【インタビュー】ヒュー・ジャックマンが解説する『フロントランナー』 ─ 「この映画は答えを与えない」何が重要なのか分からない世の中へ

「救済はあると思いたいですね。人間社会の中で、人は成長はできるものだと信じたい。
この映画が描くテーマのひとつは、ゲイリーのように人に奉仕する人生がパンチライン(ジョークのオチ、人の関心を煽るわかりやすいフレーズ、謳い文句)に終わってよかったのかということ。それも、事実かどうかも分からない疑惑のために。
本当に報道が事実だったとしても、それって(ゲイリーの政治人生を)全ておしまいにするほどのものなのでしょうか。最近は、失敗に対してもずいぶん寛容になったと思います。誰でも失敗はする。例えばバーニー・サンダースが支持されるのは、彼の言葉に嘘偽りがないからです。」

ゲイリー・ハートには、28年連れ添った妻と子供がいる身でありながら浮気疑惑が持ち上がる。”ヤバいビジネス”を意味する”モンキー・ビジネス”と名付けられた豪華客船で、モデルであるドナ・ライスと出会い、密会するというのだ。途端、若き天才政治家にスキャンダラスな視線が向けられる。劇中、真相解明に躍起な若き記者は、ゲイリーへの単独インタビューで夫婦生活について尋ねる。「君はその質問をレーガンやカーターにも尋ねたか?」ゲイリーは、いち政治家の私事など重要な事柄ではないと考えていた。こうして歯車が狂っていく。
「この映画では、”やったかどうか”ということは問われません。問うているのは、“その質問は果たして必要だったのか”ということ。例えば、自分が明日手術を受けるとします。でも執刀医に”お宅の結婚生活はどうですか”なんて絶対聞かないですよね。それはどうでもいいこと。自分の命がかかっているんですから、腕のいい執刀医かどうかだけを知りたいはずです。でもどういうわけか、これが政治家になると、夫婦の仲はどうだとか、どんな犬を飼っているんだ、とかが気になってしまう。そういう点を突く映画です。」
複数の視点から噛みしめて
この映画は様々な見方が出来る。ヒューは、記者が述べた考えに頷いた。「ジェイソン・ライトマンは、特定の答えを与えないということにこだわりました。」スキャンダルの相手になった若きドナ・ライスは、世間からの好奇の目に晒され、人生が崩れていく。この映画で混沌に呑まれ溺れていく者は、ゲイリーだけではないのだ。「ドナ・ライスの視点から見るのも良いでしょうし、実際に、いろいろな形でドナに同情的な描写もあります」と語るヒューは、「それこそ、君はさっき”これは転落の物語”と言いましたよね」と筆者を見つめ返す。「“失脚と再起の物語”とは言いませんでしたよね。」
「ドナは当時22歳、全世界から、”bimbo(美人だけど頭の空っぽな女)“扱いされたんです。22歳にして人生が奪われてしまった。でも世間は、彼女の名前すら覚えていない。”そんなブロンドの人もいたっけ”程度でしょう。なぜ世間は、彼女の”転落”は気にもかけないのでしょうか?なぜ彼女よりゲイリー・ハートの人生の方が重要ということにされているのでしょうか?これぞ、ジェイソン・ライトマン監督が捉えたかったところです。一歩引いて、様々な視点から冷静にこの出来事を見てみよう、とね。」

ゲイリーが読み解くアメリカの将来
ヒューは今作を経て、これまで以上の思慮深さを纏ったことは間違いないようだった。膨大なリサーチと、ゲイリー・ハート本人と過ごした時間が彼に知的レイヤーをさらにもう一枚加えたようだ。政治学において、ゲイリーはヒューの師のような存在になったことだろう。「彼は、今の世の中を非常に嘆いていました。」ヒューは半身をこちらに傾け、82歳(本記事時点)のゲイリーによる予言を伝えてくれた。