【考察】続編のまえに『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』をきちんと復習!キーワードは“家族愛”

ついに2017年5月12日に『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』の公開が控えています。
洒脱なSF世界観、要所要所に折り込まれた懐かしの音楽たち。マーベル・シネマティック・ユニバースでも特に評判の高かった作品の続編ということでかなり注目が高まっているはず。まずは予告をご覧ください。

すっかり可愛くなったグルートもといベイビー・グルート。そしてあのヨンドゥがメンバーたちと肩を並べている? そしてシークバーが右端に到達するギリギリのところで

「テメエ誰なんだよ」
「お前の父さんだよ、ピーター」

というやり取りが交わされこのトレイラーは終わります。おお、なんかスター・ウォーズっぽい……! トレイラーの最後ということもあり、やはりこの部分が一番気になりますね。

それぞれのキャラクターの団結力を目の当たりにするだけで何となく楽しい、テンションの上がる『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』。続編ということもありそれぞれの関係性もさらに発展して、より強い結束力と胸の躍るようなチームプレイを見せてくれることでしょう。その一方で、このシリーズは“家族”というテーマを丁寧に描いているエンターテイメントなのかもしれません。

この記事では前作において家族愛が描かれているポイント、それに関連して続編への伏線らしき言動をご紹介していきたいと思います。

【注意】

この記事には、映画『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のネタバレが含まれています。

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母親の不在

『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』は銀河の平和の危機を救うという大きな課題を抱える映画ですが、最初のシークエンスもまた非常に重要なのではないでしょうか。病床に伏せる母と幼いピーター少年。「私が死んだら開けて」という子どもにはあまりに残酷な言葉と共に贈られる小さな包み。その刹那病状が悪化する母親は「手を握って欲しい」と懇願するのですがピーター少年はそれを頑なに拒み、そのまま彼女は息を引き取ってしまいます。

このような幼少期の母親の喪失が丁寧に提示されてからようやく宇宙空間を飛び回るスター・ロード(ピーター)が映し出されます。ピーターの大前提として「母親が不在であること」という事実があることが分かります

不在を否定し続けるピーター

しかし彼は母を失った事実を意識的にあるいは無意識的に受け入れようとしていません。

まず注目したいのは脱獄のシーン。収監された時からSONYのウォークマンを没収されていることに強い憤りをあらわにしていたピーターですが彼は間際の間際になって脱獄失敗のリスクを冒してまでウォークマンを取り返そうとします。母から譲り受けたであろう(曲のラインナップからもほぼ間違いないでしょう)テープ「最強ミックス(Awesome MIX) vol.1 」への強い執着がうかがえます。

ここまでは正直、亡き母の形見でもあるわけですから当然かもしれません。しかし、その次のシークエンスで“母の死の否定”が決定的になります。ミラノ号でロケットが小さなプレゼント包みを発見したとき、虫の居所が悪かったピーターは「触るな」と激高します。そうです、死に際に貰ったあのプレゼントです。

ピーターはずっと大事にこれを保管していたわけです。つまり彼は「包みを開けなければ母は死んだことにはならない」という対偶の解釈をとるわけです。

混じり合う愛の対象

クライマックスではインフィニティ・ストーンを素手で握ってめちゃめちゃ危険な状態に陥るピーターにガモーラが手を差し出します。この彼女の姿と脳裏に焼き付いた死に際の母親の姿がピーターには重なって見えます。身体に大きな負担をかけ、意識朦朧とした状態で見えるこの幻視は無意識の領域に眠っていた母性への欲求のあらわれではないでしょうか。

ピーターはしっかりと彼女の手を握り、チーム全員でインフィニティ・ストーンの並々ならぬ高エネルギーに耐えることに成功します。そして開けられなかった包みを開封し、「最強ミックス vol.2 」を手にします。

一見するとピーターは母の不在、喪失を乗り越え成長したかのようでもあります。しかし、母への愛情とガモーラへの異性愛が混ざり合い、グラデーションになっているとは考えられないでしょうか。

「最強ミックス vol.2 」の1曲目である“Ain’t No High Mountain Enough”が流れはじめた直後にヒロインであるガモーラがフレームの中に現れます。彼女は恋の歌を聴いて微笑み、次第にその笑みは満面に広まり、恥ずかしそうに身体を揺らします。ピーターもさりげなく微笑みます(クリス・プラット、大味のギャグだけじゃなくてこんな綿毛みたいに繊細な演技も出来るんですね。恐れ入りました)。

