政治家ゲイリー・ハートとアメリカの運命は、たったひとつの不倫スキャンダルで全てが狂い出す。果たしてゲイリーの私事は、全てを葬ってしまうほど重要なことだったのか。本当にゲイリーは政治生命を抹消されるべきだったのか。劇中で語られる「面白い物事があっても、それが重要だとは限らない」というメッセージは、ヒューにとってどう響いたのか。そう尋ねられると、「それこそが、まさに本作のテーマですよ。核心を突いてきましたね」と嬉しそうに答えた。

「僕たちはみんな、センセーショナルで刺激的で、面白そうなことに気を取られてしまいます。それが人間の性(さが)ですよね。お隣さんを柵越しに覗いて”うわ!あんなことやってる!”みたいな。気になっちゃうのは分かります。でも、それが大事なことかと言われると、そうでもないですよね。」

フロントランナー
The Front Runner

語りながらヒューは、テーブルの上に置いた自身のiPhoneを手に取った。ホーム画面やロック画面を右にスワイプすると、ニュースなどを並べられる「ウィジェット」画面が表示される。ヒューは朝起きると、このウィジェットでその日のニュースをチェックするのだそうだ。実際にやって見せてくれた。

「こうやって4つのニュースが表示されるようになっているんですが、読み上げますね。トップストーリー、”トランプ大統領、政府閉鎖と貿易戦争の終了求む声 高まる ワシントン・ポスト”。ね?その下は…、”メラニアとトランプの関係は思っていたものと違う”、オッケー。それから、”ビキニの登山家、落下して凍死 台湾”。こんな風に4つのニュースが並ぶんですが、重要なニュースは一体どれだろうか?政府閉鎖のことか、ビキニの登山家か、それともアリアナ・グランデの恋愛ネタか。“気になる”ではなく、”重要である”物事は何なのか。どんどん見分けがつかなくなってきていませんか?

「本作が究極的に描いているのは、こういうことなんです。」iPhoneを置いて続けるヒュー。「忘れられ、無視され、キャッチーに仕立て上げられた物語。でも、この物語を注意深く見つめてみてください。今現在のこの状況がどのようにして生まれたのか、その鍵が描かれていますよ。

語り継ぐことの大切さ 若者にも届けたい

『フロントランナー』で描かれるのは、1988年大統領予備選挙で起こった史上最大の政治スキャンダル。もちろん、当時はまだ生まれていなかったという方も多いだろう。10代、20代の若者にとっても『フロントランナー』は観るべき映画だろうか。ヒューは「もちろんです」と自信を持って即答した。

「きっと僕には物珍しい物事も、みなさんの世代にとっては普通なんでしょう。大統領がTwitterで国民と1日40回も直接やりとりするなんて、僕たち世代にとってはすごく奇妙なんですよ(笑)。でも、今ではそれが当たり前になっている。政治が姿を変えたんですね。だからこそ、かつてはどんな姿だったのかを伝えることが重要なんです。何故なら、姿を変えたからといって、今の方が優れているとは限らないからです。

この映画が究極的に挑戦しているのは、全ての人々に非常にシリアスな問いを投げかけること。”何が重要なのか?”とね。あなたが21歳だろうが、16歳だろうが、83歳だろうが、全ての人にとって重要な問いです。」

フロントランナー
The Front Runner

健全なメディアとはインディペンデントであり、あらゆる出来事にアクセスできることが必須。民主主義においては、間違いなくそこが重要になってきます。今、僕たちはノイズに溢れた世界に生きている。リアルな情報へ辿りつけることの重要性が高まっています。」記者会見時同様にメディア論を熱く訴えるヒューだが、本作のインタビューでは自身の政治観を語ることは避けているという。「僕はオーストラリア人で、そもそもアメリカ人ではないから、(政治観を語ることは)本質的ではない。いろいろな意見があると思いますが、僕に出来ることは物語を伝えることですから。

スキャンダルと再生

#MeToo運動以前、トランプ大統領誕生以前に製作が始められた『フロントランナー』で驚かされるのは、これが1988年の出来事ながら、驚くほど今日と地続きのジレンマを捉えていることだ。現在に通ずるトピックは本作中に多数散りばめられており、たとえばヒュー演じるゲイリーは劇中、政治家とは過去の発言ひとつをも永遠に問われ続けるものなのかと問う。有力者が、過去の失敗や失言によって裁かれたというニュースは今も世間を賑わせている。政治家に限らず、エンターテインメント業界でも同様だ。「これは転落の物語です。過去の失敗は本当に咎め続けられるものなのでしょうか」と筆者が尋ねると、ヒューから返ってきた答えは安心できるものだった。

救済はあると思いたいですね。人間社会の中で、人は成長はできるものだと信じたい。

この映画が描くテーマのひとつは、ゲイリーのように人に奉仕する人生がパンチライン(ジョークのオチ、人の関心を煽るわかりやすいフレーズ、謳い文句)に終わってよかったのかということ。それも、事実かどうかも分からない疑惑のために。

本当に報道が事実だったとしても、それって(ゲイリーの政治人生を)全ておしまいにするほどのものなのでしょうか。最近は、失敗に対してもずいぶん寛容になったと思います。誰でも失敗はする。例えばバーニー・サンダースが支持されるのは、彼の言葉に嘘偽りがないからです。」

フロントランナー
Hugh Jackman stars as Gary Hart in Columbia Pictures’ THE FRONT RUNNER.

ゲイリー・ハートには、28年連れ添った妻と子供がいる身でありながら浮気疑惑が持ち上がる。”ヤバいビジネス”を意味する”モンキー・ビジネス”と名付けられた豪華客船で、モデルであるドナ・ライスと出会い、密会するというのだ。途端、若き天才政治家にスキャンダラスな視線が向けられる。劇中、真相解明に躍起な若き記者は、ゲイリーへの単独インタビューで夫婦生活について尋ねる。「君はその質問をレーガンやカーターにも尋ねたか?」ゲイリーは、いち政治家の私事など重要な事柄ではないと考えていた。こうして歯車が狂っていく。

「この映画では、”やったかどうか”ということは問われません。問うているのは、“その質問は果たして必要だったのか”ということ。例えば、自分が明日手術を受けるとします。でも執刀医に”お宅の結婚生活はどうですか”なんて絶対聞かないですよね。それはどうでもいいこと。自分の命がかかっているんですから、腕のいい執刀医かどうかだけを知りたいはずです。でもどういうわけか、これが政治家になると、夫婦の仲はどうだとか、どんな犬を飼っているんだ、とかが気になってしまう。そういう点を突く映画です。」

複数の視点から噛みしめて

この映画は様々な見方が出来る。ヒューは、記者が述べた考えに頷いた。「ジェイソン・ライトマンは、特定の答えを与えないということにこだわりました。」スキャンダルの相手になった若きドナ・ライスは、世間からの好奇の目に晒され、人生が崩れていく。この映画で混沌に呑まれ溺れていく者は、ゲイリーだけではないのだ。「ドナ・ライスの視点から見るのも良いでしょうし、実際に、いろいろな形でドナに同情的な描写もあります」と語るヒューは、「それこそ、君はさっき”これは転落の物語”と言いましたよね」と筆者を見つめ返す。「“失脚と再起の物語”とは言いませんでしたよね。

「ドナは当時22歳、全世界から、”bimbo(美人だけど頭の空っぽな女)“扱いされたんです。22歳にして人生が奪われてしまった。でも世間は、彼女の名前すら覚えていない。”そんなブロンドの人もいたっけ”程度でしょう。なぜ世間は、彼女の”転落”は気にもかけないのでしょうか?なぜ彼女よりゲイリー・ハートの人生の方が重要ということにされているのでしょうか?これぞ、ジェイソン・ライトマン監督が捉えたかったところです。一歩引いて、様々な視点から冷静にこの出来事を見てみよう、とね。」

フロントランナー
Hugh Jackman, Vera Farmiga, Josh Brener, Alex Karpovsky, Tommy Dewey, Mark OBrien, Molly Ephraim, and Chris Coy star in Columbia Pictures’ THE FRONT RUNNER.