男女の恋仲を演出する挿入歌として機能したこの曲ですが、これは本来は母親からの贈り物、先立つ母親から息子へ送るメッセージであったことを忘れてはなりません。つまりこの“Ain’t No High Mountain Enough”という曲は母性愛と異性愛の両面を支えるものとなっています。そして母性愛と異性愛の境目は非常に曖昧です。

また、曲がフェードアウトするかしないかギリギリのところ、宇宙船の中で次は何をする?というピーターの問いかけにガモーラは「あなたに従うわ、スター・ロード」と微笑みながら答えます。今度は“I want you back”が流れ、宇宙船ミラノ号が飛び立ってエンドロール、というラストですが、このシーンでガモーラは母からの手紙の宛名でもあった「スター・ロード」という名前を劇中で初めて口にします。こうしたところからもガモーラとピーターの母親の役割が重なります。このようにピーターはエディプス・コンプレックス的な心理を抱えているのではないでしょうか。

2人の父親

エディプス・コンプレックスとは簡単に説明すれば母親への独占欲から父親に対して嫉妬の念を抱いてしまう心理のことです。フロイトが提唱したもので、幼児期に現れる無意識の欲求とされています。

本記事のタイトルには和やかに「家族愛」と記しましたが、正確には間違いです。ピーターが胸に抱いていたのは社会的・人工的・近代的な「家族愛」ではなくもっと根源的で原始的な「欲求」でした。幼少期から宇宙へ拉致され、宇宙でもアウトローな環境にいたピーターが原始的な欲求に囚われてしまうことは不思議ではありません。では、ピーターの父親は一体どのような人なのでしょうか?

①ヨンドゥ

ピーターの宇宙での育ての親としての役割を担うヨンドゥ。「仲間がお前を食おうとしたのを俺が止めてやった」と事あるごとに語る彼の姿はまるで本当の父親のようです。幼少期のエピソードを何回も何回も聞かされてうんざりする、という“あるある”はアメリカにもどうやらあるらしいですね。

ヨンドゥとピーターは時に敵対しますが、それは立場上仕方なく、といった印象が強いです。以下の記事にかなり詳しく書かれているのでこちらもご参照ください。

『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』ヨンドゥの魅力を文学的風味に解剖する【洋画ファン的なりたい漢2】

『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』ではヨンドゥがピーターらの仲間に加わっているような場面があります。ピーターの母親との接点がゼロであるからこそ、ヨンドゥにはそうしたことが可能なのではないでしょうか。ヨンドゥは父性愛を与えてくれることはあっても母性愛を奪う危険性がないからです。産みの父親に届けなくてよかった、という言葉を肯定し「父親はマヌケだ」と発言しており本物の父親にはいささかネガティブなイメージを抱いていることもわかります。このあたりの、もやのかかった発言の真意も続編で明らかになることでしょう。

②実の父親

予告の最後にも登場した産みの親(彼の言葉を信用するなら、という括弧付きですが)は、前作の後半でどうやら地球人ではないことが明らかになっています。

正面から向かい合っていることから、どうにもピーターら一行と敵対しているのではないかと予想されますが、仮にそうだとするならば典型的なエディプス・コンプレックスの図式が成立しますね。一体どんな人間なのでしょうか。続編が楽しみです。

玩具バレに御用心!『ガーディアンズ・オブ・ザ・ギャラクシー:リミックス』スターロードの父親の姿が完全に明らかに

おわりに

ピーターの父親は敵なのか、味方なのか(個人的には敵っぽいと思いますが)。対立するのか、和解するのか、またはアンビバレントな関係になるのか―――。そういった所にも注目して『リミックス』に臨みたいところです。

ジェームズ・ガン監督の手掛ける『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』がとにかく楽しいことは前作で立証済み。筆者は90年代生まれなので使用される楽曲をすべて知っているというわけではなかったのですが、そんなことは何の問題もなく前作を楽しむことが出来ました(脱獄シーンのチームワークの良さについうっかり泣きました)。

大注目の『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』、是非劇場でチェックしたいですね。

© Marvel

About the author

不器用なので若さが武器になりません。西宮市在住。

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