ゲイリーが読み解くアメリカの将来

ヒューは今作を経て、これまで以上の思慮深さを纏ったことは間違いないようだった。膨大なリサーチと、ゲイリー・ハート本人と過ごした時間が彼に知的レイヤーをさらにもう一枚加えたようだ。政治学において、ゲイリーはヒューの師のような存在になったことだろう。「彼は、今の世の中を非常に嘆いていました。」ヒューは半身をこちらに傾け、82歳(本記事時点)のゲイリーによる予言を伝えてくれた。

彼は、政治的危機の到来を予期しています。その後、アメリカは第一原理に振り戻されるだろう、ということです。

ある時、僕が”アメリカは民主主義で…”と話し始めようとしたら、”ストップ”と止められました(笑)。彼が言うには、”民主主義なんかじゃない”と。”国家体制は民主主義だが、アメリカは共和国だ。みんなそれを忘れている“、と。

そして、世の中は2つの要素の上に成り立っている、と言うんです。”市民の責任“と”教育“です。ゲイリーが言うには、ある時に政治的危機がやってくると。そこで、誰もがジョン・F・ケネディの主張に振り戻されると言うのです。つまり、”国家があなたのために何をしてくれるのかを問うのではなく、あなたが国のために何ができるかを問うてほしい”ですね。ゲイリーは、政治危機を抜けて、”誰か”が我々を市民の責任の第一原理に振り戻す時を待っているんです。

フロントランナー

『フロントランナー』は、2019年2月1日(金)日本公開。ちなみに米国では2018年11月6日(火)、アメリカの中間選挙当日に公開となっていた。本国での反応はどうだったのかと尋ねられると、「そんなに大勢の人に観てもらえたわけではないのですが…。」

「興味深いのは、あるレビューにこんなことが書いてあったんです。”今作は良い映画ではあるものの、今の世の中に役に立たない”って。そんなレビュー、おかしいですよね。映画製作が政界の世直しをしてくれると思われているわけです。このレビュワーは、映画に世直しを求めているんですね。でも今作は、そういうストーリーじゃないと思うんです。ジェイソン・ライトマン監督には全く同意です、“我々は答えのない物語を伝えるんだ”と。この映画は、今日の世界に問いをぶつけておりますが、その答えは分かりません。

この物語は、議論を起こし、触発し、再び問題を提起するためのものです。状況を理解してもらうための作品であり、答えを与えてくれるものではありません。この映画をご覧になって、日本の皆さんがどういうことを考えられるのか、すごく興味があります。」

フロントランナー
The Front Runner

密なインタビューを終えての去り際、彼の親友であるライアン・レイノルズについて尋ねてみた。デッドプール役で知られるライアンは映画『X-MEN』シリーズでヒュー演じるウルヴァリンとの共演を熱望しており、事あるごとに一方的に絡み続けている。「ライアンはこの映画に何か言っていました?」ヒューは面白がって「ライアン・レイノルズは”これはヒュー・ジャックマン史上最高傑作だ!”って言ってましたよ!お世辞かなって思うけど、でもすごく嬉しいです」と笑ってくれたのだった。

ヒューが熱弁をふるう記者会見レポート
日本のファンに大サービスした舞台挨拶レポート

『フロントランナー』公式サイト:http://www.frontrunner-movie.jp/

Writer

中谷 直登
中谷 直登Naoto Nakatani

THE RIVER編集長。ライター、メディアの運営や映画などのプロモーション企画を行っています。お問い合わせは nakatani@riverch.jp まで。

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